「とーちゃんはでっかいな」「そりゃお前、父ちゃんだからな」

「とーちゃんだ!」

 二階からミオの大声。いつも通り、バタバタとかけおりてくる音。

 客の姿はない。朝の営業時間はとうに終わり、もうすぐ昼になろうとしていた。次の営業時間は日が暮れてからだ。


「かーちゃん! とーちゃんかえってきた!」

 義足は痛むから外してるが、たかがチビすけ。椅子に座っていても受け止めることはたやすい。ふふ、突進一辺倒でアタシを倒せると思うなよ。工夫と向上心が、己を成長させていくのさ。


 ミオは階段の二段目までおりると、そこからぴょんとジャンプする。しなやかな動きで着地をすると、右手をたかだかと掲げた。なんだソレ。なんかの宣告か?


「いっちょむかえにいってくる!」


 そのまま勢いよく走りだし、飛び出していく。突進がない……これが成長ってやつなのか。だがミオよ、覚えておくんだ。階段をジャンプしてはいけない。転んで怪我をしたことを忘れたか? それに見てみろ。踏まれず役目を果たせなかった一段目が泣いてるぞ。


 右手に杖を持ち、自宅も兼ねている店から出ると、通りの向こうから妙に背丈の高い男が歩いてくるのが見えた。ミオは一直線に走り寄っていく。


「とーちゃん! おかえり!」


「おう。ただいま。父ちゃん帰ってきたぞ。お土産もあるからな」


「ほんとうか!? とーちゃん、きがきでないな!」

 ……コイツ。客の話を聞いて言葉を覚えるのはいいが、意味に関係なく初めの音だけで言葉を選んでるな。


「それを言うなら気が利く、だ。そんなんじゃ、母ちゃんに叱られるぞ」

「別に怒りはしないよ。おかえりジレ。今回の商隊はずいぶんと早い帰りだね。まぁ、とりあえず中に入りなよ。茶でもいれよう」


 ◆   ◆   ◆   ◆


「予定通りコスタフェルまでは行ったんだよ。でもどうやら迷宮鎮圧が近いようで早々に帰されたんだ」


 両手に持っていたトランクケースや背負っていた大きなバックパックを床におろし、腰を叩く仕草。同い年のくせにジジくさいな。こいつも齢を取った、ということか。

 

 ミオはジレを『とーちゃん』と呼ぶが、本当の父親ではない。かといってアタシの夫でもない。共同でミオの面倒を見ている、ただの古い馴染み。同居すらしていない。


「じゃあ、だいぶ売れ残っただろ。買い入れの時間もなかったんじゃないかい?」

 

 ジレは草花に詳しい。栄養価や薬効の高いものを自ら育て、簡単な調薬すらこなす。その効能を本にまとめるほどマメでもある。時折、交易の商隊に交じって他の街へ行き、それらを売っては色々と仕入れて帰ってくる。


「いやいや、逆に要り様だったみたいでね。まとめて買ってもらったから完売さ。ずいぶんと気前よく買ってくれるもんだから聞いてみると、どうやら領主が買い揃えるように指示してるらしい。おかげでこっちもいろいろと買い込めたよ」


 ジレはトランクケースのひとつを食卓へ乗せる。


「さ、腹も減ったし、これで一丁、何か食わしてくれ」


 湿気除けの油紙に包まれていたのは……これは珍しい。香辛料がふんだんにまぶされた肉だ。


「レンベルク山脈で獲れたコブイノシシの肉だ。あの山で育った獣の肉は臭みが少ないらしくってな。きっと餌の違いなんだろうな。魚だって住んでる場所や餌によって味も臭いも違うだろ? あれと一緒さ」


「うんちくはまた今度な」


 肉塊の傍らには小さい輝石が二つ。これで肉の腐りも程度は防ぐことができる。便利なものだ。肉の色合いは黒みを帯び、塩で水分が抜かれていることが分かった。数種類の香辛料が使われた刺激的な香りが食欲をそそる。


「よし、任せときな」


 義足をつけ、包みを手に調理場へ入る。

 今朝の付け合わせにした干した魚を焼いた炭はまだ少し熱い。適当に木炭を足し、新鮮な空気を送り込むとすぐに熱が戻った。


 荒い目の網を用意して、熱になじませる。厚みを意識して切り分けた肉に、横に縦に何本も切り込みを入れていく。熱々の網に乗せて鳴る、ジュゥと良い音。


 さて、お供の野菜だな。貯蔵庫からキャベツの葉とタマネギを取り出す。キャベツの葉は一枚ずつくるくると巻いてから、肉を切ったものとは別な包丁で千切りにしていく。薄くスライスしたタマネギと一緒にザルへ。ボウルに水をはり、ザルごと沈めて水にさらしてやる。


 おっと、肉の具合はどうだろう。裏返してやると良い焼き目がついてる。よしよし、順調だな。


 客席の方へ目をやると、ジレとミオがなにやら楽しげに遊んでいた。持っているのは……ブリキの人形か?


「くくく。その程度かレオンハルト卿。そんな力ではこの儂は倒せんぞ」


「くっ。おのれ、はくしゃくめ。わがけんであってもたおせぬとはー!」


 レオンハルトといえば王国最強の騎士を讃える名誉性だろ。貴族だよ貴族。その筋書き不敬にならないか? というか女の子の遊びがそれでいいのか。


「ここはおくのてだ。わがはは、あすてるよりうけつぎし、せいそうをくらえ!」


 せいそうって、聖槍のことか。なんだ受け継ぎしって。もってないよそんなもん。


 盛り上がる戦いを横目に、平たく焼かれたピタパンを軽く炙る。ザルから野菜を引き上げ、よく水気を絞ってから、空洞になっているピタパンのポケットに詰め込む。ちょうど良い焼き加減になった肉も放り込んで、完成。


「ぐわああ! 見事なりレオンハルト。だが儂を倒してもじきに第二、第三の———」


「ほれ、ごはんできたよ。手、洗っといで」


「! とーちゃん、いくぞ!」


 人形を机に立たせ、裏の庭へ手を洗いに走っていく。「昼飯だー!」と走っていくジレはミオを追い抜こうとする勢いだ。こどもが二人いる。片方は梁に頭をぶつけるくらいデカいのに。


 三人で「いただきます」と手を合わせ、かぶりつく。


「しげきてきでうまいな!」


 香辛料の刺激に、顔を小刻みにふるわせたあと、にっこりとミオがほほ笑んだ。

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