第4話 シティ・ギルド【インウィディア・開拓区】
「もう、ここでいいよ……」
リメアに背負われたカリネは、すっかり日が落ちた住宅街の十字路で自ら進んで降りた。
「迷惑かけて、ごめんなさい」
ペコリと頭を下げるカリネ。オリーブ色の三つ編みが垂れ下がり揺れている。
街路に明かりは少なく、住宅の窓から漏れる光が薄ぼんやりと少女の横顔を照らしていた。
「わたしこそ、ごめんなさい。無理させちゃって……」
リメアは少しかがみ、カリネに目線を合わせながら謝る。
「こんな時間になっちゃって、お家の人心配してないかな」
「ううん。大丈夫。あたしのこと、気にする人いないから」
カリネは踵を返し、背中を丸めてトボトボと歩いていく。
まるで夜の暗がりに紛れ込もうとするように。
だが少し歩いたその先でカリネは立ち止まり、振り返る。
「リメアさん、ありがとう。誘ってくれて、うれしかった」
それだけを告げると、再び歩き出し角の向こうへひっそりと消えていった。
リメアは人気の消えた道の真ん中でため息をつき、空を見上げる。
星空に浮かぶ3つの月には長く薄い雲がかかっていた。
風の流れは遅く、月明かりは拝めそうにない。
「……さて、情報交換といこうじゃねぇか。ついてこい、いい場所がある」
立ち尽くすリメアに、後ろからアーヴィが声をかけてきた。
うん、と気のない返事をしつつ、リメアは後ろ髪を引かれる思いで歩きだす。
大樹の根に建て増しされた住宅街を抜けて大通りに戻ると、アーヴィは振り返ることなく歩いていく。
(カリネのこと、アーヴィはどう思ってるんだろう)
リメアはアーヴィの背中を見つめながら考える。
ただ、助けたかった。
アリシアの時のような、手遅れになる前に。
全ての人を救うことができないことぐらい、わかっていた。
それでも、目の前にいる誰かが苦しんでいたなら、助けてあげたかった。
昼間ごっこ遊びをした時とは比べ物にならないほど、リメアの足取りは重い。
アーヴィに傲慢だと言われたことを思い出す。
結果的に、カリネはリメアの手では助けることができなかった。
(でもきっと、わたしは同じことが目の前で起こったら、やっぱり助けようとしてしまうんだろうな……)
脳裏にアリシアが橋の下で倒れた映像が鮮明に蘇る。
それだけで身体中の毛が逆立ち、身震いがした。
(もう、あんなのは嫌だもん。アーヴィに何か言われるよりも、ずっと、ずっと)
わたしはわたしのやり方でこの旅をするんだ、と口の中で呟き顔を上げると、目的地にたどり着いたのか、アーヴィが少し先でちょうどこちらを振り返るところだった。
暗がりで彼の表情はよく見えない。
リメアはふうっと胸に溜まった淀みを吐き出し、夜の澄んだ空気に入れ替えた。
小走りで駆け寄り、いつもと同じ口調で尋ねてみる。
「いい場所って、ここ?」
アーヴィは「ああ」と頷いた。
カリネのことがあったのに、アーヴィの様子はいつもと変わらない。
(アーヴィにとっては大きな計画のほうが大事で、広い宇宙でたくさんある星のひとつに住んでいる、たったひとりの女の子の病気なんて、やっぱり気にならないのかな……)
せっかく気分を入れ替えたはずだったのに、また気持ちが暗くなりそうだったので、リメアは慌てて周囲に意識を向けた。
そこは大樹の根本に作られた、古めかしい酒場だった。
店の外には空樽や空き瓶が積み上げられている。根の壁をくり抜かれて作られた窓からは陽気な声と暖色の明かりが漏れていた。
扉の上に掲げられた看板を見つめ、リメアは文字を読み上げてみる。
「シティ・ギルド……?」
「お、この看板の文字は読めたか。そうだ。ここが18の商工会を束ねる経済の中心だ。2日に1度の夜には酒場も開いているようだな」
ところどころ塗装の剥げた看板からは歴史の重みを感じられる。
扉の手のかかる部分だけやせ細った取手をアーヴィが引けば、夜目には眩しいほどの明かりと大きくなった酒場の喧騒が街路に広がった。
「どうぞお先に。レディーファーストだ」
「……うるさいなぁ」
口を尖らせながら中へと入ると、静まり返った外とは打って変わって、店内は驚くほど活気で満ちていた。
