第15話 塩沼の河童との別れ。次なる楽都へ。

 塩沼の河童たちに別れを告げ、村を後にした凪と清張と福郎。

 お詫びと旅の餞別としてきゅうりや山の美味しい水を貰い、早速きゅうりをカリカリさせながら2人と1羽は旅していた。

 そうして、次の目的地に向かうために麓の町でバスを待っているのだった。

 「さて…次はどこって言ってたっけ…?」

 天満さんに事前に貰ったアナログな地図とスマホを照らし合わせながら次の目的地を確認する凪。

 「次の目的地は楽都(がくと)でございます。」福郎が話す。

 「がくと?なんか…すごいワインとか詳しそう…」凪が誰かを連想しながら話す。

 「…何を想像しているかは知りませんがそれではないかと」福郎は咳払いをしつつ突っ込む。

 「…楽都は幸島県最大の都市と言っても過言ではありません。商業、工業、あらゆる企業が集まっていて、さらに郊外では農業も盛んで幸島の産業の要と言ってもいいでしょう。」福郎は説明する。

 「ほぁ〜」凪は気の抜けた相槌をする。

 「で、名前の由来なのですが、元々は違ったのですが、現在では『音楽の都』と言われる所から取っているそうです。」

 「おんがく…みやこ…なんかわかんないが元々はなんだ?」清張は難しそうな顔をする。どうやら漢字は苦手なようだ。

 「元々は…正直治安の悪い地域だったそうで…」福郎は少し俯く。

 「治安の悪い?」凪は福郎に聞く。

 「ええ。昔の話だそうですが、いわゆる反社会的な組織、いわゆるギャングが大勢いたそうです。酒、タバコなんてものは当たり前。薬物や銃といった違法なものも多く出回っていたそうで…それでかつては『快楽の都』で楽都というあだ名で呼ばれていました。実際の市名は違ったらしいですが。」

 「なるほど…で、そっちの名前が広まったって訳だ。で、なんで今は音楽?」清張は聞く。

 「それはですね…」福郎はその話をしたかったとばかりに何故か得意げになる。

 「これはすごいドラマなのですが、やはり、治安の悪い状態は普通の市民からしたらたまったものではないのは当然のわけです。そこである日誰かが思い立って駅で歌を歌うようになったそうなんですよ。」福郎は話す。

