1.圧倒的生命の危機


私はもう一度水面を見る。

ルビーのような赤髪に、黒い目。服はボロついてて、まるで浮浪者のよう。

間違いない。

私は


「イヴリンだ私...いやうっそでしょそんなことある...?」


私は肌を触りながら、目を見開いた。そして困惑の声を上げる。

何度瞬きをしても姿は変わらない。私が小説で見た、イヴリンそのもの。


ボロボロの服にやせこけた体。希望とはかけはなれた飢えと喉の渇き。


「...私の夢は、叶わないの?」


その言葉が脳裏を過る。

私の夢「最高の人生」にはまるでかけ離れている。

"私が幸せになるまで"という本とも、どことも似つかない。

幸せの概念は人によって違うが、確信できる。

私は今、不幸だ。

だって、今日の食料や、寝床さえわからないのだから。


「...落ち着け、頑張れ私。覚悟を持て」


そう自分に言い聞かせる。

「何故私はイヴリンなのか」「ここは一体どこなのか」

そんな事は、考えたいがそんな余裕はない。

生命の危機だ。

喉の渇きは砂漠に彷徨っている時のように、飢えはまるで修行僧のようなものだ。

極限状態が過ぎる。元々の"イヴリン"は、一体何があったんだ?


「なんでもいい...残飯でもいいから、何か食べれるもの」


私は足を一歩踏み出し、明るい方とは逆の路地の奥へ進む。

頭が痛い。まるで何かがつっかえているような。

だが、心臓から何か力を感じる。

形容できない「何か」


「...ゴミ箱だ」


一つのゴミ箱を見つけた。

その中には食べかけのパンや、林檎の皮は少しだけあった。それには蠅がたかっていて、死んでも食べない


と、前の私なら考えていただろう。

生きるために藻掻くことこそ「勇気」だ


私の好きな漫画の登場人物がそう言っていた。

今、その言葉がよくわかる。

どれだけ気持ち悪くても、食べないと消えてしまいそうなら

覚悟を決めるしかない。


「...意外と悪くないかもしれない」


拝啓 お母さん

私は今、人間としての大事な部分を失いました。


ゴミ箱の一番上にあった食べかけのパンを、一つ手に取り口に運ぶ。

若干排水溝みたいな匂いがするし、人間が食べちゃダメでしょみたいな食感がするが、なんかもう存外悪くない。

人としての境界線を五歩ぐらい外に出た気がする。


「美味しかった...もうちょっとなんかないかな」


流石に物足りない。そう思った私は、もう一度ゴミ箱を漁る。

なんかもう迷いがなくなってきた。

これが"吹っ切れた"という感覚なんだろうか。


「...もしかして、もう何もない?」


漁っても漁っても出てくるのは、魚の骨や謎の草ばかり。

というより、なんだこのバケモンみたいなゴミ箱は。食い物はあるしよくわかんないものはあるし、謎の本はあるし、ゴミを分別するって考えは浸透してないんだろうか。

私は腕をどんどん奥へ、奥へと入れてゆく。

触感のジェットコースターだ。なんだか全ての感覚がごちゃ混ぜになっている。


その中だった。


特段硬い感覚が私の指を襲った。

例えるなら石のような、中身が空洞でないと確信できる感覚。


「...もしかしたらなんかすごいものかもしれん」


宝石のような物の可能性だってある。

ぶよぶよはしてないし、きっと多分メイビー怪しいものじゃない。


「石じゃん!!」


私は叫ぶ。

それは黒くて、中身は何もないような


石だった


こんな汚物の頂点みたいなゴミ箱の底を漁って出てきたのが、ただの石?

私はツイてなさすぎる。読みたいと思ってた小説も、行きたいと思ってた旅行先だって、全て死という絶対的なものでなくなるし。パリだってブダペストだって行きたかったのに、この世界にはない。

挙句、転生しても特別な能力がない浮浪者。

そして、収穫はただの黒い石だけ?


「ふざけ」


私は石を思いっきり掴み、視線を地面に向ける。


「るなァァッ────!」


私は叫ぶ。やるせない気持ちから、石を思いっきり地面に叩きつける。

割れて、ただの断面が浮かび上がる。


筈だった


「なに...これ...?」


結果的に言うと、石は割れなかった。

そして、"地面に叩きつけ"られもしなかった。

ただ、そこにあった事実は。


「...ダメダメダメダメまってなにそれ意味わかんない」


それは、私の掌にいながら

ゆっくりと

私の皮膚に溶けていった

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