第22話

灯里の『デュラハン』という言葉が聞こえたのはユミだけだった。

「首なし騎士ですか、現代だとバイク乗り。理にかなってますね」

青い光をまとわりつかせたデュラハン。

案外、動じていないユミである。

逆に灯里は興奮している。

「本物の幻妖ファンタズマよ!」


◼️◼️◼️


物陰にいた道弥は別の叫びを小さく上げた。

「レディ……!」

クロもつぶやく。

「あれが、実物のインヴィジブル・レディ……」


時計の針がたやすくはずれたのを見て、さらに道弥はつぶやく。

「レディは摩擦係数に干渉して、潤滑状態にできるのかな」

クロが思わず聞き返す。

「なんとおっしゃいました?」

「ごめん。言葉にしたからって、それをうまく説明ができるってわけじゃないんだ。例えばぼくらが地面に立つ、歩く、椅子に座るなどができるのは、摩擦によるものだ。摩擦係数が低い状態は、例えば氷の上だ。普通に歩けば滑ってしまう」

「すると、固く留まっている時計の針の金具の摩擦状態を、つるりと滑るように変えたということですか」

「まだ推測だけどね」

言わないが、クロは学生の頃は優等生だったんだろうなと道弥は思った。

「レディにその能力があるなら、あのグルーセメントから逃れたのも、ですね」

「うぶ毛の流れにすら負荷をかけずに、はがしたからね」

乾きかけた半固体のセメントを音をたててはがしたレディ。液体だったなら、怒って部屋を出てから、道弥の見えないところでその能力で、すてきな裸体から跡形もなく塗料を落とすつもりだっただろう。


「で、今って、なにが起こってるんだろうね」


◼️◼️◼️


男たちのさっきまでの表情は、怒りだった。

誰にたいして? 灯里にたいして?

しかし今は、デュラハンの異形と威容、怪力に、全員がおびえ、すくんでいた。


デュラハンは鉄の分針を床に突き立てた。体ごと灯里とユミを向き、右手で手招きをした。首を左の小脇にかかえたままで。


招かれたからと言って、すぐにデュラハンの近くに行く気にはなれない。

ふたりが立ちすくんでいると。


夜光が声を上げた。

「灯里さま!」

灯里が片まゆだけ上げて、夜光を見た。

「灯里さま! 私たちがわからないのですか?!」

わからないというのは言葉にしないほうがよさそうだ。しかし、ユミがささやく。

「うちの会社の……」


すると、ほかの男たちも声をあげはじめた。

「奥さん!」

「おねえさま!」

いや、だれ?!

灯里がユミを見上げると、こちらはとんとわからないもよう。

すると口々に、

「うちのバーで、飲んでくださいました!」

「いつもジムで見ていました!」

「工事会社です! お世話になっています!」

「今夜は当店で、お食事をありがとうございます!」

「いつもうちのコンビニでお買い物をありがとうございます!」

多少なりと縁があるひとびとらしい。

その中にひとり、

「夜道で声をかけてくれました!」

という、若い男がいた。


とたん、男たち全員が彼をにらんだ。

「それは、俺もだ!」

「俺もなんだよ!」

若い男が言い募る。

「あれからあなたが忘れられなくて! 恋しくて! 耐えられなくて! 会った場所であなたを探してうろうろして! 見つけたらうれしかったけど、声もかけられなくて!」


物陰にいた道弥は察してしまった。

(灯里さんが、魅了チャーム催眠ヒュプノの面を使って警察に駆け込ませた男たちか?!)

灯里の行動範囲が広くなかったことが原因だ。

夜光をはじめ、全員が印象に残りにくい見た目をしている。

夜道で見つけた適当な相手をヒュプノの餌食にしていたら、その中に、縁のある相手が混じっていたのに気づかなかった。

ヒュプノもよく効いたが、魅了がさらに、よく効きすぎたわけだ。

最後の若い男などはヒュプノの餌食になったのが初対面だったようだが、愛と根性で灯里を見つけてストーカーになったと。

その上、男たちは灯里を求めて熱烈に行動するうち、知り合ってしまったのだ。

(一夜に4~5人もたぶらかすから! 多すぎるんだよ! そりゃ、こんな偶然があるだろうよ!)


なにより繁が作成した面の、能力拡大効果が絶大すぎる。


男たちはユミに殺気を見せた。

夜光が口火を切る。

「生田。今夜の灯里さまとのデートは楽しそうだったな」

ユミがたじろぐ。

「誰のものにもならない、眺めるだけで満足すべき女神だぞ」

「今まで、ご友人もいなかったお方だ」

「なぜ、あんただけが特別なんだよ!」


聞いていたクロと道弥が、身につまされた。

「ともだちがいないなんて、ばらさないであげてほしいです」

「ぼくも友人は多くない。ふれないでほしいな」


まあ、それどころではない。

男たちは嫉妬に狂い、情報を共有して、この場に暴力的に殴り込んできたのだ。

発露させた怒りを、灯里に見せつける方法で。

「理性の喪失……面の効果か?」

魅了に、感情を熱く揺さぶる効果があるのか。


男たちがユミに詰め寄ろうとしたとき。

ステージのデュラハンが、首を装着した。

時計の分針の槍を構え、剛力で投げた。

すさまじい風切り音。

槍は灯里とユミを守るように、男たちの目の前の地面にドカッと音を立てて突き刺さった。


道弥がはっとして、今度こそ飛び出す。

そして叫んだ。


「灯里ねえさん! 面をつけて! あなたなら止められる!!」


灯里とユミが道弥を見る。

ユミは聞くなり、瞬時に灯里を横抱きにした。

疾風のように、池からステージに渡る橋を駆け抜ける。

灯里をデュラハンよりも前に押し出し、自分はさっとデュラハンよりさらに下がって、騎士のようにひざまずいた。


灯里は了承した。

黒いコートの前を開け、ばさりと大きく裾をはらった。

ポケットから面を出して装着する。

全身から金色のオーラがほとばしった。


「------------しずまりなさい!!!」

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