 「歌?」凪は聞く。

 「ええ、ミュージシャンを目指していたのかなんなのか分かりませんが、その歌声に人々が惹かれて、駅の広場でみんな歌い出した。」

 「そんなもんでいなくなったんかよ悪いやつら」清張はぶっきらぼうに聞く。

 「ええ。最初は馬鹿にされたり、うるさいと追い出されたりもしたそうですが、朝から晩まで綺麗な歌声をみんなで変わるがわる歌っていたそうです。」福郎は説明する。

 「すげえなぁ」凪は想像しながら感心する。

 「で、それを目当てに観光客なんかも来たりして、居づらくなったギャング達は散り散りにほかの都市に行くようになった訳です。」

 「おおすげえ!」清張は少しはしゃぐ感じで感嘆する。

 「今では流石に合唱団はいませんが、駅では夕方になると、当時歌われていた『遠き山に日は落ちて』が流れるらしいですよ」福郎は2人の反応で更に得意げになって話す。

 「なるほどねー音楽の都かぁー。歌は好きだけど歌うのは苦手だなー」凪は話す。

 「なんだよお前、恥ずかしがり屋か!」清張は凪のその話を聞いてニヤつきながら弄る。

 「そういうお前はどうなんだよ!」凪はムッとなり言い返す。

 「俺?俺はだな…歌は子守唄ぐらいだな〜」清張は誤魔化す。

 「おめえも歌苦手なんだろ!ぼっちだったしなー俺と一緒だー!」凪はその様子を見て笑い飛ばす。

 「あ!てめぇ!それ言うのはナシだろ!」清張は凪をとっ捕まえてもみくちゃになる。

 「あーはいはい、2人とも、もう…全く…」呆れた表情で取っ組み合いを見る福郎。

 「あー…ほら、バスがやっと見えてきましたよ」福郎は遠くに見えてきたバスを眺めて話す。蜃気楼でぼやけて見えているバスはゆらぎながらこちらに近づいている。

 「おーやっときたかー」清張は馬乗りになりつつバスの方を眺める。

 「…ったく…どんだけ待たせるんだよ…全然遅いじゃんかよ!」凪は上に乗っている清張を除け、土埃を払いながら文句を垂れ流す。

 「しょうがないですね。1時間に1本、来るか来ないかなので。」福郎はなだめる。

 「田舎すぎるだろぉー!」凪は田舎特有のインフラの少なさにがぁーっと声を荒らげる。

 「(はじめてのバス...!あれが車か…!)」そんな凪を横目に人生で初めて乗るバスにテンションを上げている清張。清張はバスは愚か、自動車すら乗ったことがなかった。

 「さて、乗りますよ。目指すは楽都です。」

 福郎がそう話すと、2人と1匹は夏のガラガラのバスに飛び乗った。

 新たな出会いが、また訪れる。


 「幸島どんだけ広いんだよ長いー!」凪は腰を抑えながら、バスを降りる。日が落ち始めるくらいの時間。楽都の駅前に着いた一行。

 凪は東北の県特有の面積の大きさに文句を垂れていた。幸島は1つ1つの市町村の移動距離が長い。縦浜の都会っ子である凪にとっては外国みたいな移動の窮屈さだった。

 「わぁー…」一方清張は初めて降り立った楽都のビル群を見上げ、圧倒されていた。地方都市の中心地ということだけあって、ビル群が立ち並び、行き交う人も沢山いる。日本最大の都市である東都に比べたらそれ程でもないのかもしれないが、清張にとっては完全に大都会に降り立ったも同然だった。

 「(これが都会か…)」清張は都会の空気を噛み締めている。

 「新幹線通ってるのに駅そんなにデカくないなー」そんな清張を横に幻滅するような事を言う都会っ子凪。

 「(これで小さいのか!?)」清張は目を見開いてギョッと凪の方を見る。声には出ていないが、明らかに驚いている。

 「な…なんだよ?そんな目かっぴろげて」凪はそんな清張の顔を見て話す。

 「い…いや…なんでもないさー!」明らかに驚いているが、田舎モノだと思われたくない強がりが思わず出て、誤魔化す清張。

 「ふーん、まあいいや」そんな気持ちを露知らず流す凪。凪のような都会っ子にとっては田舎人のこの見栄っ張りの感覚は全くわからなかったし、察することも出来なかった。

 「2人とも、今回は観光ではないですよ。」福郎は2人の対極なリアクションを見て、一応伝える。感想はそれぞれだが、観光ではなく、妖怪探しだ。

 「わかってるよ。えっと…」凪は少しだけシワがつき始めた地図を広げる。

 「ここで会うのは…豆腐小僧…」凪は思い出した直後、少しがっかりする。

 「こいつはまあ、…その…凄かったけど、豆腐小僧かぁ…なんかそんなに凄そうじゃないなー」凪は清張を見ながらテンションを下げつつ話す。

 「おぉ?おぉ…だろ?」清張は先程は見栄を張ったが、突然褒められた事に驚きつつも今度は嬉しそうに自信ありげになる。

 「そんな事はありませんよ。豆腐小僧もれっきとした妖怪です。妖力はきちんと持っているかと」福郎は否定する。

 「だといいけど…そういや豆腐小僧ってどんな妖怪なんだ?」凪は福郎に聞く。

 「豆腐小僧は文献ではよく豆腐を持った姿が描かれている妖怪です。しかし、あまり詳細なことが描かれておらず、自然発生的に現れて、時代と共に消えていくタイプの妖怪かもしれないです」福郎は説明する。

