第28話 休日返上でトレントさんに尽くそう

 トレントさんは少し、頭がおかしい。


 根喰い虫と戦ってくれたことは、ひたすらに感謝しかない。実際、トレントさんのためだったら、根喰い虫の死骸探しなんてやるよ。全然。


 だけど、ヒントがはあんまりじゃないかな?


 ここ大森林やぞ?

 木なんて数えきれないほどあるぞ?


 それこそ、目立つ木なんてトレントさんくらいだ。



 そういう訳で、今は旧巣穴に向かっている。


 なぜかって?




――――迷子にならずに帰れる場所が、あそこしかないからだよ。


 まじで、ディーとかに任せようよ。土地勘がある。


 えーと、直進、左、直進、右、直進。


 少し開けた場所へと足を踏み入れる。

 かつて巣穴があった山は、崩落の影響で土砂があちこちに散らばっていた。



 ……ここ来ても無意味か?


 分かってはいたが、当然何もない。なんなら、崩落の影響で木すらない。



――――帰るか……あ?


 微かな違和感。がおかしい。


 風の音、虫の羽音、湿った土の匂い──それらはいつも通り。だけど、それ以外がまるで聞こえない。


 ゴブリンの耳は良い。動物の気配、草木の揺れ、鳥の羽ばたき……そういう“生きている音”に敏感だ。なのに。


「……静かすぎない?」


 ゴクリと喉が鳴る音が、やけに大きく響いた。


 枯れ木が1本、ゆっくりと風に揺れる。その先に──黒い“穴”のようなものがぽつんと見えた。


「……あれ?」


 最初は影かと思った。だが、目を凝らすとそれは違和感の塊だった。


 地面が、不自然に陥没している。いや、これは……掘り返された跡?


「まさか……これ、トレントさんの言ってた埋めた場所……?」


 あいにく、スコップなんて持ってきてはいないので素手で掘り返す。



 ヌメヌメとした感触。何かに触れた。


 覗き込むと、黒い皮が見える。これは、根喰い虫だ。


「えぇ~と、たぶん燃やせば魔石になるよな……」


 オウリアムの木を探す。根喰い虫の数千倍、探しやすい。この森ならどこにでも生えているから。


 火をおこす……のはもう慣れた。すぐに火種が出来上がる。それを根喰い虫の上に落とす。で、遠くからオウリアムの木を投入。



ドオオオオォォンッ!!!


 相変わらずの爆発力。不思議植物オウリアム。




――――焦げるまで待機だな……。



 ✾ ✾ ✾


 できるだけ、火が弱そうな部分を触る。


 その瞬間、根喰い虫の全身が崩壊して、光の粒子へと変わっていく。


 記憶が正しければ、魔石だけが残るはず……



 燃えていた根喰い虫の体が消滅して、火が消えた。その巨体が埋まっていた跡に、地面にポッカリと開いた穴。その中心に、焦げ茶色の光を放つ宝玉が残る。


 根喰い虫の魔石だろう。


 ……ん?そういえば、根喰い虫って二匹いたんだよな。


 もう一匹はどこに埋まってるんだろう。


 トレントさんが「地下の方を回収しようと急いで~」って言ってたから、たぶんそっちはもっと深く埋まってるんだろうけど……。


 いや、広すぎるって……


 森の地下ってなんだよ。森の地面を全部掘れってこと?冗談でしょ?


 ……しかし、この魔石を持ち帰ってトレントさんに渡したところで、きっとこう言われる。


『もう一つも頼むぞ、魔王様ぁ~♪』


 絶対言う。100%言う。断言できる。


「……さがすかぁ」


 僕は再び森を歩き出す。


 風に揺れる葉の音。どこからか聞こえる小動物の気配。さっきとは違って、ちゃんと“生きている音”がある。


 じゃあ、さっきの異様な静けさは──やっぱり根喰い虫の死骸の影響だったんだろうか。


 にしても、地下ってどこだよ?


 とにかく、そこ掘ってみるか……


 素手で土をかき分けながら、慎重に掘り進める。


 数分後──


 固い何かに指がぶつかる。


 掘り進めると、そこには乾ききった茶色の外皮。間違いない。もう一匹の根喰い虫だ。




――――いや、ほんとにいるのかよ。まるで、ラノベのご都合主義……



 ま、いいか。見つかったんだし。……あとは燃やして魔石に……


 周囲を確認。オウリアムの木──あった。 


 火を起こし、死骸の周囲に設置。手慣れた動きで火種を投下する。


 そして──




ドオオオォォンッ!!!




 爆発の余波で吹き飛ばされる落ち葉とゴブリン一匹。


「ぐふっ……!……わかってたのに……また……」


 完全に爆風に慣れたとは言えない模様。


 しかし、すぐに爆炎は収まる。焦げた根喰い虫に、手が触れる。例のごとく、光の粒子となって体が崩壊。さっきと同じ、焦げ茶の魔石が残る。


「……あった。これで二つ目」


 焦げ茶色の魔石を手に取る。


――──と、その瞬間。


 ズルッ 


「あっ」


 足元のぬかるみに足を取られ、バランスを崩す。


 次の瞬間──


ゴンッ!!


「ぐはっ!!」


 転倒。背中から地面に叩きつけられる。手にしていた魔石が、石にぶつかって──


パキィン!


 鈍い音を立てて、魔石が砕けた。


「えっ!?ちょ、ちょっと待って!!?」


 割れた魔石から、もわぁ……っと茶色の魔力らしき光が立ち上る。


 空気が震える。


「うわ、うわわ、なんかやば……ッ!」


 逃げようとした時には遅かった。


 舞い上がった魔力が、まるで生き物のように僕にまとわりつき──そのまま、身体に吸い込まれていった。

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