第16話 鑑定か翻訳か
「コレあの時の、人攫いしてた兵隊さんたちが馬車に積んでた荷物だよ……」
不思議そうな顔をするエルマに、神様に飛ばされた俺が巻き込まれたここ2日のいざこざを語る。
「あぁ、それで今朝から街が騒がしかったのね」とため息をつくエルマは
「ウチの国には、国境の外にある小規模な集落から奴隷を調達しようとする、山賊みたいな貴族がいるのよ」
と恥ずかしげだ。
「魔剣も見る?」と俺が取り出した魔剣はシンナーの匂いがして、あちらで鞘に塗ったスプレー塗料がまだ乾いていなかった。ちゃぶ台を汚さないように粘土の麻袋に立てかけると、そこに黒い跡がつく。
「なんで乾いてないんだ?」
「アレよ、中の時間の経過が止まるってやつ」
「異世界あるあるだな」
と言う俺の横でエルマが難しい顔をしている。
「この家紋……もしかして……」
「エルマちゃんストップ! 口の軽いこいつの前でこの剣の元の持ち主の話をしてはダメ。こいつにはなるべく情報を入れずに過ごすのが、お互いにとって幸せよ」
「さすがカンナちゃん、我が軍師。って、思いっきり家紋を覚えてしまったよ。あぁその家紋の何処ぞの貴族に召し出された俺が『閣下、息子さんの死んだ原因は俺にあります、えへへ』なんて未来が訪れる事があったらどうするんだ?」
羽根の生えた牛を型取った紋章を記憶してしまって慌てる俺に
「貴族なんて簡単に会えないから大丈夫よ」
とエルマは笑う。
「でも俺、神様の加護を持ってるけど……それでも?」
「それでも。普通貴族は、一市民が拝謁できる身分じゃ無いわ」
「おぉ、流石に育ちが良さげなだけはある」という俺の声に
「そっ、それよりも、あなたはなぜ、コレが【ジラフ粘土】だとわかったのよ」
とエルマは少し焦っている。
「なるほど……出自については触れてくれるなって事か。あっ、口にしちゃってるけど、コレはノーカンね。カンナちゃんも聞かなかった事にして……」
微妙な空気。
「って、収納した物の名前がわかっちゃう件はどうしようもない。【ジラフ粘土】については、名前がわかった段階で【無限収納】の中の麻袋と……自然に紐付け?された感じかな」
と俺が言うと「ずるい」とエルマから溢れる。
「あっちの世界の一流の錬金術師は【鑑定】を持っているのよ。なのに……【鑑定】を持たない私は決められた錬金レシピを繰り返すばかり……」
「ふむむ、ぽっと出の俺みたいなやつに鑑定まがいの能力使われたら、それは腹は立つわな」
「【鑑定】が出来るメガネとかは無いの?」
とカンナが訊く。
「あるにはあるけど、漏れなくダンジョンドロップなのよね。私に手が出せる金額じゃないわ」
「じゃあ、作ればいいんじゃない?」
と立ち上がるカンナ。右手は俺の左手が握っているので
「母親に連れられた幼児の視線ってこんな感じなんだろうな」
「指先の硬さは、流石プロのミュージシャン」
「下から見てもおっぱいがでか……」
と思いが溢れる俺を無視して
「何を作るの?」と前のめりになるエルマ。
「粉よ。【鑑定】の能力が付与されたアイテムを作る為の粉。その材料はあちらには無いとしても、こっちには存在してるかもしれないでしょ?」
カンナが誇らしげに胸を張っているが
「それはちょっと違うと思うぞ」と俺は割って入る。
「理由は後で説明するけど、まずは【翻訳の指輪】作りだ。日本語のやつだけじゃなくて、あっちのマグリット語? のヤツも大量に」
「でも、書き写しの時間が掛かるのよ」
とエルマ。
「そりゃあ、スキャニングとデジタル化で対処だよ。それをプリンタで印刷すれば出来上がる」
俺の説明を聞いても首を捻っているエルマに、現代人のカンナが、もう一度座り直して説明を加えた。
エルマが何か言いたげだが、さらに俺は付け加える。
「そんな優秀な道具があるのなら、【粉化】したらそれに【鑑定】の効能があるのかもって思うよな」
「だが、エルマちゃんに必要なのは【鑑定】の能力自体もだけど……【鑑定】の能力を持っているって周りに知られる必要もある」
「とにかく【翻訳の指輪】で金を稼いで、【鑑定】のアイテムを買え。高価な物でも、それを買ったら商売相手からの信用が付いてくる」
俺の提案に、真面目な顔をして頷く2人。
いつの間にか、西向きの窓から入る日の光はオレンジ色に変わっている。
「じゃあ、女2人で買い物でも行く?」
とカンナが再び立ち上がる。
「はいっ」と嬉しそうに言ってエルマも立つ。
「俺は?」
「なんで、呪われ男を連れて行かなきゃならないのよ」
と言うカンナと微笑むエルマ。
「確かに……替えの下着とか選ぶのに俺は邪魔だろうな。でも、一度でいいから美女2人で下着選ぶのに参加したいなぁ……。って女の買い物だ。途中で『長えよ』なんて言ってキレる未来も想像できちゃう」
「混ざりたい?混ざりたくない?迷うなぁ」
と悩む俺に
「……心配しないで、誘わないから……」
とカンナの冷酷な宣告。
「それから、何か買ってきて欲しいものある?」というカンナに、
「今晩はカレーの予定だから、唐揚げやらトンカツやらのトッピングでカレー祭りにしよう。あとは、自分らで飲む酒は用意してね」
と俺が言うと
「荷物が持ちきれない時は呼ぶからね」
と出て行った。
「……収納した下着のサイズってわかるのかなぁ」
俺の独り言は、賑やかに出て行った2人に聞かれなかったようだ。
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