「わぁ……!」
反射的に声を上げてしまう。
リメアの気分を丸ごと変えてしまうほど、それは見事な内装だった。
削った根をそのまま柱や梁に利用した大胆な骨組みからぶら下がる、高さの異なるペンダントライト。
中央のバーカウンターをぐるりと囲む、円形の1枚板テーブル。
流しテーブルやカフェテーブルを大勢の人が囲み、壁際の酒樽までもが社交の場と化している。
集まっている人の身なりや服装も様々で、ジョッキで酒を酌み交わす人もいれば、顔を寄せ合いひそひそと密談をかわしている面々も。
かき鳴らされる楽器と人の声が混ざり合い、酒場全体に熱気が満ちていた。
人々が酒を酌み交わすスペースの奥には色と柄の異なる旗を掲げたカウンターがずらりと並んでいる。窓口では係員たちが忙しなく事務処理をこなしていた。
「すごい……!」
初めて見る光景に、暗い気持ちはあっという間に吹き飛んだ。
キョロキョロと目移りしていると食事を両手に持ってきたアーヴィが、顎で空席を指し示す。
リメアは他の人に取られてしまう前にと、パタパタ歩いて椅子を確保した。
長テーブルの対面に座ると、アーヴィはリメアの前に果実の乗った皿を置く。
オレンジやカットされたパイナップルのほかに、見たことのない薄青色の果実、ジェルに包まれた粒々の種が盛られていた。
どのフルーツもハリと艶があり、ついさっきもいできたかのように新鮮だった。
リメアは目を輝かせる。
「アーヴィ、いつの間に! ありがとう、お金どうしたの?」
「あぁ、農園を出るときに新鮮な野菜を袋に詰めて持ってきたからな。そいつを換金したから多少の小銭はある。リメアはそんなに食わないんだったよな?」
「うん、ちょっとでいい。外にいれば、エーテルも少しずつ吸収できるから」
リメアはショートボブの襟足をちょんと触る。
農園に突如現れた魔獣、デュオナッソとの戦闘で消費した分くらいは回復していた。
「まったく便利で羨ましいぜ。こっちは腹が減って仕方ねぇからな」
アーヴィはチーズのたっぷり乗ったピザを頬張り、これ見よがしに泡立つ液体を喉に流し込む。
それを見た瞬間、リメアは立ち上がって大声を上げた。
「あーーーっ! それ、お酒だ! 映画で見たことある! 大人しか飲めないのに、なんでアーヴィが飲んでるの! ずるい!!」
「ちょっ、しぃーっ! 静かにしろ! 誤解されるだろ! 炭酸ジュースだこれは! この見た目で売ってくれるわきゃねぇだろ、俺だって飲めるなら酒を飲みてぇよ!」
「あ、そっか。アーヴィはもともと大人だったから、お酒のんだことあるのか……。あれ? でもたぶんわたしの方が年上で……?」
リメアが首を傾げるたび、アホ毛が右へ左へと揺れる。
「そんなのどうだっていいだろ。で? 収穫はあったか?」
「うーんと、えへへ、遊びに夢中になっちゃってたけど、わかったこともちゃんとあるよ!」
「ほぉ、聞かせてみろ」
アーヴィは2枚目のピザに手を伸ばしながら、リメアへ席に座るよう促した。
飛び出した椅子をもとに戻し、着席しながらリメアは昼の出来事を思い出す。
「えっとね、この町、すごくしっかりしてるよ! 上から見たけど、木の根っこを仕切りにして、あっちは畑、こっちは工場って、きれいに分かれてた!」
「ああ、そうだな。俺の知らないうちに、小さな村だったはずが気がつけばかなりの規模にまで成長してるみてぇだな」
「それとね、子供たちと、英雄と魔王ごっこやったよ! すっごく解像度高くてね、それぞれ英雄エリーゼとか腐食の魔王とか、みんないろんな英雄と魔王の名前を知ってるの! 有名な本とか映画があるのかな?」
「ははっ、流石だリメア。思わぬところから核心を突いてきやがる。ごっこ遊びもバカにはできねぇな。ま、子供の遊びはそもそも大人の真似事って言うしな」
「……? どゆこと?」
リメアは首を傾げながら、皿に盛られたフルーツを口に運ぶ。
食べやすいようにカットされた露草色の果肉から程よい甘さと酸味が舌の上に広がった。
「まあいい。今度は俺からだ」
アーヴィは肘をテーブルに乗せ身を乗り出すと、小声で話し始めた。
