第3話 儚い幸福【フェニス第3従響星】

 2人が友だちになった日から、数週間が過ぎた。


 人工太陽が最も強く照る昼下がり。

 少女2人は大の字になって草の上に寝転んでいた。

 

「ねぇ、リメア」

「ん、なあに、アリシア」

「私の言いたいこと、わかる?」

「え~、なんだろ?」


 首を傾げる少女に、アリシアは生暖かい目線を送る。

 

「ヒントほしい?」

「うん!」

「穴埋め、重労働、もうしたくない」

「……それ、答えじゃないの……?」

 

 リメアの跳躍練習が一段落したため、満を持して始まったのが建築計画第2弾、基礎工事である。

 

 この作業が終了した暁には、たとえ観光客が見事としか言いようのないストーンヘンジに気を取られたとしても、深度3mの穴に落ちる心配がなくなる。

 

 なにより、施設の大人にこの大掛かりな砂遊びがバレた時、自分自身が怒られない。

 素晴らしくも、必要不可欠な計画なのだ。


「アリシア、わたし分かったよ」

「……なにが?」

「壊すことよりも、直すことのほうが大変なんだ。そして、壊すときは気持ちいいけど、直すときはとっても苦しい」

「…………土の中は?」

「あったかい……」


「……何、この会話。間違いなく、暑さにやられてるわ……」


 額に浮いた汗を腕で拭う。

 会話に脈絡がなく、頭がボーっとする。

 リッキーは何をしているの、と尋ねてみると、熱暴走が嫌だから出たくないらしい。

 一番涼しそうな見た目をしているのに、とんだ薄情者である。

 ホログラムのくせに。


 ジワジワと、虫の声が騒がしい。


 土の湿気が不快でアリシアが寝返りをうつと同じことを考えていたのか、リメアとちょうど目があった。

 まるで奇跡の対面を果たしたかのように、翡翠の眼がおお、と見開かれる。


 ふと聞きたかったことを思い出し、アリシアは上体を起こした。


「ねぇリメア。もし、話したくなかったら話さなくてもいいんだけどね」

「どしたの?」


 言い出しづらそうに、ショートボブの後ろ頭をポリポリとかく。


「その、リメアの家族について、聞いちゃってもいいのかしら、なんて」

「う~ん」


 リメアは再び寝返りをうち、もといた位置に戻った。

 その横顔には、迷いも悲壮感も読み取れない。


「別にいいけど、ほんとに全然覚えてないよ、そのときちっちゃかったし」

「ふむふむ、覚えてることだけでいいよ」

「覚えてるのはね、えっと、閉まっていく宇宙船のハッチの向こうで、お母さんが困った顔してたぐらいかな……」

「……そうなんだ。なんか、ごめんね、辛いこと思い出させちゃって」

「ううん、いいよ。もう400年近く前のことだし。顔もぼんやりしてるし」

「そうか、そうだよね……じゃあ、お母さんはもう……」


 とんでもない地雷を踏んでしまった、とアリシアは自分の好奇心に釘を刺す。

 よくよく考えればわかることだ。

 

 そんな長い時間を生きる人間など聞いたことがない。

 おそらく、もう――。


 天涯孤独な無垢の少女に、哀れみの目を向けたその時。

 すべてをひっくり返す一言が、小さな口から飛び出した。


「え、お母さんまだ生きてるよ?」

「ふぇぁっ?」


 素っ頓狂な声が出た。


「なんかこ~、分かるんだよね~、こう、なに? 匂いっていうか、香りっていうか、あ、これお母さんぽいな~って」

「……うん、全然わからないわ……」

「え、アリシアわかんないの? 離れてても、お母さんの匂いって分かるもんじゃないの!?」


 リメアはさも驚いたといった様子で、飛び起きる。


「普通は分かんないんじゃないかな……」

「びっくり……カルチャーショックなんですけど……」

「少なくともカルチャーではないわね」


 アリシアは苦笑しながら、この子は一体何なんだろうと首を傾げる。

 するとショックから立ち直った少女が立ち上がり、腕を組むと挑発的な笑みを浮かべた。


「ふふん、じゃあ今度はわたしの番! アリシアの家族について教えて!」

 頭の上で触覚がブンブン揺れている。


「はぁ……」

 

 アリシアは頭を抱えた。

 この子には常識というものが確実に欠如している。

 

「お嬢様、もしや孤児院の意味をご存知でないのかしら?」

「えっ? あっ、お母さんも、お父さんも……えっと。じゃあ、アリシアは、わたしと同じで、1人ぼっちってこと?」


 幼いながらに気を遣っているのが分かるが、あまりにも不器用だった。

 どうしようと顔に書いてある。


「ふふ、気にしないで。私も別に気にしてないから」


 ぴょこり、と垂れ下がった触覚が復活する。

 現金なアホ毛だ。


 アリシアは手についた草の葉を払いながら、声のトーンを変えずに淡々と語る。

 

「私の家は2人の兄と私がいてね。一番健康な2番目の兄が家を継ぐことになって、1番目の兄と私は孤児院行きよ。端から私なんて期待されてなかったわ。兄のスペアのスペアってとこね」

