第14話 焜創の力。拳を振りかざす凪。

 清張が蔵五郎と戦っている時を同じくして、凪は三山の河童を退けていた。

 「…あのでけぇのが大将か…!」

 気づけば倒れていないのは残り1体。大きな体格をした緑の河童がそこに立っていた。

 「情けない奴らだ。簡単にのびちまってよぉ」

 そう話す河童。

 「てめぇが親玉かよ。こっちこそてめぇをぶっ飛ばして、あいつらを解放してやる!」凪は拳を握り、巨大な河童に向かって叫ぶ。

 「あぁ?なんだ小僧?この三山の大将、河ノ竜(かわのりゅう)様に勝つつもりでいるのか?」

 河ノ竜と名乗ったその河童はやはり親玉だったようだ。

 「当たり前だろ。だからいるんだよ。ここに。」凪は話す。

 「なるほど、よっぽど生意気だ。分からせねえといけないなこれは。」

 河ノ竜はそう話すと、股を広げ相撲の四股の構えを取る。

 「なるほどな。河童は相撲が好きだって言ってたからな」凪はそう話すと拳を構える。

 「貴様…相撲を知らぬようだな?」構えながらにやついて話す河ノ竜。

 「拳を使うなってか?」凪はそう返す。

 「いいや、そうではない。」河ノ竜は続ける。

 「相撲は格闘術で最も優れている。つまりだ…」

 そう話すと河ノ竜は平手を前にしてつっぱりの体勢を取る。

 「拳で対抗するのは甘いと言うことだ!!」

 そう話した瞬間、張り手を前に出し、凪に襲いかかる河ノ竜。

 その図体からは考えられないほど素早く前に出る。

 「(速い!?)」

 凪は驚くが、すかさず横に飛び避ける。

 「おらおらどうしたぁ!!はっけよいじゃ!!」

 そう声を上げながら、張り手を突き出し、攻撃する河ノ竜。

 「くっ!」凪は避ける。

 しかし、避けることで精一杯の凪。

 張り手の攻撃は続き、凪は防戦一方になる。素早い張り手は避ける凪を掠め、ついには凪の体を捕え、吹き飛ばす。

 「がぁっ!」

 凪は背中で受け身を取るが、勢いのまま。吹き飛ばされる。

 「こんなもんか。まあ所詮人間だからな。」河ノ竜は腕を回しながら自信ありげに話す。

 「(このままじゃ埒が明かないな…)」

 凪は考えた。張り手には隙がない。先程までのヤツらはとりあえず殴れば上手くいった。跳んで殴って、跳んで殴って…

 「(俺の身体能力は上がってる…)」

 自分は明らかに清張と誓約を交わした後、天満さんの言うフィジカル…いわゆる身体能力が上がって、あれだけの河童をぶっ飛ばしている。今なら行けるんじゃないか?

 「相撲…あいつに負けまくったけど、今なら…」

 あいつは相撲が得意だ。それに手も大きく、張り手だけであれだけの猛威を振るっている。そして凪を飛ばした今、あいつは自信に満ち溢れている。そこを利用するのだ。

 「おいデカブツ!」凪はそう叫ぶと四股の構えを取る。

 「おいおい、どういうつもりだ?まさか俺と相撲で挑もうって訳じゃないよなぁ?」その様子を見て河ノ竜は笑いながら自身の横っ腹を叩く。

 「そのまさかだぜ。」

 凪はそういうと、構えを取ったまま、腰を落とす。いつでも来いと言わんばかりだ。

 「なめられたもんだぜ。このおれに相撲でケンカ売ってくるとは」

 河ノ竜も四股の構えを取る。しかし、すぐに体勢を元に戻してこう話す。

 「貴様、土俵も作らず

してやるつもりか?」 

 その言葉を聞いて、凪は笑い始める。

 「なんだ?何がおかしい?」河ノ竜は凪の様子を見て怪訝な顔を見せる。少しイラついてもいる。

 「ははは!いやいや、土俵なんか必要ねえよ。倒れるまでやりゃいいんだからよ!」凪は笑いながら話す。 

 その言葉を聞いて河ノ竜は怒る。自分もなめられているうえに相撲もばかにしているのかと思ったのだ。

 「貴様…!」怒り心頭になった状態で凪に歯を軋ませて顔をゆがませる。しかし冷静になって、凪のもとに近づく。

 「舐めた事をぬかす貴様を完膚なきまでに叩きのめすことに決めた。」

 そう話すと、河ノ竜は腰を落とす。

 凪の前に近付く河ノ竜。

 「これは相撲とは言わせない。一方的な惨殺だが…」河ノ竜は続ける。

 「だが、相撲の形を取った以上はこちらも組み合って、貴様を再起不能にしてやる。」

 そう言って、河ノ竜と凪は立ち会いの構えを取る。

 「おらぁ!!」

 はっけよいの合図も無しに飛びかかる河ノ竜。自分の力を誇示した上での不意打ち。確実に目の前の人間を身体的にも精神的にも叩きのめすために行った卑劣な行為だった。

 しかし、凪は想定していた。

 飛び込んでくる河ノ竜相手に下がり、腰をぐっと落とすと、手を大きく広げているその一瞬を狙って、握り拳を作り、顔面に叩き込んだ。

 ボゴッ!!

