背信の魔導城

その手紙には、父の筆跡でこう綴られていた。




《魔障の根源について重大な情報を得た。


精霊冠の件での償いとして、真実を伝えたい。


場所は、南区・第三魔導塔。古い研究棟にて。


どうか、ひとりで来てほしい。リディアへ。》




――あまりにも、稚拙な罠。




だが。




(もし、ほんの少しでも“父”の意志があるのなら)




わたくしは、その“浅はかさ”に、最後の一縷の希望を賭けてしまったのかもしれない。







第三魔導塔は、王都の外れ。すでに閉鎖され、魔障対策本部の管轄下に置かれていたはずの場所。


扉を開けた瞬間、懐かしい薬品の匂いと、石壁に染みついた“魔導の残滓”が鼻をついた。




(……覚えてる。この階段。この音。あの白い部屋……)




ここは、かつての“研究所”。


魔導学会が後援し、貴族子女の中でも“選ばれた才能”だけが集められた場所。


わたくしが七歳のとき――初めて“魔導師”と呼ばれた、始まりの地。




「おや……もう来たのか。やはり律儀だな、君は」




その声が、闇の中から響いたとき。


心臓が、ひとつ脈を跳ねた。




「……まさか。あなたが」




照明が灯る。石床の中心に立つその男は、かつてわたくしの“師”と呼ばれていた人物だった。




「ヴァルト・ヘイゼル。……禁呪研究主任、兼、私の指導担当だった方」




「覚えていて光栄だよ。リディア・アルヴェイン嬢。いや、“精霊の魔女”と呼ぶべきか」




口元には微笑み。しかしその目は、あの頃と変わらぬ“他人を記号で見る”冷たさだった。




「どうして、あなたがここに?」




「簡単なことさ。あのとき、“切り捨てたはずの素材”が、まさか国家級の兵器に育つとはね。君の力を見たとき、私は思った。やはり、“観察すべきだった”と」




「……わたくしを、兵器と呼ぶのはおやめなさい」




「では、“魔導因子の異常活性体”とでも?」




――この人は、変わっていない。




わたくしの中の何かが、凍ったように静まり返った。




「あなたは、七年前もそうでした。わたくしの精神限界を超えるまで実験を続け、“不適合”と断じて、見捨てた。


“君の涙に意味はない”と、あのとき言った。覚えていらっしゃる?」




「記録にはある。だが、今は意味があると考えている。“涙”は反応媒体になる可能性が高い。感情誘導による禁呪制御の鍵かもしれない。君の精霊との共鳴を見れば、それは明らかだ」




「……っ!」




怒りではない。悲しみでもない。


――これは、“拒絶”だった。




「あなたにだけは、わたくしの研究成果を語る資格などありませんわ」




「それでも、君は来ただろう? 家族の名を借りれば、君は動くと踏んだ。正解だったよ」




「……貴方の思い通りになるとお思いで?」




「君の力は、制御できない。“精霊契約”という奇跡の裏には、まだ理論的な説明がつかない“逸脱”がある。


だからこそ、私たちは知りたいんだ。君の中にあるものを」




その瞬間、わたくしの足元に結界が展開された。




「……これ、“魔導抑制封陣”」




「さすがだな。だが、理解しても解けはしない。君の魔導因子は、これで沈黙する。


君の精霊も――遠ざけてある。小細工を少し使わせてもらった」




「フィーネを……!」




怒りが脊髄を駆け抜けた。




「……っ、ふざけないで」




わたくしは、息を整える。


呼吸。心臓。鼓動――“魔法”だけが力じゃない。




「あなたがどう測定しようと、わたくしの心は……もう“あのとき”には戻りません」




「ほう?」




「“ただ認められたくて、努力した子供”ではない。“愛されたくて、必死だった少女”でもない。


いまのわたくしは、“自分の意志で、力を選ぶ者”です」




わたくしは、ゆっくりと微笑んだ。




「わたくしは、“あのとき”とは違いますの」







数刻後。




「……遅いな、リディア。まさか、本当に一人で?」




神殿裏で気配を読み取ったセリアが、眉をひそめる。


ルーファスは沈黙したまま、馬を駆る。




彼女の“光”が届かぬ場所で、誰かが彼女の“心”を閉じ込めようとしている。


――だが、その闇は、もう彼女を縛れない。




第三魔導塔。




そこに立つ少女の瞳は、燃えるように紅く――誇りに満ちていた。

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