「話には聞いていたが、随分昔にメルキオル王政が終焉し、政治の中心はこのギルドに移ったみてぇだ」
「またメルキオル……?」
「ああ。俺が以前この星を調査した時は、奴らかなりめちゃくちゃやってたからな。富の一極集中と堕落、民衆のストレスはすごかったぜ」
「もしかして、髪の毛の色変えたのって……」
「そうだ」
リメアは茶色く染まったアーヴィの髪を見る。
ようやく合点がいった。
「まあ、念には念をってことだ。この目と金髪を見て難癖つけられたらたまらねぇからな」
「なるほど……」
「でだ。話はここからだ。この星には、奇妙な風習がある。あの森で会った魔獣と関係しているみてぇだ」
「奇妙な風習……?」
「ああ、社会システムと行っても過言じゃねぇ。それくらい文化として根付いてやがる。俺が前調査したときにはなかったものだ」
「前って、いつの話? 90年間この星にいたんでしょ?」
「いやだから、リメアと違って俺は森を抜けるだけでも一苦労なんだぞ? 野獣や魔獣に襲われるし、食料は心許ねぇし。人里に降りて捕まったら情報収集どころじゃねぇからな――」
アーヴィの言い訳が終わる前に、酒場の向こうで大きな歓声が上がった。
周囲の人達も皆そちらの方へと顔を向ける。
何人かは立ち上がり酒瓶やグラスを片手に持ったまま、野次馬に向かう。
「ちょうどいい。リメア、見に行くぞ」
「え! あ、うん!」
手に持っていた果実を口の中に放り込み、リメアは席を立った。
声が上がった周囲には人だかりができていた。
アーヴィとリメアは子供の背格好を活かし、大人の足の間をくぐり抜けて最前列へと進み出る。
どうやら人々はカウンターの前に立つ男性を囲っているようだった。
「さぁお前ら、今日という日を覚えておけよ、この俺が英雄に至る第1歩をその目に焼き付けろ!」
わっと歓声が上がる。
「どっちに賭ける?」
「“超える”ほうに賭けるね。今回の魔石を見ろ。跳ねるぞ」
「いやぁ、超えるとしたら次だな。俺はギリギリを攻めるぜ」
「わかった、俺が勝ったら今日の飲み代はそっち持ちな」
周囲の人々は何やら賭け事に夢中だった。
その様子を満足気に見回した男は、魔石をカウンターにおいてある大きな水晶玉に押し付ける。
ズブズブと魔石が推奨に沈んでいくと同時に、水晶が発光し始めた。
「いくぞ!」
男の掛け声に皆が息を呑む。
水晶に男がそっと手を触れると、カウンター上のフリップ板がパラパラとめくれていく。
板に書かれた数字は0から始まり、10、20、30とどんどん増えていった。
やがて数字が99になった時、周囲の緊張は最高潮に達する。
誰もが固唾をのんで見守る中、最後のフリップがパタン、と倒れ数字は100になった。
瞬間、どっと民衆は湧き、受付嬢がベルを鳴らす。
「おめでとうございます! 頑張りましたね! レベル100に到達しましたので、Aランク冒険者の称号を授与します!」
「やった……ついにここまで来たぞ……!」
赤くアルマイト加工されたドッグタグを首にかけてもらった男は、群衆に振り返り拍手喝さいを浴びる。
「俺がこの町5人目のAランク冒険者だ! 待ってろよ、この勢いで俺はいずれ、男性初の英雄の称号を手に入れてみせる!」
「おっ、よく言った!」
「その前にSランク冒険者にならねぇとな!」
「期待してるぜ!」
リメアとアーヴィはもみくちゃにされながら、なんとか人混みから脱出する。
人々は押しくら饅頭のようにぎゅうぎゅうになりながら、男の胴上げを始めた。
「……すごい熱気! さっきのあれ、何だったの?」
「これから話す。とりあえずテーブルに戻るぞ」
アーヴィは崩れた服を直しながら、リメアを手招きした。
席に戻ると、隣の席で2人組の男女がぼやいている。
「レベル100か。遠いな。そっちは今どれぐらいだ?」
「あたいかい? 暫く見てなかったからね。確か前は76だったはずだけど。“ステータスオープン”」
女性はそう言い放つと、顎に手を当てじっと目の前の空間を凝視した。
「ふーん、78まで上がってる。これであんたを超えたね」
「嘘だろ、ついに抜かされる日が来るなんて……」
男性は頭を抱えて、ジョッキの酒をぐいと煽った。
