第15話 編まれた舟を粉にしようとする

「何でそんなに上手いのよ」


 とカンナが胸の前で腕を組んでいる。


「あぁ、服の下で寄せられた胸の谷間に顔を埋めたい」


 という俺の心の声を聞くと、カンナがばっと腕組みをといてひと睨みしてくる。


「まぁその視線もご褒美なんですよ、カンナちゃん」

「あっそうそう歌ね歌。上手いのは喉の状態が【健康】なせいだと思うんだよね」

「ギターはわからん。たぶん、以前の成功体験をそのまま再現しているだけだと思うよ。弾いた事のない曲は弾けないし」


 俺の返答に、カンナはすかさず


「羨ましい。エルマちゃん、楽器が上手く弾けるアクセサリーってないの?」


 と質問する。

「eantgkdkaje」とエルマがよくわからん言葉を発して、カンナが「やり様はありそうね」とニヤリとした。





「なぁ、その翻訳の指輪を作るための文字ってさ。自分で書かないといけないの?」


 とちゃぶ台に戻った俺がエルマに聞くが


「そうだ、通じないんだ。カンナちゃん通訳お願い」


 面倒になったのか、右手を差し出してきた。

 遠慮なく指輪をはめた中指を握る。


「あったかいな」と俺が言うと

「はやくしろ変態」とカンナ。


「え〜っと、翻訳の指輪を作る為の文字は、自分で書かなきゃいけないの?」


「いや、自分で書かなくても大丈夫なはずよ。ウチの師匠は、他所の国の人に書かせて指輪を作ってたし」


「じゃあ、コレで作れる?」と俺は【無限収納】から『大渡海』を取り出した。

 御多分にもれず、百貨店の書籍コーナーで買った辞書だ。

 それをエルマに渡す。


「箱から出すのに手間取ってるの可愛いな」


 と俺が言うと


「ホントにそうね」とカンナも同意する。





 ぱらぱらとページをめくりながら


「これだけ小さい文字を、こんなに薄い紙に印刷するなんて、どんな技術なのよ」


 と俺の質問など無視して本の作りを眺めている。

 もう一度話しかけてみる。


「この辞書で、日本と…………えぇっと国名って何だっけ?」

「……マグリット王国。あの街の名前は国境の街クレーね」


 と言うと、エルマはぱたんと辞書を閉じた。


「【粉化】はできるけど、こんな立派な書物を粉にしていいの?」

「いいよ。辞書一冊でお互いの手助けになるんだ。愛着はあるがまた買えば済む話だ」


「何カッコつけた事言ってるのよ。粉化する辞書なんて何でもいいんだから、【とっておき倉庫】あたりで古本の辞書を買い漁って、指輪作りまくって商売にしちゃえばいいのよ」


「ついでに英語と中国語とスペイン語の辞書も買いましょう」とカンナがテンション高く拳を上げた。

 ちなみに【とっておき倉庫】とは、近所のリサイクルショップで、古本コーナーも充実している。


「その辞書とやらが沢山手に入るとしたら、翻訳の指輪】は作りやすくなるでしょう。でも……残念ながらもう一つの材料の【ジラフ粘土】も今、品不足なのよね」


 とエルマが言うと、カンナは残念そうに天井を見上げた。


「首筋がエロい」

「こんな時は代用でしょうよ。ラノベのよくある流れでは、ひょんなきっかけで代用品が見つかっちゃうんだよ」

「だからこっちの世界に【ジラフ粘土】を代用できる物がないかなぁ」

「って……あ? 俺【ジラフ粘土】持ってるわ……」


 漏れ続ける俺の心の声に、2人の厳しい視線がこちらに向く。


「何度も言うが、その視線は俺にとってご褒美なんだからね」


 と言う俺に


「その粘土をさっさと出しなさい」


 とカンナがちゃぶ台の上をぽんぽんと叩く。


「……ジラフ粘土」と唱えると現れる麻袋。


「大雨の時に並べる土嚢袋みたいだな」

「だけどこれ、何処にあったんだっけ?」


 3人は今、ちゃぶ台の上に載っている重そうな袋を囲んでいる。

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