2.それは溶けるように


溶けていく。

私の手に、ゆっくりと。

次第に液体が皮膚に浸透していくようになっていった。


「まって、どういうこと?!これってただの石じゃあ!」


私が発見したのはただ石。

のはずだったのに


「いっみわかんない日本じゃこんなの見なかったし...!」


まるで寄生虫が体の中へ入るような、そんな感覚だった。

血は出ない。痛みもなければ、皮膚が赤くなる感覚もない。

そこにあるのは"皮膚に溶ける石"それだけ。


「早く離れてよォォォッ────!」


私は叫ぶ。

当然それに意識はない。まるで呼応しなく、段々と溶けてゆく。

さっきから体にあった力。

それが今、共鳴するように鼓動している感覚がする

分からない。

なんで、私が


「...異世界に来て、最初に出会うのが"謎の石が体に溶けるなの"?」


"私が幸せになるまで"

そんな題名がちらつく。

何が幸せになるまでだ。明るい話かと思っていたのに、まるで違う。

最初の障壁

それは溶ける石という"偶然の理不尽"から耐えること、ということなのだろうか。

あまりにも可笑しい。


「ア、あ、まって」


石は溶け続けている。

液体は体に侵入し、いつしか殆ど見える液体は少なくなった。

ヤバイ。

それが、心の底から感じる。


それはいつしか


「...なく...なった...?!いや違う、きっとこれは"溶け切った"んだ」


不思議と不快感はない。

むしろ、心の底から何かが湧きたつ気がする。ミケランジェロのアダムの創造のように、何かが誕生するような。

この力は、段々と体へと浸透していったのか、身体全体が温かくなり始めた。


「これは...!」


私はそう呟く。

段々と、噴火のように口元へそれは回った。

何かが来ている。

食べ物が喉を通る時の感覚のようなものが、胸から脳へと伝わってきた。


「...あれ?」


確かに心臓が爆発的なまで高鳴って、次第に限界になった。

だが、何もなかった。

厳密にいえば、身体が温かいまま、それ以外は普通のよう。


「...な、ななななんだ、ふ、普通の、石なんじゃん?」


私は震える声でそう口を開く。

私は焦り、まるで世界が止まったかのように石にしか着目できなかった。


「や、やっぱり私は?どんなことも?上手くいってきたから、て、てきな?」


何も起きてない。

身体が温かい。風邪を引いたかと思う程だが、何故だか心地が良い。

最高だ。

一時はどうなったかとおもったが、存外何もない。

これじゃ、きっと私の夢だって


「おいそこの小娘」


そんなときだった

声がした。


「...なんで、す、か」


私は隣に視線を向けながら、言葉を詰まらせる。

そこには男がいた。

いや、訂正しよう。

そこには


「俺のコト、今、罵倒したよナァ?『早く離れて』つってそのアトによぉ」


完全に目がラリッてる、ナイフを持った男が居た。

怖い。

生物学的な、本能的な恐怖を感じる。

まるで薬物でもやっているかのような、言っていることも意味不明。

きっと、私の思い描く「最高の人生」には相反している。


「まってくださいそんなこと」


「うるセぇ!知ってるゼェお前俺のコト『壁に張り付くヤモリ以下の存在』って言ってたよナァ?!」


そんなこと言っていない。

きっと彼は、妄想を見ている。

もし本当にこれが"薬物中毒者"だとすれば、幻聴なら可能性がある。


「言ってる訳」


「アルだろォ!」


「言葉が通じねぇナラしょうがなえぇ、ぶっ殺してやる!」


は?

意味がわからなかった。彼の言っている言葉が、にわかには信じがたかった

殺す?

そんな軽々しく?


「恨まねぇコトだなァ?!」


彼は、私に対し突進してくる。

ナイフを、私に刺すような動作をしながら。


「か、考えればきっと」


そう言っても彼は止まらない。

ただの手はナイフに勝てない。

駄目だ。このままじゃ


「死ぬ...ッ」


転生したのに、すぐ死ぬ。


「ガ...ハッ」


腹の皮が裂けた感覚がした。


「中々反応がいいじゃねェか。もっとやりたくなルぜ」


その声のあと、足に鈍い感覚がした。

まずい

これは確実に、足が蹴られて、腹が斬られた。

素手に凶器は勝てない。通常ならば。

ヤバイ。本当に死ぬ


「まってください話せば!」


「うるセぇ!次こそ本当のラストって奴ダぜぇ、覚悟しろォォッ!」


そういって、彼はナイフを思いっきりこっちに刺そうとしていた。

終わった。

私の転生人生、一時間も持たずに終了を告げた。

どっこが私の夢にそぐっているんだ。

救いがあればいいのに

今回だけだぞ

え?

その時、身体の何かが爆発したような感覚がした。


「アぁ...?!」


何かが流れる音がした。


「ヒ...ま、まてクソガキ!俺に、何をッ!」


私に、天使のお告げは来なかった。

逆に、目の前にいる奴が焦りの声を上げていた。

私は閉じていた瞼をゆっくりと開く。


ナイフを彼はもっていなかった。

そして、本来私の周りにあるはずの血は、そこには存在していなかった。


その代わりに


「どうにかしろクソガキィ!」


赤い、血液のようなもので


首を絞められている男一人だけが居た。







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