 鈍い音を出して顔面に凪の拳が炸裂する。

 「がはぁ!」

 河ノ竜は声を上げながら吹っ飛ぶ。

 そのまま転がり、何mも吹き飛ぶが、両腕の力で飛び上がり、空中で回転した後、体勢を整える。

 「てめぇ!!相撲で拳を使いやがって!!!」

 激昂しながら凪に向かって怒鳴る河ノ竜。

 「卑怯とは言わせねぇぞ」凪はそんな河ノ竜に対してぴしゃりと返す。

 「お前は不意打ちしようとしたし、何より…」

 凪はそう話しながら、握り拳を固める。

 「何の罪もない奴らを一方的に傷つけた…!!」

 そう怒りながら話すと、凪の握り拳にある焜創が輝き始める。そして、発現した時のような光のオーラが凪の全身を包み始める。

 当たりの風が強くなる。凪は拳をぐっと後ろに構えて、真っ直ぐ、右ストレートを打つ構えを取る。

 「ま、待て!!俺たちはあの方の…!!」

 そう言い切る前に凪は凄まじい勢いで河ノ竜の懐に飛び込む。拳は再度、顔を捉える。

 「ごばぁっ!!!!」

 先程より数段強く打ち込まれた拳は意図も簡単に河ノ竜を吹き飛ばし、遠くにある大岩まで吹き飛ばす。

 そして大岩がその勢いで砕けると、再起不能になっていた三山の大将河童がそこにはいた。

 凪は相手が遠くでのびている河ノ竜を届けた後、自身の焜創が輝く拳を眺める。

 「…すげえ…。」

 1人の人間と1人の河童が村を救った瞬間だった。


 「すまねえ…2人とも…!ありがとう…!!!」

 塩沼の河童達は倒れている三山の河童ども大将共々追い出した後、2人に感謝する。

 しかし、凪は納得がいかない様子だった。

 それもそのはずだった。自分たちの意思で村の河童達を助けたとはいえ、今までも、そして先程まで清張を嘲笑っていたからだ。

 凪は村のヤツらが清張に対して謝罪をして欲しいと思っていた。

 都合が良いと言えばそうである。嬉しそうに感謝をしているが、こいつらは…

 そう思っていた矢先だった。1人の河童が声を上げた。

 「清張…今まで本当にすまなかった!!」

 そう言いながら深々と頭を下げる河童。それは丸だった。

 丸に続いて、皆清張に頭を下げた。その様子を黙って清張は見ていた。

 凪や長老達も黙って見ている。

 少しの間沈黙が続く。

 しばらくして清張は頭を下げている河童達に向かって話し始めた。

 「俺はお前たちを許さない」

 河童達は頭を下げつつ顔が引き締まる。無理もないと言った感じだ。何年もの間清張を虐げてきたのだから。

 「だけど…お前たちを助けたいと思った。」

 清張がそういうと、頭を上げ始める河童達。それは何故?と言わんばかりだった。

 「俺は親父に憧れた。お前たちに邪険にされている時もずっと、修行してきた。その結果の今だ。」清張は続ける。

 「親父なら…絶対お前たちを見放さないし、何より今までの修行が報われると思ったからだ。だから助けた。」

 凪はそう話す清張を見て、笑顔が少しばかりこぼれる。

 「それによ、俺はこいつと一緒に行くことに決めた。」

 そう言いながら凪の方を見る清張。

 「お!?」凪は突然目線があったので戸惑う。

 「お?じゃねぇよ。これ!」そう言いながら清張は右手の凪と同じく出来た紋様、そう焜創を見せる。

 「こんなのつけやがって!誓約かなんか知らんがお前も俺の力貰ったんだろ?それにここで腐ってるのもあれだしな。だから…その…」

 清張は照れくさそうにする。

 「よろしくな…!」

 その言葉を聞いてよし!とガッツポーズを取る凪。

 「こちらこそよろしくな!相棒!」凪はふと思いたって、思わず清張をそう呼ぶ。

 「あ…相棒って、てめえふざけんな!」

 清張は照れくさそうにしながら凪に掴みかかる。

 その様子を見て、長老が口を開く。

 「清張よ!!」

 長老の大きな声に2人は振り向く。

 「行ってこい!お前はわしたちの誇りだ!」

 そう話すと、他の河童達も黙って頷く。ありがとうと声を出すやつもいる。

 清張はその言葉に涙がこぼれそうになる。しかしグッとこらえて、河童達を見回した後長老の顔を見る。

 「ああ!」

 そう力強く返事をする清張。

 「よしよし…これで一件落着ですな」

 福郎はその様子を木の上で見守って嬉しそうに頷くのだった。

 「しかし…」福郎は先程の戦いを見ていた中で気になったことを思い出す。

 「奴らが言っていたあの方とは一体…」

 不穏な要素が残る中だったが、塩沼の事件は解決し、清張と誓約を交わして力を得ることが出来た凪だった。

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