第22話 夜空ノムコウ

 弾いた事がある曲は間違えずに弾ける能力は、本当に素晴らしい。俺の両手が勝手に伴奏してくれる上に、カラオケマシーンのように脳内に歌詞が浮かんでくる。


 しかも思った事が口から漏れる呪いも収まるし、なぜだか目の前の言葉の通じない異世界人たちが手を止めて聴き入ってくれている。



 観衆の中のひとり、村尾カンナはスマホのカメラで演奏動画を撮影していて、『北の国からのテーマ』の間奏のくちトランペットでもニヤけさせるまでしか出来なかった。


 軽音サークルにいた頃、大爆笑だったんだけどなぁ。



 演奏が終わると工房内は拍手に包まれた。


「拍手されるほどの演奏じゃあないが、照れるぜコノヤロー。せっかくだから調子に乗ってもう一曲行っちゃうか?」

「って、ピックが無いぞ? あれ?」


 と探していると、


「【収納】してるんじゃないの?」


 と村尾カンナの日本語が聞こえた。


「私、エルマちゃん親子と奥で商談してくるから、逃げ出したりしちゃダメだからね」


 父娘に連れられてカンナが奥に消えて、残った俺と5人の兵士たち。


「コイツらは街の門番をしたり、街の警備をしたり、それで今回みたいな不測の事態には夜中まで残業したり……大変なんだろうなぁ」


 表通りに面した高い位置にある窓から夜空が見えたので『夜空ノムコウ』を歌ってみる。


 歌詞の意味がわからないせいなのか、あるいはSMAPのキャラごとの歌い方で歌ったせいなのか、北国からほどの食いつきは無い。


 10年前の大学生時代に弾いていた曲を、頭の隅から掘り起こす。そのたびに、サークル仲間や当時から最近まで交際していた元彼女の安部ましろの事を思い出した。


 あの頃の俺らは……何であんなにずっと笑って過ごしてられたんだろうな。



 数曲歌い終わった頃にカンナと父娘が表に戻ってきて


「商談終了〜。まずは、シャンプーとかの試供品をこの辺の金持ちに配るみたい。それから、アンタの収納の【ジラフ粘土】を買い取りたいんだってさ」


「俺が粘土を手に入れた経緯は喋っちゃいないだろうな」


「隠し事できないアンタの代わりに、うま〜く伝えといたから」


 とカンナに言われると、俺は何も言えない。


 帰り支度をし始める兵士たちと、エルマの父のロメインさん。

 カンナの手を握って挨拶をすると、真面目で感じのいいおじさんである。


「どういった立場の人間なのかは、後ほどカンナちゃんから聞かねば」


 という俺の漏れ出た思いを聞いても、苦笑いで済ませてくれた。




「なぁ、カンナちゃんも何か歌わない?」


 と聞くと、何人かのアーティストの名を挙げてきた。


「ごめん、最近の曲は弾けないんだよ。AdoやあいみょんやYOASOBIよりも、もうちょっと前の曲でお願いします」


 取り出したアコースティックベースをカンナに渡すと、カンナは軽くチューニングをし始める。


 見切り発車。俺は思いついた曲のイントロを勝手に演奏し始めた。

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