第13話 エルマの工房

 歌い終えた俺に、街に入るための行列からぱらぱらと拍手が起こる。


「こちらの世界でも拍手なんだな。えへへ、照れるぜコノヤロー」

「しかし、なぜ俺は?」


 と左の手のひらを見た。


「【健康な体】のせいか?それとも、あの4人の神様の中に音楽好きがいたか?」


 などなどと呟いていると、イカつい男が数人やってきた。

 上司らしい立派な体格のヒゲ男もいる。


「さっきの警備兵の上司か?」

「こういう場合は、華奢で美人な顔を突っ込みたがりの領主の娘とかが来るパターンじゃないのか?」


「jejeyusyd!」と、またよく分からない言葉を話しながら、2人の警備兵が俺の両脇から腕を通し、座っている俺を持ち上げる。


「ちょい待ち。荷物をしまわせてくれ」

「明らかに小さいバッグに荷物をしまうけど、怪しまないでおくれ」

「って、無理な話だな」


 ヒゲの上司が明らかに眉をひそめる。


「djydmgdagjn?」


「何言ってるかわかんないから言うけど、このカバンを没収したら、頭の上から石が降ってくるからな!」

「って、ここで叫ぶと印象が悪くなるからスマイルスマイル」


 石畳の敷かれた街。所々にガス灯みたいな柱も立っている。

 窓ガラスもあるし、馬車もいる。


「地味な色合いの服装の人が多いが、メガネをかけている人はいるな。鼻筋がしっかりしてるからああいうタイプのメガネが似合うんだよな。あぁ羨ましい」

「家の壁は石とレンガやモルタル、高さは4階建てぐらいか……?」

「一本入った筋の暗さが趣深いな。フランス映画に出てきそうだ」




 兵士たちに連れてこられた場所は、大通りから少し入った場所にある小さな工房だった。てっきり、警察署とか役場のような大きな建物でなんらかの尋問を受けると思っていた俺は少しだけ拍子抜けした。


 低い天井の工房は、道から石段を5段降りた先にある。


「木製のドアが重そうだ。なるほど、この世界にも蝶番ってあるんだな」

「むむっ、削れた金属の匂いがする。あっ、あれはバフ?」


 バフとは……布製の回転式のブラシで、金属やガラスなどの表面を、磨いたりワックスを塗ったりする機械だ。


「なるほど……金属の匂い、バフ、狭いカウンター……ここは工房併設のアクセサリー屋といったところか?」


 と独り言が止まらない俺をカウンターの手前の椅子に無理矢理座らせて、ヒゲの上司が奥にいる誰かを呼んだ。


「gnewolealkgl?」と奥から若い女性が出てきた。


「化粧っ気が無い。が、短めの茶色い髪の毛を後ろで束ねているのはポイントは高い」


 作業用の厚いエプロンと綿のシャツ姿の女が、カウンターの向こうに座り、俺の後ろにいる兵士たちに何か言葉をかけている。

 若干、兵士たちの腰が低いように見える。


「この女、意外と偉い人かもしれん」

「あぁ、何をされるのか不安だが、連行のされ方を見るに、俺の扱いはそこまで悪くないんだよな」


 一言二言、兵士たちと言葉を話した女は、背後の棚の引き出しから指輪をひとつ取り出すと、自分の右手人差し指に嵌めた。そして、指を曲げ伸ばしした後、指輪を外してカウンターのベロア張りのトレイに乗せる。

 トレイの色は渋いワイン色である。


「懐かしいな、百貨店のメガネコーナーで使ってたわ、このトレイ」


 女がトレイを俺の方に押す。


「なるほど、この指輪を嵌めろというわけか……。さっき自分で嵌めたのは、この指輪は安全ですよって意味ね」


 と差し出された指輪を恐る恐る嵌める。


「何も無いぞ、剣と魔法の世界ならぴかーんって光ったりしないのか?」


「しませんよ」


 と女が俺の顔を見てそう返してきた。

 俺は椅子から落ちそうになるが、後の兵士に支えられる。

「大丈夫か?」とはヒゲの上司。


「何で……言葉が通じるんだ?」


「そりゃあ、翻訳指輪ですから、それ」と女が胸を張る。


「すげーな、コレで俺の不安も解消だぞ、ありがとう。異世界行き来バンザイ」


 と俺が指に嵌めたままの指輪を見ていると


「誰がやると言った?それは君と話すために一時的に貸しただけだぞ」


 とヒゲが俺に言う。


「えっ、ケチ……」

「なぁ俺はコレから大金持ちになるんだよ? 先行投資だと思って俺に預けない?」


 と女に言う俺に


「何故、どこの誰だかわからない人間に、高価な指輪を渡さねばならないんです?旅人よ、まずは名前を名乗り、この街に来た目的を述べてはどうでしょう?」


「やべえな、この女。服装は普通なのに問いかけや話し声に上品さが溢れ出てやがる」


「おいコラ、エルマ様になんて口を聞くんだ」


 とヒゲが俺の肩を強めに掴んだ。


「あぁ、わかったわかった。俺の名前は井口って言うんだけど、俺は思った事が口から出ちゃう呪いに掛かってる」


 呪いという単語が出ると、ヒゲは俺の肩からすぐに手を離した。


「大丈夫。感染うつんないから」


 と距離をとった兵士たちと工房の女にこれまでの経緯を話した。




「つまり、戦の神のリケ様に会われたのですか?」


 と言ったのはヒゲの部下の兵士ビンゴである。もう1人の長身の部下はブゼン、ヒゲの上司はトーミという名前である。


「わからんが、4人の神様っぽいヤツには会った。そいつらのせいで、この呪いだぞ」


 というと、兵士たちは何故か無言になったが、工房の女、エルマだけは笑った。


「この国で神を悪く言うと、良くない事が起こるぞ……ってもう起こってるのね」


 と微笑みかけてくる。


「ドキッ、これはアレだ……。【健康な体】のせいで惚れっぽくなっている? いや、目が良くなって細かな女の子の仕草に気付ける様になったか?ヤバい、なんか色々エロすぎて体が持たないって、健康なんですけどね」


「ふふふ」と笑うエルマと、無礼だと肩をいからせる兵士たち。


「この街は辺境の街、周りには鉱山が沢山ありますから【無限収納】持ちなんて知られたらどうなっちゃうんでしょうね」


 エルマのひとことを聞いた俺は、ばっと背後の兵士たちを見た。

 兵士たちは、お互い顔を見合わせている。


「この男をどうする?って顔してるぞ」


 と俺は椅子から立ち上がってトーミたちと距離を置く。


「しょうがない。【転移】俺んちの玄関」


 と叫ぶ俺に


「作戦成功です」と、俺の後ろからしがみつくエルマ。


「あぁ、まだ明るいのに、異世界からお持ち帰りだわ」

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