「…………」

 

「家の中に私の居場所はなかった。孤児院のほうが、まだマシよ」

 

 アリシアはきゅっと裾を軽く握りしめる。


「どう? カルチャーショックでしょ?」


 リメアはふるふると首を横に振る。

 表情はすでに泣き出しそうだった。


「どうして? アリシア、いい子なのに……」

「私が? あっはっはっはっは、それ、そっくりそのまま返すわよ」

「か、返されても困るよー」


 眉をハの字に曲げたリメアの頬をツンツンしたあと、アリシアは自嘲気味に軽く目を伏せる。


「こんなの、この星じゃ珍しくないのよ。税金は毎年上がるし、配給も渋くなるし。まったく親の世代にも同情するわ。私は殺されなかっただけ、マシって感じよ」

「えぇ、なんでぇ……」

 

 本気で落ち込んでいるリメアに、アリシアは孤児院の塀の向こう、地平線から空へ伸びる高い塔を指さした。


「原因はあれよ。あの塔、天体と天体を繋ぐ巨大な架け橋コズミックストリングが、この星の栄養を全部、空の向こうへ運んでいってしまうの」


 アリシアはわざとらしく肩をすくめ、大きなため息をついて見せる。


「コズミ……どゆこと?」

「えっとね、わたしたちのいる星は、フェニス第3従響星。フェニス主律星っていう親星に従う、子どもの星なの」


 木の枝で地面に、大きな丸と小さな丸を1つづつ描く。

 

「いまわたしが立ってるこの星にお母さんの星がいるってこと?」

「そう。そしてこの星でみんなが働いて作ったエネルギーを、あの塔がゴクゴクって、水を飲み干すみたいに吸い取って親の星が飲み込んじゃうのよ。ひどい話よね!」

 

「親が子どもから取っちゃうの? どうして? 変なの」

「そういうものよ……。うーん、うまく説明できなかったかしら。でもね、リメア」

 

 アリシアは塔とリメアの間に立ちふさがり、しゃがんで目線をピッタリと合わせる。

 

「実は、私が大人になったら、そんなのどうでも良くなっちゃうのよ……!」

 

 誰もいないのに、まるで悪い話をするかのようにアリシアはコソコソと耳打ちする。


「はぉっ、大人っ!」

 こそばゆさにぶるっと震えながら、リメアが繰り返した。


「そうだ、大人になったら、手に入るもの、なーんでしょ?」

 ニヒヒ、と笑うアリシアに、リメアは目を輝かせる。

 

「バインバイングラマラスボディ!!」

「違う」

「なんで!?」


 鮮やかに両断された幼女は意義を申し立てる。

 それに対し、さも当たり前と言いたげにアリシアが口を尖らせた。

 

「だって、バインバイン……ボディは、別に大人になる、ならない関係なく、長生きしてたら勝手になるものでしょ?」

「…………え?」


 2人の間に、ハテナがいくつも浮かんだ。


 「こ、これが、本当のカルチャーショック……ってこと?」

 「……間違いないわね」

 

 互いに顔を合わせ、深く頷きあった。


 「こんな常識的なことすら違うなんて、宇宙って広いのねぇ。ビックリしちゃったわぁ。リメア、この星ではね――」


 ざぁっと風が吹き、草原の草たちが一斉に向きを変える。

 口元になびいたボブの横髪を耳にかけながら、アリシアは続けた。


 「この星では、精神年齢が成人の基準よ。だから、大人みたいな成熟した考え方ができれば、今からだって働いて、お金を稼ぐことができるのよ!」


 すっと立ち上がったアリシアは孤児院服を風にはためかせ、踊るようにくるくると舞う。

 その横顔は清々しく、希望に満ち溢れていた。


「そんなに……いいものなの?」

「いいなんてもんじゃないわ。どこにだって行ける、欲しいものは我慢しなくていい、美味しいものだってたくさん食べられる、欲しいものは、なんだって手に入る! いい事ずくめよ!」

「おぉー」


 いまいちピンときていない様子のリメアだったが、とりあえずといった様子でまばらな拍手を送る。

 その姿を見てアリシアはやれやれと首を横に振った。


「まったく、まだリメアには早かったかしら、お金の魅力。じゃあちょっと予定を早めて、もしお金があったら何ができるか、私が教えてあげよっか? 名付けて、バカンス体験!」

 

 いたずらっぽい笑みを浮かべるアリシアは、いつもよりちょっぴりハイテンションだった。

 もちろんリメアはそれに乗ってくる。


「体験、するー!!」

「よしきた、任せてちょうだい!」

 

 アリシアはゴソゴソとポケットをあさり、紐がぶら下がった布切れを取り出した。


「じゃじゃん! これなーんだ!」

「しばき……紐……?」

「違う! ビキニよ、ビ・キ・ニ! こうやってつけて、泳ぐのよ!」

「わはぁ!」

「ほら、リメアもついてきて!」


 アリシアは目を輝かせるリメアの手を強引に引っ張ると、丘の向こうへと走り出す。

 どこまでも続く青空に、大きな入道雲が浮かんでいた。


 

