第17話 恐怖の先に、君となら

 僕たちは顔を見合わせていた。

 花村の瞳の奥、その怯えのさらに奥に潜むかすかな光を捉える。その光こそ、この狂気の中で得た、自分だけではないという希望の灯りだった。


「花村、僕と一緒に、あの旧校舎へ行かないか? このズレの核心を、直接、確かめたいんだ」


 その言葉に、花村の顔から血の気が引いた。身体が微かに震え始め、へたり込みそうになるのを必死に堪えている。


 口元を拭う癖が激しくなり、不快な粘液を拭い去ろうと狂ったように何度も拭い続けた。喉元に手を当て、えずくような動作さえ見せる。


 彼にとって旧校舎は、学校を避けるほどの「気持ち悪い場所」だ。そこへ足を踏み入れる提案は、彼の安全地帯を破る、極度の恐怖を伴う行為だと痛いほど理解できた。


 花村は視線を逸らし、震える拳をぎゅっと握りしめた。


 内面で、恐怖と葛藤が激しくせめぎ合っているのが伝わってくる。図書室の窓から差し込む夕暮れの光が、彼の青ざめた顔を不気味に照らしていた。


 花村の肩にそっと手を置く。


「無理を言ってごめん……でも、花村のその感覚が必要なんだ。君が感じる気持ち悪い音、それこそが『あれ』に繋がる唯一の手がかりになる」


 彼は深く息を吸い込んだ。全身を痙攣が駆け抜ける。唇を噛みしめ、拳を血が滲むほど固く握りしめた。

 その顔には、恐怖を乗り越えようとする、痛々しいほどの覚悟が刻まれている。


 そして、彼は声を絞り出した。確かな意志を込めて。


「……夜に、行こう。あの場所は、夜になると、もっとおかしい」


 それは、花村悠太が、自らの恐怖に抗い、僕との絆を選んだ、重い決意の響きだった。


 その決意が、夕暮れの図書室に、小さく響き渡った。重い決意に、安堵と共に深い感謝を覚える。


「ありがとう、花村」


 夜間の旧校舎潜入調査の具体的な計画を立て始めた。

 懐中電灯、時間、侵入経路……。

 具体的な準備について言葉を交わすたび、僕たちの間に、目的を共有した確かな「協力関係」が築かれていくのを感じた。


 その協力関係は、薄闇の中で、心を、奇妙な熱で灯し始めた。

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