第14話 粉魔法と柿ようかん
『ちょっと部屋まで来れませんか?』
とのメッセージが
午前中に別れてからまだ5時間、着信音で村尾カンナは実家の自室での昼寝から現実に戻った。
『了解。何か欲しいものある?』と返すと
『珍しい食べ物』と返ってくる。
はて?
「ちょっと出かけてくる。晩御飯いらないからね」
リビングで夕方のニュースを眺めている母から、「ほーい」と「はーい」の間の返事が返ってきた。
珍しいものって誰に対してだ? などと思いつつ、和菓子屋の羊羹を買う。
「アイツの車が羊羹に似てたんだよね」
とあずきと柿の羊羹を1本ずつ買った。
カンナは、午前中にフラミンゴ餃子の駐車場で見送った、あずき色のホンダフリードクロスターの四角い後ろ姿を思い出した。
「こちらの推定Eカップが村尾カンナさん。職業はベーシスト」
と部屋に入るなり無礼な紹介する井口。胸のサイズはもう少し大きいがコイツには教えない。
そして、井口の横にいるヨレヨレの綿のシャツを着た小柄な若い女。
グレーの瞳と白い肌は外国人っぽい。ボサボサのブラウンの髪にちゃんとしたケアをして、それなりの化粧を施したら、モデルばりの美女になりそうだ。
「こちらの自分の容姿に無頓着な感じの女がエルマちゃん。職業はわからん、連れてきた理由は逃げきれなかったってだけの話だ」
と井口が言ったので「よろしくお願いします」とカンナが返すと「djjnlejte」とエルマはカンナの手をぐっと井口の手の方に持っていき、小指に嵌めた指輪を触らせてくる。
「コイツの指輪に触れていれば、私と会話を出来ます。気持ち悪いかもしれないけど勘弁してください」
「うふ、付き合いたての恋人同士みたいだね」
と井口が首を傾げて微笑んできたので、カンナが思わず手を離してしまった。そのすぐあと「指輪よこせ」と井口の指から無理矢理抜き取って、自分の指に嵌めた。
「アンタが入るとややこしくなるから、隅っこに座ってて」
カンナの言葉にエルマが深く頷く。
あっちでも失礼な事を言いまくったんだろうな。
「アイツが私を呼んだ理由は、たぶんよく知らない可愛らしい女の子と二人っきりになるのが不安だったんでしょう」
部屋の隅の井口の胡座をかいた太ももの上に、いつの間にか午前中に買ったアコギが乗っていて「正解」と親指を立てた。
「ほら、【異世界行き来モノ】が好き過ぎて、色んなネット小説を読み漁ったんだよね。大人向けのヤツも…………」
「『俺の言う事聞けないとアチラの世界に戻れないぞ』なんて、猫耳少女の服を脱がせる小説なんてのもあってさ」
「『ヤバい、暗黒面に飲み込まれるぅ』なんて思ったから、速攻でカンナちゃんを呼んだんだ」
とオープンコードをジャラーンと弾いた。
「くだらない……」と漏らすカンナに、アイツは何を言っているのだ?という視線を向けてくるエルマ。カンナは「聞かなくていい事だよ」とだけ返す。
「くだらねぇと呟いてぇ🎵」とエレカシを歌い出す井口。
「えぇっと、エルマさんは何をしている人なんですか?」
「【粉魔法】を使って錬金術師をしています」
エルマはそう答えるが、井口の『今宵の月のように』に耳が向いている。
アイツギターも歌も上手いな……。
「ごめん【粉魔法】って何?」とカンナは思わずタメ口で訊ねてしまう。
「物を粉にする魔法です。粉になった物は、物に宿っていた意志だけが残ります。それを使ってアクセサリーを作るんです」
彼女の首に光るネックレスも何らかの意志を宿っているのだろうか?
「なるほど……」と答えるが、わかったようなわからないような……。
「例えば、この【翻訳の指輪】を作るためには何が必要なの?」
「文字です。3万語の単語と100万の文字が書かれた紙を【粉化】したものを、ジラフ粘土に混ぜ込んで焼いて磨いて出来上がりです」
「意外と簡単……」とカンナから漏れると、エルマは大きくため息をついた。
「あのね、文字の書いた紙を用意するのにどれだけの時間が掛かるかわかる?」
エルマから意外と大きな声が出たので、カンナはちょっとだけ後ろにのけぞった。
「王都の図書館で見本から書き写すこと1ヶ月。錬金の師匠に字が汚いと、書き直しを命じられること12ページ。紙代とインク代を手出し立て替えの極貧生活。あぁ、あんな思い二度としたくないわ」
とカンナの指輪をじっと睨みつけているので、ヤバい気を逸さなければと
「井口さぁん、さっきの羊羹とお茶をお願ぁい」
カンナは、部屋の隅の井口に頼んだ。
歌は2番に入り「ポケットに手を突っ込んで歩く〜♩」とギターを弾きながらキッチンへと進む井口。
器用だ。
「まぁ、あの男が異世界と『異世界と行き来できる』って言うのを聞けただけでも、【翻訳の指輪】を作った意味はあったけど」
と台所に目を向けるエルマ。
彼女が指輪を持っているから、彼女の住む街では言葉が通じない不審者をエルマの工房に連れて行くのだろう。
そして【転移】しようとする井口にしがみついてこちらの世界に来た。
普通の羊羹とオレンジ色掛かった柿羊羹、それに緑茶が入ったコーヒーカップが載ったお盆をちゃぶ台に置いて、皆でフォークでつつく。
温かい緑茶を飲んで微妙な表情をしたエルマは、カンナの勧めで甘い羊羹と交互に食べると一転、感激の表情に変わる。
「複雑な味だけど美味しいわ。何なのよこれ」
「羊羹ってお菓子よ。美味しいでしょ」
とカンナが返す。
ちゃぶ台の上でカンナの指を握っている井口が
「あれ? 敬語じゃなくなったんだね」
「じゃあさ、例の『私に敬語は不要よ、エルマって呼んで』『じゃあ私のこともカンナで』ってやり取りあったの?」
といやらしい顔で2人の顔を見比べる。
「うるさい」とカンナとエルマが同時に怒ると
「同じ台詞 同じ時 思わず口にするような〜♩」
と井口は『ロビンソン/スピッツ』を弾きながら部屋の隅に戻っていく。
彼の腕に突然ギターが現れるのも不思議だし、歌もギターも上手いのもムカつく。
何より……なんで歌っている時は呪いが停止するのよ?
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