「ねぇアーヴィ、みんな何の話をしているの?」
待ちきれずリメアがやや興奮しながら尋ねる。
アーヴィは冷え切ったピザを噛み切り、ゆっくりと話し始めた。
「この星は、いつの間にか出来上がったこのゲームみたいなシステムが幅を利かせている。魔獣を狩り、手に入れた魔石でレベルを上げる。レベルを上げれば相応の身体強化がなされ、ランキングに反映されるって寸法だ」
「本当にゲームみたい……!」
「ああ。しかも拡張現実なのか何なのか知らねぇが、ステータスオープンの音声コマンド1つで自分のレベルやバイタルを表示できる。便利なのか何なのか……」
やれやれと言った様子で残りのピザを口に放り込むアーヴィ。
リメアはその話を聞いてワクワクが止まらなかった。
「すごい、面白そう! いいなぁ、わたしも“ステータスオープン”って言うだけでレベルが分かった、ら……」
リメアは言葉の途中で固まる。
アーヴィがどうした、と言いたげな目で見つめてくる中、リメアは口を半開きにしたまま手から果物を落としてしまう。
突如、目の前に半透明なディスプレイが現れたのだ。
ディスプレイには心拍数や体重のほか、健康状態や経験値が記録されており、先頭には大きく“レベル1”と表示されていた。
「アーヴィ……」
「なんだ」
「ステータス、でてきちゃった……」
「なにぃ!?」
今度はアーヴィが驚く番だった。
身を乗り出して立ち上がったアーヴィは、リメアに続いて例のコマンドを唱える。
しかし。
「クソッ、なんでだ! 俺にはなにも表示されねぇ!」
ダン、とテーブルを拳で叩く。
周囲の目線が2人に集まった。
「アーヴィ、しぃー! みんなびっくりしてるよ!」
「あ、あぁ。済まねぇ」
今度はリメアがたしなめる番だった。
リメアの目の前に現れたディスプレイは数秒立つと自然に消える。
このゲームじみたシステムを気に入ったリメアは、何度もコマンドを唱え、ステータスを出し入れして遊んだ。
アーヴィはその様子をぶすっとした顔で眺め、炭酸ジュースをちびちびと煽った。
「おい、そろそろいいか?」
「うん、大満足!」
ホクホク顔のリメアに、アーヴィは盛大なため息を付く。
「じゃあ話を戻すぞ。これからどうする? この町にしばらく滞在するか? 精霊を探すための次の行動は?」
「そのことについてなんだけど、わたしはやっぱり、あの子が気になる」
「……はぁ。カリネのことか」
「うん、だから、わたし考えたの!」
リメアはポシェットをゴソゴソと探り、デュオナッソから採取した魔石を取り出す。
それをどうするつもりだ、と問いかけてくるアーヴィを横目に、リメアは隣の席の男性の肩を叩いた。
「お兄さん、さっきたまたま隣で聞こえちゃったんだけど、レベルのことで悩んでたでしょ? だったら、これ、あげる!」
突然差し出された魔石に、隣の男は目を丸くした。
「えっ、嬢ちゃん、急になにを……! その魔石、結構大きいけどどこで拾ったんだい……?」
そう言いながらも、男の目線は魔石に釘付けだった。
リメアはその様子を見てニシシと笑いながら続ける。
「あのね、これをあげる代わりに教えてほしいの。友達に惑星適応障害? になっちゃった子がいて、直してくれるお医者さんを探してるの!」
「へぇ……」
男の口元がニヘラと歪む。
「……知ってる、知ってるよ、お医者さんがどこにいるか。でも、その魔石が本物かどうか確かめたいからなぁ。一緒に水晶のところまで着いてきてくれるかな?」
「うん! いいよ!」
よろめきながらも男は勢いよく椅子から立ち上がる。
無邪気な笑顔を振りまくリメアに、アーヴィは頭を抱えた。
「……はぁ。俺はこいつに交渉のイロハまで教えてやらねぇといけねぇのかよ……」
「どしたの、アーヴィ?」
男に続いて席を立ったリメアは首を傾げる。
「いいや、なんでもねぇ。いい授業料だ。好きにしろよ」
ひらひらと手を振りながら、アーヴィはピザを噛みちぎった。
「それにしても立派な魔石だねぇ……!」
酒が回って待ちきれなかったのか、男の手がリメアの魔石にするりと伸びて来る。
軽く握られていた魔石をその手が掴んだ瞬間、男の目が興奮したかのように見開かれた。
