第18話 D視点 ギエル

 我が汲んできただったはずのものは、紫色に変色している。誰の目にも明らかな、毒だ。


 いったい、いつの間に?誰がこんなことを?


 頭の中を疑問が渦巻く。その時、王が毒をすくい取った。


「……うぐぅっ!?」

 訳:うぐぅっ!?


 王の手が、見るも無残にただれている。自らの体を使って、毒の強さを確認なされたのだ。ゴブリン族の再生力があるといっても、まさか躊躇なくできるとは……。


 王が警戒するほどの毒。ゴブリンといえども体内に入れれば死ぬかもしれない。


 それにしても、この色……どこかで見覚えが?



――――まさかあいつが?


 一人だけ心当たりがある。先代族長の死と同時に離反していったゴブリンども。その頭領格。


――――ギエルッ!


 思い出すのは、紫に侵されて倒れ伏す獣たち。その行為の張本人は王が生まれる前の集落で、唯一自らの名を定めていた怪奇なるゴブリン。ギエルは、水魔法と称してを多用していたはず……


 今、ギエルらの集落がどこにあるのかは分からない。途中までは把握していたが、忽然と姿を消していた。


 ……もしや、トレントの地下に巣穴を掘っていたのではないか。


 考えれば考えるほどそうとしか思えない。井戸を掘った時の感覚からすると、トレントの幻覚魔法の効力は地下に及んでいない。トレントの下は、トレントの魔力が漂っていて魔物にとって最高の住処であろう。


――――王よ、その身を犠牲にしてでも民を守るお方……我は、何としても、この毒の元を絶ってみせましょうぞ!


 我は、助走をつけて井戸の中へと飛び込んだ。


 ✾ ✾ ✾


 ポチャンという着水音が響く。我が着地したここも、暗くてよく見えていないが毒に覆われているのだろう。


 我は耳を澄ます。


 聞こえるのは、カツ、カツという採掘音。意識しなければ気づかない、けれど意識すれば確実にがいると分かる。


 拳に魔力を込めて、全力で壁を殴る。


 静かに踏み込んだ足元から、地鳴りのような衝撃が走った。


 次の瞬間、土の壁がドッ!という爆ぜる音を立てて吹き飛んだ。全力で叩き抜いた一撃は、迷いなく一直線に貫通し、崩れた土の塊が空中に舞った。


 穴から光が漏れる。巣穴につながった。


 壁を吹き飛ばしてからでは遅いかもしれないが、一応気配を殺して潜り込む。


 

「ぎゃ……」

 訳:あ……


 穴のそばにいた一匹のゴブリンと目が合う。思わず声が漏れてしまった。無理もない。鋭い目つきに欠けた耳、髑髏ドクロの首飾り。正しくそれは……


――――ギエルなのだから。


「嘘だろ…なんで族長の野郎が……」


 ギエルが我の知らぬ言語で何事かを呟いた。


「ぎぬお」

 訳:死ね


 ここで会ったが貴様の運の尽きだ。王のため、今すぐ塵に還してくれよう。


 我は先ほどとは比にならない魔力を、拳へと込める。


「……やっべ、殺される!?」


 呆けた面をしていたギエルが唐突に真顔に戻る。今更事態を自覚したのか、ギエルは身をひるがえすと全力の逃走を始めた。我には目もくれず、ひたすらに逃げる。



 ……甘いな。相手の攻撃の瞬間を見なくては避けることなどできない。


 我は拳を振りぬく。極限まで圧縮された魔力は、一筋の光となってギエルへと飛んだ。


「ン?うわっ!?……毒浪之盾どくろうのたてッ!!」


 ギエルが発した謎の呪文。応じるように、紫の霧が波のように広がった。我の一撃は霧で減衰し、かき消された。


 そこまで甘くはなかったか……


 我は背中に差す剣を見る。


――――秘技を使ったら崩落するだろうか……。


 本来ならギエル程度、鬼炎轟断きえんごうだんでも黒炎一閃こくえんいっせんでもなんでも、秘技を撃てば倒せるはずだ。しかし、崩落しないかだけが心配だ。正直、先日の崩落は凶兎キョウトに並ぶレベルのトラウマだ。


 やはり肉弾戦しかないか。


 我は再び拳を構える。毒魔法を撃たれる前に連撃で決めきる。


 その時だ。ギエルが慌てたように口を開く。


「ぐりんもぅぐおっ!」

 訳:ちょっと待ってくださいっ!





――――いや、無理だな。王のために消えろ。


我はギエルに跳びかかった。





――――――――――――――――――――

次回もD視点が続きます。

しばらく、主ゴブ主人公視点はありませんね。


ぜひ、今後ともよろしくお願いします。


ところで、明らかにを話すギエルとかいうゴブリン。

何者なんでしょうか……?


               丸兎

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