ハーメルンの笛吹き
ハーメルンの笛吹き男。ドイツにある街「ハーメルン」において、1284年6月26日に起きたとされる出来事についての伝承。グリム兄弟を含む複数の者の手で記録に残され、日本では「グリム童話」の一つとして現代まで伝わる。
その昔、ネズミの大発生により混乱していたドイツのハーメルンという街に、笛を持った一人の男が現れる。ネズミ退治の報酬として、100枚の金貨を用意するという市長の言葉を信じた彼は、その笛を使い街中のネズミを川まで呼び集め、溺死させて退治した。だがハーメルンの人々は約束を守らず、報酬は支払われなかった。
その愚行に激怒した笛吹き男は深夜再び現れ、街の広場で笛を吹く。すると、今度は街の少年少女130人が引き寄せられた。そのまま少年少女を連れて、男は街の近くの洞穴に向かう。その穴は内側から閉じられ、笛吹き男と殆どの少年少女達は、遂に穴から出てくることは無く…。
この奇妙な伝承を神格的なものとして捉えて信仰させ、悪事に繋げようとしているカルト集団が存在するらしい。
「PPOH」
ハーメルンの笛吹き男の英語訳「Pied Piper of Hamelin」からその名を連想させるこのカルト集団が現在、裏社会を中心に問題になっているのだと、とある有識者がインタビューに答えた。
「慈悲深く寛大、更に勤勉であるところの優れた人種であるPPOH教団の我々が、国の教育分野を担当する事により、この国は近い将来、世界規模で大きな覇権を握れるようになるだろう。まずはその土台を作るため、不特定多数の子供たちと共に、適正な教育の基礎を模索し、かつ有望な対象者を育て上げて行かなければならない」
この集団は少年少女や幼児の拉致を強引に正当化し、更にはその子供達に「極端」な教育を受けさせている可能性が高い。良い事をしたのに裏切られた「失意の神」として、ハーメルンの笛吹き男を位置づけた、このカルト集団の布教速度は信じられない程に早いです。現代社会の「正直者が馬鹿を見る」「行動を起こした人間が冷や飯を食わされる」みたいな、社会の不平不満を鋭くエグる、彼らの思想をこのまま放っておくのは明らかに危険だと思います。今のうちに消滅させなければ、この国の教育に、果ては治安や人権などにも、良からぬことが起きかねません。
ーーー ーーー ーーー
ファミレスを出て、駅ビルの中などを意図的に右往左往してたどり着いたのは、人目のつかないカラオケボックス。そこで不二田は、1枚のコピー用紙を僕に渡してこう言った。
「これは某新聞社のネット記事として公開されたもの。でも1時間もしないうちに削除されて、その後担当した記者と、インタビューを受けた有識者の2人共に、行方不明になってるらしいんだ」
そもそも、PPOHが少年少年の拉致を行なっているという事について、その裏が取れているわけでは決して無いのだという。だからこそ表立ったニュースにもなりにくい。
ただ不二田は調べていくにつれ、少ないながらもこの様な文献がチラホラある事自体に、かなりの違和感を覚えた。いわゆる「火のないところに煙は立たない」と、いう事なのだろうか。
僕は何か利用されそうになったのか…とも思ったが、それと笹島家はどういう関係があるのだろう。率直な疑問を不二田にぶつけた。
「笹島の血脈とはいえ、0歳の僕を拉致しても、何かしらに利用するのは少し無理があるような…」
待ってましたよ、タイトくん!君ならそういう質問をしてくれると信じてたんだ!と、黒目と口角だけで僕に伝えてくる不二田。
直後、彼の口から放たれた推理は、僕の思っていた方向とは全く違う向きに進み始めた。
「君は他の少年少女と区別なく、たまたま拉致されただけだと思う。そこで幼児ながらも眠っていた笹島の血のおかげで、「極端」な教育の候補から弾かれたんだろう。詳細は分からないが、恐らくその後起きる事を予知して大泣きした、とかかもね」
「何でそう思うの?」
「さっきのハーメルンの笛吹き男の記事。洞穴について行った少年少女の「殆ど」が帰ってこなかった、って書いてあっただろ?」
「書いてあったけど…」
「コレを元にした物語はいくつかあるらしいんだけど、足が不自由で他の子供達よりも遅れた1人の子供が助かったとか、あるいは盲目と聾唖の2人の子供のみ残された、みたいな伝承も中にはあるんだと。ここも忠実に再現する事で、信仰のリアルさを追求しているのだとしたら、君は恐らくその素性から「教育免除」対象になり、解放されたんだろうね」
なんかちゃんとした推理すぎるが故、冷や汗が出てくる感覚を覚え、同時に鳥肌も立ってきたような気がする。ただ同時に、幸運にもそれで僕は助かったんだという安堵が生まれたのも束の間。不二田の推理はまだ終わっていなかった。
「奴らはある意味「厄介払い」的な意味で、タイトを解放したんだ。でもその子供が、国が持つ秘密組織の血を引いている…というのを後々知ったとして、君はどうすると思う?」
「消…す?」
「んー!ニアピンだね」
「特殊能力の概要は未来が予知できる事。その能力を敵に回したら、向こうとしては当然都合が悪い。そんなの「邪魔」が入るに決まっているからね。けど裏を返せば、味方にその能力を使える人間がいる事で、作戦決行までの10分間に入る「邪魔」の排除に役立てる事が出来る」
あ、はいそうですね。天才脳なのは嫌と言うほど分かったので、外堀から理詰めして埋めてくるの、辞めてもらってもいいですか…。そんな僕の心の叫びが不二田に届くことは、全くと言っていい程に無さそうだ。
「君がもし捕まったら、究極の二択を迫られるってわけだ。味方になるか消されるか」
「……」
「ね?さっきのニアピンだろ?」
死刑宣告を受けた時ってこんな感じ?みたく、変な思考へと落ちていく僕の心を、あんなに追い込んで来ていた不二田が引き留めた。
「そうならないように手助けするのが俺の役目。お前以外に友達いないからさー 」
もうこいつ本当にヤバイわ。
ぐちゃぐちゃにしてきやがる。
お前以外に友達いないからさーなんて、親友認定してる人間に言われたら嬉しすぎて、情緒が不安定になってしまう。
「あ、ありがとう」
これから本当にどうなっちゃうんだろう。何だか少しだけあったはずの「ワクワク」みたいなものはとうに消え、高純度の不安だけが僕の心を支配した。
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