その瞬間、男の顔に隠しきれない欲と悪意が浮かび上がる。
流石のリメアも、理由は分からずとも自分の提案が悪手だったことを肌で感じ取った。
軽く魔石を引いてみたが、男の手は魔石を離さない。
あ、これよくない展開だ、とリメアが悟ったその時だった。
「……そこまでだ」
「っ!? いってぇぇぇ!!」
男の叫び声が酒場に響き渡る。
ハッとリメアが見れば、石に伸びていた男の手首をフードを被った人物が捻り上げている。
背は男より頭1つ分ほど低く、手足は細い。
どこにそんな力があるのかと、リメアは目を見張った。
「お嬢ちゃん、魔石は簡単に他人へ渡すものではないよ。狙っている輩は大勢いるからね」
落ち着いた女性の声だった。
あっ、と声を上げ慌てて魔石を引っ込めてポシェットにしまうとフードの女性は小さく頷く。
「おい、さっきからごちゃごちゃと! その魔石は俺がもらうって話はついてたんだ! そっちこそ横取りしようとしてんじゃねぇか、あぁん!?」
男は掴まれた手を乱暴に振り払い、フードの女性を睨みつける。
「表へ出ろ! これでも俺はBランク冒険者なんだぞ。調子に乗ると痛い目を見るぜ!」
啖呵を切る男に、一緒に飲んでいた女性はかぶりを振る。
「あー、もう。飲ませすぎちゃった。こいつ、酒癖の悪さだけはSランクなのよ……」
どよめきが広がる中、フードの女性は動じることなく、先程までと同じ口調で男をたしなめる。
「……やめておいたほうがいい。怪我をするとするなら、そちらの方だ」
「いい度胸してんな、女ぁ!」
男はフードの女性の胸ぐらを両手で掴み、持ち上げる。
パサリ、と勢いでフードがめくれ、燃えるような赤髪が姿を表した。
その瞬間、周囲で一気に緊張が広がった。
「おいバカ! 手を離せ!!」
大声を張り上げたのは、男と一緒に飲んでいた女性だった。
「あぁん? なんだぁ? お前も俺の魔石を横取りしようってかぁ?」
酒臭い息を振りまきながら、男は女性を睨みつける。
「何言ってんだ! 目を覚ませ! 赤髪に頬から胸にかけての傷跡……、間違いない! そいつは現英雄、剛腕のパリオネだ!!」
彼女の叫び声が終わる前に、ミシリ、と嫌な音が響く。
「この手を、離してもらおうか」
見れば、男の手にフードの女性の手が深く食い込んでいる。
その腕には幾本もの青筋が立っており、男はたまらずに手を離す。
腕にはくっきりと手形が残っていた。
「ま、まさか、英雄パリオネがどうしてこんな開拓村に……!?」
すっかり酔いが冷めた様子の男は激しく取り乱す。
「……魔王討伐の帰り道でね。野暮用があってこの町に立ち寄ったんだが、立場上、暴漢を見過ごすわけにいかなくてね」
パリオネと呼ばれた女性はフードの襟首から髪を引き出す。
胸下まで伸びる鮮やかな赤髪がふわりとなびいた。
「……聞いたことあるぞ、そろそろ魔王の討伐遠征があるって……」
「まさか英雄をこの目で拝める日が来るとは……」
ざわざわと周囲が騒がしくなり始めたのを見計らい、パリオネはリメアに声を掛ける。
「お嬢ちゃん、さっきの話、詳しく聞かせてもらおうか。保護者はどこにいる?」
リメアはとっさに首を横に振る。
「今は俺がそいつの保護者役だ」
テーブルに頬杖をついたアーヴィはテーブルに転がった果物を手で弄りながら、興味なさそうにそう告げた。
パリオネは少し戸惑った表情を見せたが、すぐに微笑みを取り戻す。
「そうか。君が彼女の
「へいへい、それではリメア姫様、この騎士が護衛させていただきますよっと」
「あわわ、なんだかとんでもないことに……! ヒョエ!」
突然手を握られ、変な声を上げてしまったリメア。
見上げると、パリオネがニコッと笑いかけてくる。
拒否権はなさそうだった。
「じ、じゃあ、いこっ、アーヴィ……じゃなかった、騎士様!」
席を立つ瞬間、アーヴィの額にピキッと血管が浮き上がったように見えた。
「ふふ……」
その様子を笑って見つめるパリオネに手を引かれ、リメアたちは酒場をあとにしたのだった。
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