片足元女傭兵の港めし料理帖~だからアタシは、アンタの母ちゃんじゃない!~

ムロ☆キング

「かーちゃん、はらへった」「アタシはアンタの母ちゃんじゃない!」

「かーちゃん! はらへったー!」

 

 バタバタと階段を降りる足音に振り返り、ハッとした。

 見覚えのある黒い物体が! 目にもとまらぬ早さで! 突っ込んでくる!


 ふふん。チビすけめ。今日も元気があってたいへんよろしい。


 持っていたオタマを置き、腰を落として体を安定させる。少し肘を曲げるようにして両手を突き出し、迎撃の体勢を整える。


 バシィッ! と小気味よい音が響く。飛び込んできた頭突きを、両手でがっしり捕まえることに成功した。一拍置いて、客から感嘆の声と拍手が起こる。


「いつ見ても見事なもんだね、アステルさん」


「ミオちゃんは今日も元気だねぇ」

 

 口々にそう言っては、席を立っていく。空になった皿の横には、料金である銅貨一枚が置かれていた。


「ごちそうさん。これで一日頑張れるってもんだ」


「夜もまた来るからよ。良い魚が釣れたら、持ってくるぜ」


 片手をあげて、客の男たちは出口へと向かう。戸に吊り下げていた、鈴なり状のブリキの鐘が揺れ、カロンカロンと鳴いた。


「まいど、どーも」

 大きめの声を背中にかけて見送り、捕まえていた頭を自由にしてやる。


「かーちゃん、ほめられてすごいな!?」


「アンタも褒められてたよ。元気でえらいってさ」


 腰ほどの高さにある頭を撫でる。つやつやの黒髪は、寝癖でところどころ跳ね上がっていた。


 愛らしく、にへーと笑う少女の名はミオ。訳あって一緒に暮らす、幼き同居人だ。懐いてくれてはいるが、彼女との間に血の繋がりはない。母親は私ではなかった。


「さて、朝はもう店じまいだ。朝飯にしよう。何食べたい?」


「きいろの。いっぱいはいったやつ」


「またかい? アンタも好きだね。オムレツ。じゃあ、外の看板しまっておくれ。小さい方でいいからね」


「うん!」


 いそげ、いそげ、と勢いよく走っていく姿に思わず頬が緩む。

 

 後ろ姿を見送って、床下に備えた貯蔵庫に身をかがめる。具材になりそうなものを手に取り、探していく。


 芋と人参、ご近所さんにわけてもらったカブもあるな。葉まで使ってやろう。あとは……昨日釣り上げたサバか。身をほぐして甘辛く炒ったやつ。それも入れよう。


 ごろごろとした食感に、満腹になる満足感。それを出すために、野菜は程よい大きさに切っておく。何よりもその方が美味い。

 

 オイルを垂らしたフライパンを熱し、野菜を炒めていく。


「もってきたー」

 

 ミオが看板を引きずって戻る。

 

 古くからの知り合いが廃材で手作りした、なんとも味のある見た目。看板には『一本足亭 開店中』と書かれている。大きさはミオとそう変わらない。まだ少し重かったか。


「ありがとうさん。できるまで待っておいでね」


 採ったばかりの鶏卵たまごを三個、ボウルに割り入れ、溶かしていく。今朝の産卵数は一羽一個。まったくウチのトリどもときたら、優秀な成果だ。


「まだかなー。まだかなー」


 いつのまにかカウンターの客席に座り、足をパタパタと遊ばせている。


 火が通った野菜、サバの身をボウルに加える。癖の少ない毛玉ヤギのミルクもほんの少しだけ入れ、くるりとひと混ぜしてからフライパンへ。


 熱したオイルでジュワア、と音を立てる。うん良い音だ。いい具合に腹が減ってきた。


 焦がさないように弱い火加減を心がける。固まったきたところで火からおろし、形を整えて大皿へ盛る。


「さあ、できたよ」


 食卓に運ぶと、ミオは目を輝かせて喜んでくれる。ついでにヴァイゼン麦の粥も食べてしまおう。今朝の営業用に作ったものが、少し残ってしまっていた。


「いただきます」

 

 二人そろって手を合わせる。食事の前と後には、感謝の言葉を。この店の決まりでもあるし、ミオと交わした大事な約束のうちのひとつだった。


 スプーンを上から握るように持ち、大きな口で頬ばると「あちっ」と舌を出す。


「落ち着いて食べなね」


「うん」


 何度か息を吹きかけて冷まし、改めて一口。


「かーちゃんのりょうり、やっぱうまいなー!」


「ありがとうよ。たくさんお食べ」


 思わず笑みがこぼれる。右足の義足を外して、頬杖をついた。自分の料理を美味そうに食べていく、親友の子ども。


 みてるかい? この子は、今日も元気でいるよ。胸の内でそうつぶやく。


 記憶の中の親友は、ゆるい笑顔で喜び、人差し指と中指をふたつに開く動作をしていた。『いえーい』という間の抜けた声が聞こえてくる。


 そんな気がした。

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