 

 熱気と湿度と草の匂いを孕んだ風をかき分けて、ひたすら丘を下っていく。

 ちょうど孤児院の裏、崖下に位置する場所に小さな林があった。

 近づいてみればさらさらと水の流れる音が聞こえてくる。


「ここからは、ちょっと慎重にね」

 

 しぃーっ、と口に人差し指を当て、アリシアが先を歩き林の奥を覗き見る。

 

「……よし、今日はあいつら来てないみたい! ほら、これリメアの分!」


 アリシアは先程見せびらかしたビキニを、ぽいっとリメアの頭上へ放り投げた。

 

「えっ、いいの!? アリシアの分は?」


 リメアがビキニをキャッチして顔を下ろすと、アリシアはしたり顔を見せつける。

 ちらり、と孤児院服をめくれば、着用済みのビキニが中から覗いた。


「よーし、沢まで競争! 先に水に入ったほうが勝ちー!」

「あ゛ーー!! アリシアがずるしたぁぁぁーーー!!」



「あははははっ、えいっ」

 

 アリシアがジャンプし、水しぶきが上がる。


「わたしも飛ぶー!」


 遥かに高くジャンプしたリメアはくるくると宙で舞い、着水と同時に激しい水柱を晴天にぶち上げた。

 水面に黒髪が浮かんでくるのを、紫苑の両目がニシシと笑って見守っている。

 

「勝負は私の勝ちー!」

「ずる禁止! もっかい! もっかい!」

 

 バチャバチャと水面を手で叩く少女は結局ビキニの付け方がわからなかったのか、ワンピースのまま着衣水泳だ。

 

「えー、飛び込みは一本勝負だしー……って、ちょっとリメア! ビキニはそんな風に使うものじゃ……」 


 ヒュンヒュンと風を切りながら、リメアの頭上でビキニが振り回される。


「これは悪い子をやっつけるための、しばき紐!」

「違うから! って、わぶっ!」


 カウボーイも顔負けの精密投擲で、ビキニは見事アリシアの顔面に命中。


「もーーーー! やったなーーー!」


 少女たちのキャアキャアといった笑い声が沢に響き渡る。

 そうして2人は、夕方まで水遊びを楽しんだのだった。




 その帰り道のこと。


「はぁー、疲れたわぁ、遊んだ遊んだ」

「アリシア、楽しかった!」

「うん、楽しかったね……本当に。夢を見てるみたい」

 濡れたままのリメアの髪を、アリシアが優しく撫でる。

 

「どうだった? お金があったら、もっと広い川とか、海とかに行けるわ。リメアは、その、私とどこか遠くに遊びに行きたいと思わない?」

「思う! 大人ってすごいね!」

「そう。すごいの。大人はね……」

 

 静かにそう呟いた。

 夕日が地平線に沈みだし、影が長く伸びる。

 

 アリシアは手を後ろに組んで、リメアの顔を覗き込んだ。

 

「ねえ、リメア。リメアは、なにか将来の目標とかある?」

「えー、目標~?」

 

 うーん、と首を傾げる。


 

「……まだ、わかんないよ」

「そっか……。私はあるよっ」


 しょんぼりとうつむくリメアの前に身を乗り出し、ニカッと笑う。

 

「今、決めたの!」

 

 言うやいなやアリシアは走り出し、夕日の丘に駆け上がる。

 てっぺんにつくと、顔を上げて胸いっぱいに息を吸い込んだ。


「私の目標はー! リメアの目標が決まるまでー!」


 この位置ならきっと大丈夫。

 夕日が私を丸ごと、赤と黒で塗りつぶしてくれる。

 そんな確信が、アリシアをいつも以上に大胆にした。

 胸の内からあふれる幸福感を今吐き出さなければ、頭がどうにかなりそうだった。


「大人になって、お金を稼いで――」

 

 息継ぎのため大きく体をくの字に曲げ、ありったけの声量で叫ぶ。


「リメアの、保護者になるぞーーーっ!! そして、今日よりも楽しい思い出を! たくさん、たくさん作るぞーーっ!! はぁっ、はぁっ」


 すべてが真っ赤に燃えていた。

 空も、大地も、アリシアの横顔も。

 責任は全部、沈む夕日に押し付けて。


 今だけは絶対に振り向きたくなかった。

 リメアがどんな顔をしてるかぐらい、見なくても分かる。


 

「じゃあ、また明日っ! さらばっ!」


 

 アリシアは羞恥に耐えかねて、踵を返すと孤児院に向かって走り出す。

 夕暮れ時の少し涼やかな風が、いつも以上に心地よく感じられた。


 アリシアの日々は変わった。

 180度、いや、540度変わったと言っても過言ではない。

 毎日が、楽しかった。キラキラと輝いていた。


 生きていると、実感できた。

 今までの、どんな日々よりも。


 だからつい、あんなことを恥ずかしげもなく宣言できたのだと思う。

 

 この時はそれでもいいと思えるくらい、アリシアの心はこの上なく充実していたのだった。

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