第21話 父と娘

 異世界に飛ばされて、本当に5センチほどの高さから着地した村尾カンナと、エルマと井口呪われ男


 3人の正面には、うたた寝していたのだろう短槍を抱えた兵士が椅子に座っているが、突然現れた3人に気付いて椅子から転げ落ちた。


「ビンゴさん、お疲れ様です」


 とエルマが挨拶すると


「ロメイン様を呼んで参ります。そのままお待ちください」


 と慌てて工房の外へと走って行った。




「やっぱり国家権力に見つかったのはヤバいよな」

「しかもカンナちゃんは身バレしているし」

「どうする? どっかの原発に連れて行かれて、使用済み核燃料を収納させられたりとか」

「衛星軌道上のISSに実験施設を運ぶパシリをさせられたりとか」

「土砂崩れの度に道を開通させられたりだとか、都合のいいように使われるんだよ……」


 井口は、こちらに飛ぶ前に警察官に目撃された事をグジグジ気にしている。

 宇宙に行けるんなら羨ましいけれど……。


 そんな事より、とカンナは周りを見回す。


 あらかじめの作戦では、夜中の人のいない時間にこっそりと戻ってきて、何もなかったかのように元の生活に戻るって手筈だったはずである。


 しかし人が待っていた。


「やっぱり、考えが甘かったみたいね。これからアンタは捕まって尋問よ」


 とカンナは指にはめた【翻訳の指輪】を外して井口に渡そうとする。


「なぁ、そのままカンナちゃんが説明した方が早くない?」


 と井口がカンナの右手を握りながら尋ねてきた。もう手を握られるのに不快感を感じなくなっている。


「確かに。この人に説明させるのは、危なすぎるね」


 とエルマが皮肉を言うと、井口はテヘって舌を出した。


「でも私、ここに初めて来たんだけど?」

「大丈夫。質問にテキトーに答えたら、エルマちゃんがいい感じにまとめてくれるから」


 と手を離した井口は工房の隅の椅子に座り、【収納】からギターを取り出した。

 夜中にギターを弾くなんて、近所迷惑にならないのだろうか?




 暗めのやわらかい灯りが揺れる工房は、地方の古本屋の匂いがした。

 木製の棚に並べられた様々な色の瓶。アンティークな取っ手のついた引き出し。指輪のサイズを測る為の棒には、カンナが知らない文字が書かれている。


 井口のチューニングするギターの音が工房に響いた。




 表に馬が止まる蹄の音して、何人かが半地下の工房への階段を降りてくる。

 きちんとした服装の背が高い男性。

 疲れの見える顔、そしてエルマと同じ明るいブラウンの髪。


「エルマ!聞いたぞ、なんて事をしてくれたんだ」


 と、連れ去った井口ではなくエルマ本人にきつく言っている。

 たぶん、父親だな。エルマは椅子に座りぐっと歯を食いしばっている。



「……なんか歌おうか?」


 と部屋の隅の井口。

 そういえば、コイツが「それでも君を連れていくと🎵」と歌ったのだ。自分も異世界に連れてこられたのは、コイツが原因だとカンナは確信している。

 余計な歌を歌わせてはいけない。


「ちょっと静かにしてて。それでも歌いたいなら……何にも意味の無い歌詞の歌を歌ってて」


 カンナが小声で注意すると、井口は何やらボソボソと呟き始めた。




「父上、こちらはカンナさん。こことは違う世界に生きている人です」


 と不機嫌そうなエルマが紹介したので、カンナは軽くお辞儀をする。

 父と娘の関係はあまり良くなさそうだ。


「その向こうが井口さん。違う世界とこちらを行き来できる代わりに、呪われた男です」


 言葉が通じないからだろう、井口は一同から視線を向けられると、じゃら〜んと開放弦を弾いた。

 周りの兵士たちがギュッと鋭い視線を向ける。


「翻訳の指輪は今、私が付けています」と慌てるカンナに


「あれ? 今、なんか失礼な事しちゃった?」

「 まぁいいか。せっかくだから、一曲弾くわ」


 と井口がアルペジオを奏で始めた。

 エルマとその父は、話の続きをしたかったけれど、深夜の工房に響くギターの音色に動きを止めてしまう。


 部屋の隅、アンティークの棚の前、揺れる柔らかな灯りの下で奏でるギターのイントロ。


 思わずスマホカメラを起動して井口に向ける現代人のカンナは、この曲について考えた。


 あぁ、確かに歌詞に意味は無いわ……。



 ギターのアルペジオを弾きたくなった時に必ず通る道。

『北の国から』のテーマ (正確には『北の国から〜遙かなる大地より〜』)。


 井口の歌声は、さだまさしよりもだいぶ太い。

 でもこれはこれで良いな。と笑いそうになるカンナの横で、エルマとその父と周りの兵士たちは、歌う井口に目を向けている。


 撮影中のスマホのカメラを観客に向けるが、コチラを気にもしていない。


 一番が終わり「ぱぁ〜ぱぁ〜」と井口が2番のトランペットパートまで口で再現し始めても、笑っているのはカンナひとりである。じっと耳を傾ける観客の中には涙ぐんでいる人もいた。



 井口の歌声は、深夜の工房を満たして、やがて溢れる。

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