第38話 人間side 森の神
城塞都市ハルバ
ギルド長視点
「……もう一度、最初から説明してもらおうか」
言葉は穏やかだったが、部屋の空気はひどく重かった。
ここは城塞都市ハルバの中心部、王城の一角にある“特務戦略会議室”。
各ギルド長や貴族、軍の上官などが集められる、限られた空間だ。
その円卓の一席──城塞都市ハルバの冒険者ギルド長である私は、先ほどから溜息をこらえていた。
目の前に立つ若い冒険者は、汗だくで背中を小刻みに震わせている。そりゃそうだ。
さっきまで適当な報告で逃げようとしていたところを、私に止められ、尋問のような形になっているのだから。
「……ですから、その……調査依頼だったんですけど……予定通り、調べてたんですよ……はい……」
その声はかすれていた。
「大規模な魔力衝突があったて話だったんです。ちょっと強めの。だから、まあ……精々、出て根喰い虫くらいだと思って……気楽なつもりで。ガンさんもそう言ってたし」
「その“ガン”というのは?」
「……あ、はい。僕の、同行者で……武闘派っていうか……戦闘担当です……」
「その彼が、森で消息を絶った、と?」
「……その、厳密には……トレントに、瞬殺されました」
会議室にざわめきが走った。
トレント。森の守護者とも、古の災厄とも呼ばれる存在。
今や伝承の中の存在と化していたそれの名を、誰かが冗談のように呟いたのではない。
実際に、目の前の男がそれを“見た”というのだ。
私は手元の記録板に目を落とした。
冒険者ギルドに提出された報告書。
「森に神がいた」
その報告に“トレント”の名は記載されていなかった。
「報告には書いていないな。何故だ?」
「……あの、笑われるかと思って……」
「我々は伝説を嗤わない。だが、虚偽は断罪するぞ」
ギルド長としての声が、ついに口調を冷たくする。
冒険者は慌てて口を開いた。
「黒い剣を使うゴブリンがいました。剣の軌跡が空を焼いてた。魔力が混じってたっていうより、もっと……こう、何かが、剣の中に棲んでるみたいな。見た瞬間、ヤバいって分かりました」
私は隣の軍部将校に視線を送る。頷きが返る。
「続けろ」
「それと、もう一体……人語を話すゴブリンです。……あれも、間違いなく普通じゃない。喋り方は、ちょっと間の抜けた感じで……魔王みたいな威圧感とかはないんですけど、でも……こっちを見てくる目が、なんかもう、人のそれで……」
「“言葉を話すゴブリン”は、進化個体か?」
「分かりません……でも、たぶん、あいつらを中心にして……“森が守ってる”感じがして」
私は思わず眉間を押さえた。
情報が、あまりにも異常すぎる。
そして。
「……それで、“トレント”は?」
冒険者は震えるように言った。
「……見た瞬間、体が動かなかったんです。……根が、勝手に伸びてきて……空からも地面からも囲まれて……気づいたら、ガンさんが、吹っ飛ばされてて。……槍が、根に絡め取られて、腹に……突き刺さってて」
「彼は生きているのか?」
「……たぶん。死体じゃなかったです、けど……助ける余裕は……」
そこまで言って、冒険者の声は詰まった。
しばらく沈黙が続いた。
やがて、一人の老騎士が口を開く。
「……トレントが本当に生きているのなら、それだけで国家級の災厄だ。だが……問題は、それを庇うように動いている魔物たちがいるという点だな」
別の貴族が、苦い顔で呟く。
「トレントを“神”のように扱う存在……あるいは、トレントが従っている存在が、いるとすれば?」
「それが……ゴブリンの王、だというのか?」
「まさか……冗談だろう」
しかし、誰も笑わなかった。
「……ギルドとしては、緊急の再調査を要請する」
私は、強く言った。
「この森には、従来の常識が通じない何かがある。
既存の戦力では太刀打ちできない。特級探索者クラスの人員を選出し、慎重に接触すべきだ」
「……問題は、その間に森がどこまで広がるか、だな」
軍上層部が、低く重い声で呟いた。
報告が終わる。冒険者は、憔悴しきった顔で退出した。
その背中を見送りながら、私は再び記録板に目を落とす。
──黒炎の剣士。
──知性あるゴブリン。
──森を操る神木、トレント。
そして、
その中心に“何か”がいる。
それは、ただのゴブリンなのか。
それとも、人智の及ばぬ“森の王”なのか。
……この戦い、そう簡単には終わらない。
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