第20話 職務質問

 小舟町派出所勤務の黒見裕樹、階級は巡査長である。

 歳は32歳。背の高さと筋肉質の体型は自慢出来るが、顔はイマイチなので今までの人生でモテた経験は無い。




 昨夜の20時過ぎに通報があった天狗通り商店街のボヤ騒ぎ。

 派出所勤務の黒見は消火活動に参加するわけもなく、現場の周辺で交通整理と、マスコミや野次馬の整理をした。


 警戒中に近寄ってきた所轄の先輩刑事が「放火赤いぬくさいから、野次馬を警戒、撮影もしておけ」などと耳打ちしてきたので、さらに仕事が増える。

 黒見は左肩に装着しているウェアブルカメラをそっと起動した。



 深夜1時を過ぎたところで、黒見は火災現場を離れた。

 といっても放火犯が周辺に留まっている可能性もあるために、派出所まで周囲を警戒しながら帰る。


 道中、小舟稲荷神社の深い森が静かに揺れていた。

 深夜も戸口を閉ざさない神社などは、何らかの犯人が身を隠すには持ってこいの場所だ。

 だが、この神社は賽銭どろが頻発したせいで、境内は夜中でも明るい。

 放火犯が身を隠しているケースは、ほとんど無いだろう。




『ポンポコペーイ、ポンポコペーイ』


 石段の上の境内からキャッシュレス決済のポンポコpayの決済音が繰り返し聞こえる。

 御守りの自販機はキャッシュレス対応らしいが、夜中に買う奴なんかいるのか?


 黒見が足を止めて考えていると、若い女2人と1人の男が石段を降りてきた。

 咄嗟に後ろに下がり、電柱の影に身を隠す。



「そんなに買い込んで大丈夫なの?」

「大丈夫だろ。粉にしても効果がなかったら、向こうの世界の貴族とか豪商に買い取ってもらうから。そうだよねぇ、エルマちゃん」

「ekavnmdmmnj!」

「適当に返しちゃダメよ、わかってないでしょ今の言葉」


 3人のうち1番若そうな女は外国人か?

 それに未成年かもしれん。今は1時過ぎだぞ。


 黒見は意を決して、ゆっくり歩く3人の背中に近づいた。


「君たち、ちょっといいかな」


 黒見の声に、男が明らかに動揺している。

 動揺した男の言葉が聞こえてきた。


「警察はマズい。カンナちゃん、相手はよろしく」


 と男は後列の外国人の少女の隣に下がる。


 黒見は、目の前で「警察はマズい」と正直に言う人間を初めて見た。




「……お巡りさん、お仕事お疲れ様です」


 男に注目していた黒見の視線を遮る様に、日本人っぽい女が話しかけてきた。


「すみません……彼、酔っ払うと思った事が全部口から出ちゃうタイプなんで、話は私がします」


 と言う女の後ろで「酒飲んでたのはお前ら2人じゃねーか」と男が言っている。


「うるさい、アンタは黙っとけ。……ってハイ身分証どうぞ」


 と後ろの男を牽制しつつ、黒見に免許証を渡してくる。

 村尾カンナ、東京都在住。


「里帰り中? 友達のウチで飲んでいて、遅くなって送ってもらったって感じかな」


 と黒見が言うと


「警察官って、何で上から口調なんだろうな」


 と後ろの男の声が聞こえる。村尾カンナは男にぐっと鋭い視線を向けるが、男はヘラヘラとこちらに手を振って返した。


「そんな感じです。家は狸橋なんで、そろそろ行っていいですか?」


 節目がちに黒見を見るカンナ。




 この女、どこかで会った事がある。

 じっくりとカンナを観察する黒見は、免許証を受け取ろうとするカンナの短い指の爪に目が向いた。この爪、もしかして……


「もしかして……ブロッコリーストライクのカンナさんですか?」


 と自然に声が大きくなった。

 ブロッコリーストライク、メジャーデビューした地元出身のガールズバンドである。


「曲聴いてます。すみません、突然っ。もし良かったら、握手してもらっていいですか?」


 黒見が制服のスラックスで、ゴシゴシと手のひらの汗を拭う。

 深夜のバイパスの歩道に、身につけている装備品がガシャガシャと響いた。



「応援ありがとうございます……」と握手する村尾カンナは恥ずかしそうに周りを見回した。


「ホント、カンナってこっちの世界では有名人なんだね」


 後列の外国人の少女が、日本語でカンナに話しかけている。




 ……えっ? 何でそんな流暢な日本語が喋れるんだ?


 黒見はカンナと握手をしたまま、外国人少女の方を向いて動きを止めた。


「……だから、警察はヤバいって言ったんだよ。おい、カンナちゃん。ソイツの手を離してこっち来い」


 男が手招きする。


「待った。今、何があった? なんでそっちの女の子は日本語話せたんだ?」


 黒見の問いかけを無視して、カンナが男の元に向かう。


「お巡りさんは悪くない。ウチのバンドのファンに悪人はいませんからね。悪いのはアンタの部屋で歌った『新宝島』のせいよ、ぜったい」


 と村尾カンナが男に近づいていく。

 黒見の方に振り返ったカンナは


「お巡りさん、私ら3人はここのお稲荷さんの森に住む妖精さんです。今夜の事は誰にも喋ってはなりませんよ」

「エルマちゃんはともかく、カンナちゃんに妖精は無理があるんじゃないか?」


 村尾カンナが男の尻に蹴りを入れたタイミングで……




 シュッと黒見の目の前から3人が消える。


「えっ?」っと声が漏れた黒見は、しばらくその場に立ち尽くした。


 深夜2時過ぎ、車通りがまばらなバイパスの歩道。


 ピピピというアラーム音がする。

 左肩のウェアブルカメラの録画終了音だ。




 さて、3人が突然目の前から消える様子は録画されているのだろうか。

 

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