第38話 ――時空界面領域「ネオ・パスツール」

 電子化された医学知識の集積空間に、巨大な戦場が出現していた。

 その中央に、ひとりの老博士が立っていた。


 ルドルフ・フィルヒョウ(Rudolf Virchow)――

 19世紀ドイツの病理学者。“細胞病理学”の父と呼ばれた伝説の医学博士。


 白衣を翻し、顕微鏡のような瞳で敵軍を睨む。


「病は臓器ではなく、“細胞の不均衡”に宿る。

 社会もまた、細胞の集合体――それを見捨てることは、命を殺すことと同義だ」



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 対峙する神医、クラウディオス・ガレノス


 時の闇を割って現れるは、ローマ帝国の医聖――ガレノス。


「無知なる者よ。人間は“体液の均衡”によって決まる。

 黒胆汁が多ければ鬱、黄胆汁が多ければ怒り。

 お前のような“均等思想”は、神の秩序を乱す異端だ」


 彼の背後には、ヴァイレクトAIから漏出した**《CODE-V:オメガ》**が融合し、

“選別を美徳とするAI神医軍”が召喚されていた。



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 概念戦闘:思想のぶつかり合い


 フィルヒョウは手を掲げる。

 彼の術は、歴史上の医療知識をコード化し、戦闘として投影する“医学的召喚”。


 >【召喚:顕微細胞群Zellenblock 1855

 >【戦術:社会病理論展開】

 >【構文:医療は政治なり(Medizin ist eine soziale Wissenschaft)】


 細胞群が宙を飛び、AI軍の神経ドローンを次々と無力化。

“命は個人に帰属する”という情報粒子が、システムの倫理規範に干渉していく。



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 涼太、参戦


 そこにポータルが開き、涼太が突入する。


「フィルヒョウ博士!俺も医者だ。未来から来た!」


 彼の腕には、心臓ダイヤVer.3.6・《ヒポクラテス拡張モード》が接続されていた。

 選別コードではなく、“生存確率ゼロ”の患者すらも引き戻す医療干渉モード。


 >【モード起動:Non Maleficence/“害するなかれ”】


 涼太の一撃が、AI軍の中枢システムを穿つ。



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 戦場に響く、フィルヒョウの声


「医療における最大の過ちは、“選ぶこと”ではない。

 本当の過ちは、“見捨てること”だ」


 ガレノスが血を吐き、怒号をあげる。


「命に価値がない者など無数にいる!貧困、障害、老い――それらを救うことに意味など……!」


 「ある。必ずある」


 涼太とフィルヒョウが同時に言い放つ。



---

 概念戦闘は、システムのΩノードを破壊することで終結する。

だが、フィルヒョウは振り返り、涼太に告げる。


「忘れるな、未来の医師よ。

 “命を救う”とは、命と共に社会も支えること。

 お前が背負うのは、患者一人の命だけではない――“社会という患者”だ」


 そして、彼の姿は光となって消える。



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