第五話「わからないままで、いいと思ってた」

――はじめは、気になるだけだった。


親の都合でこの学校に転校してきて、初日。みんなの前で挨拶をしたときのこと。


「斉藤ルイです。よろしく〜」


笑顔で言った瞬間、教室がざわめく。

……どうせ、みんな顔だけなんやろな。

と思って見回すと、目が合った子がいた。


茶色でサラサラな髪。前髪は長くて、マスクもしてるから顔はハッキリ見えない。

特段カッコいいわけでも、可愛らしいわけでもなかった。

でも、長い前髪から覗く瞳を見たとき――心臓がドクン、と高鳴るのがわかった。

自分でもなんでかはわからない。なんだか、他の人とは違う感じがした。


あのとき……屋上で、近づいたとき。

ボクは何を言いかけたんやろ。タケちゃんが来んかったら、ボクは……。


「……とう。……斉藤?」


呼ばれてハッとする。

声のほうを見ると、先生。……しまった。授業中やった。

ほんま、考え出すと止まらんくなるクセ、なんとかせなアカンなぁ。


「あ、すいません。ちょっと考え事しとって〜」


席を立って、苦笑いで答える。周りから少し笑い声があがった。

「集中しろよー」という先生の声に、軽く返事をして席についた。


あれから、一週間が経とうとしていた。

クラスメイトのボクへの興味も、少し落ち着いてきたように思う。


お昼ご飯は、タケちゃんとボクと涼平くんで食べるのが定番になっていた。

今日も涼平くんに声をかけて。いつもの校舎裏に三人で向かう。

相変わらずタケちゃんは無口で。涼平くんはツッコミつつも、なんだかんだ優しくて。

ここがボクの“居場所”になってきてるような、そんな感覚だった。

……気のせいやったら、怖いけど。


教室に戻ってきて次の授業の用意をしていると、涼平くんの席にクラスメイトのひとりが来て。


「西那くん、あの人呼んでるよ」


その子が指差した先、教室の扉のところには見覚えのない大人がひらひらと手を振りながら立っていた。

襟足の長い黒髪に、たくさんのピアス。ニコニコと人のよさそうな笑みを浮かべている、カッコいい大人。


「しんくん!?」


クラスメイトの子に「ありがと」とひとことだけ言って、笑顔でその人……“しんくん”と呼んだ人のもとへ向かう涼平くん。

駆け寄った涼平くんの頭をぽんぽん、と優しく撫でる見知らぬ人。

涼平くんは、見たことない顔で笑ってて……。胸の奥が、ぎゅって締め付けられたような気がした。


……なんか、いややな。その顔。

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