 「ふーんあんまりわからないんだな」清張はふわっとした説明を聞き、あまり関心がなさそうに答える。

 「お前妖怪だったらなんか知ってるんじゃないのか?」凪は清張に聞く。

 「知るかよ。妖怪って言ったって住んでるところも種類も全然違うんだから、初めて聞いたくらいだぜ。」清張はぶっきらぼうに答える。

 「そりゃそっかぁ」凪もある程度予想はしていた返答に対して気のない返事をする。

 「まあ豆腐を持っている男の子を探せば良さそうですね。」福郎は2人に向かって話す。そして続けて

 「とりあえずあちらの方を散策してみますか」福郎は小さな翼でアーケード街の方を指す。駅の周辺の商店街は、アーケード街を外れると別の商店街やビル、百貨店などがある。

 「…結局観光みたいだな」凪はそう思いつつも次なる出会いに少しばかり期待を寄せ始めるのだった。


 「しかし、東北も暑いなぁ」商店街を歩きながら、2人と1羽はバテ気味になる。アーケードはまだ影になって涼しいが、少し外れると、昨日までの大自然とは違って、コンクリートの熱が襲いかかってくる。縦浜と変わらんと思いながら凪は歩く。

 「皿はないけど…体が乾くとどうにも動かん…」清張は乾燥に弱く、体の水分が少なくなっていて、倒れそうになっている。

 「お、階段の影で休むか」商店街にある地下に続く階段。先はシャッターが閉められていたが階段は影になっており、そこで水を飲みながら休むことにした。

 「なんか地下に続く階段多いけど、もしかしてギャングがいた名残とか?」凪は福郎に聞く。

 「うーん…正確なことはわかりませんが、アジトや違法な物を売買する店が多かったからその名残の可能性はありますね」福郎は後ろのシャッターを見て話す。

 「それに、先程のアーケード街を外れた所は夜のお店が多いですから」今度は凪の方を向いて話す福郎。

 「…そういうのもあるんだなー…でも今は平和になった。」凪は階段のシャッターを眺めつつ、当時の治安の悪さを想像しながら話す。

 「そうですね。街の人の努力で、今の平和がある。」福郎は先程の話を思い出すように話す。

 「俺たちも…できることがあれば頑張らなきゃな。」凪は右手の焜創を見ながら話す。

 「ああ…そうだな」清張も凪の言葉を聞いて頷く。

 「よし!まあ暑いけど早いとこ探すか!」凪はそう言いながら立ち上がると清張もそれに続く。福郎は凪の肩に乗り、「では行きますか」と振り向いて、かつての街の名残を後にするのだった。

 

 街を歩く一行。段々と日が落ちてくる。

 すると、駅の方からチャイムが聞こえてくる。


 テンテテンテンテンテテン…


 「遠き山に日は落ちて、ですね。」福郎は話す。夕方になって、夕刻を伝えるかの如くそのメロディが流れ始める。

 「平和の歌か…」清張は初めて聴くその歌に感嘆する。

 チャイムが流れる商店街を歩く。すると、その歌に合わせた誰かの歌声が聞こえてくる。

 「♪…かね…い…」

 凪たちは気になって、その歌声の方へ進む。

 「♪…ふ…いら…と…」

 段々と歌声がはっきりしてくる。どうやら替え歌にしてメロディに合わせて歌っているようだ。


 「♪とーふ、いらんかね、いーらんかねー」


 歌声がはっきり聞こえる。一行は、はっ、となり、走り出す。

 商店街の道の外れ。その小さな店が立ち並ぶ真ん中で小さな可愛らしい男の子が豆腐を持って歌っていた。

 「♪とーふ、いらんかねー、いーらんかねー」

 凪たちは顔を見合わせる。

 そして、その声の主を見て思わず叫ぶ。

 「いた!豆腐小僧!」

 豆腐を持ち、歌を歌う男の子。そのメロディに引き寄せられ、新たな妖怪との出会いを果たすのだった。

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