ここで釣りをしてはいけません

(雑音。画面にジャケットを着た男の顔が映る)


「……よう、俺だ。前回の動画ぶりだな」


(歩行中のためか、画面が微妙に上下に揺れている)


(背景には、舗装されていない土がむき出しの道が映っている)


「あれから、夜の森に近付いたりしてないよな? まあ、何があっても自己責任だから、どうしてもって奴はもう好きにしな。ああ、遺書は置いてったほうがいいぞ」


(カメラが前方を向く。時刻は昼過ぎ、降り注ぐ日光が人気のない林を照らしている)


「さて、今回も栫井町のルールについて紹介していくぞ。お前ら、藻助ヶ池って知ってるか?」


(林の中を進んでゆく。どこからかセミの鳴き声が聞こえてくる)


「知らないやつは多いだろう。住人でもそんな近付かないとこだ。町外れだしな」


「だが、そんな場所にもルールがあるし、それを守らん馬鹿がいる。だからわざわざ俺が来てるわけだ。ありがたく思ってくれ」


(画面の外で、ガチャガチャと音がする)


「あー、あっつ……やっぱ夕方に来りゃよかったかも。最近の夏は異常だよな。お前らもしっかり水飲めよ」


(道の向こう、低い岩壁に囲まれた池が画面に映る)


(さほど大きくはなく、静かな水面の向こうは見通せない)


(池の傍には看板が立っている)


「『ここで釣りをしてはいけません』……と。まあ、そういうわけだから、これ読んだら大人しく回れ右して帰れ。基本的に、無断で釣りすんのはここに限らずNGだ。昔はもっと緩かった気もするけどな」


「だいたい、こんな狭い池で何が釣れるって話だ。釣りを楽しむなら、もっといい場所があるだろ? 釣り堀にでも行けばいい」


(男が持っていた荷物を下ろす。カメラが青いプラスチックのバケツと釣り竿、三脚を映す)


「もちろん、そんな判断力を持たないノータリンどものために、何が起こるのかを見せるのが俺の仕事だから、これから釣りをする。何、年ぶりだっけな?」


(カメラが三脚に固定され、池と男を映す。男はバケツに水を汲んでいる)


「じゃ、早速始めるぞ。何が釣れるかお楽しみだな。んで、釣り餌は……なんと虚無だ」


(男がカメラの前に重り付きの釣り針を垂らす。何も引っ掛かっていない)


「言っておくが、俺は狂ったわけじゃない。こないだの健康診断も、まあ、大丈夫だったし。論より証拠か? 試してみよう」


(男が釣竿をしならせ、針を池に投じる)


(セミの鳴き声に、かすかな水音が混じる)


「……さて。ところで、お前らは藻助ヶ池の名前の由来を知ってるか? 藻助ってのは、わかると思うが人の名前だ」


「その昔、ここが名も無きただの池だったころ、近くに藻助って子供が住んでたんだ。そいつはなかなかの悪ガキと評判で、釣った魚を逃がしたり、釣り人に泥団子を投げつけたりしてたんだと」


(糸が引っ張られる)


「おーし、きたきた。……よっと」


(釣り竿を持ち上げる。水面から、針に食いついた魚が飛び出す)


「な? 釣れただろ? 立派なギンブナだ。三十センチはあるぞ」


(男がフナをバケツの中に入れ、再び糸を垂らす)


「……話の続きだ。ある日、藻助は悪戯で侍を怒らせちまってな。何したんだか知らないが、ブチ切れた侍は刀を抜いた。」


「それで藻助を一刀のもと斬り捨てたかって? いいや、話はもっと残酷だ」


(今度は大きな鯉が釣り上げられ、バケツの中に放り込まれる)


「なんと、侍は藻助の手足を斬り落として、まだ息がある内にバラバラの体をこの池に投げ込んだのさ。水面は真っ赤に染まり、それを見てた村人は震え上がったという」


「……そして何時からか、ここは藻助ヶ池と呼ばれるようになったとさ。めでたし、めでたし、と」


(愉快げに言いながら、男が糸を垂らす)


「暑い時期にはぴったりのお話だったろ? 背筋は震えたか? まあ、こっからが本番なんだが」


(糸が引かれる。男が釣り竿を持ち上げる)


(針には、人間の右腕が引っかかっている)


(肩の辺りで切り離されている。ほとんど骨と皮のような、細く、小さい腕。肌は青白い)


(断面は、黒く固まっている)


「おお、グロいグロい。肝が冷えるってもんだな。エアコンが壊れた時は、ここに来て釣りすりゃいい。最高にエコってやつだ」


(男が苦笑いを浮かべながら、手に取った細い腕を振る)


「さあ、続きといこうか。右腕一本だけじゃ寂しいし」


(男が糸を垂らす)


(竿を持ち上げる。膝から上の部分で切断された右足が、水面から飛び出る)


(男が糸を垂らす)


(竿を持ち上げる。切断された左腕は、しかし小さな手でしっかりと糸を握り込んでいる)


(男が糸を垂らす)


(竿を持ち上げる。岸に打ち上げられた左足が、奇怪な虫のように蠢いている)


「よーし、これで一通りそろったな」


(男がカメラを持ち上げ、三脚を外す)


(画面に、横一列に並べられた手足が映る)


「まあ、別にそろっても全然嬉しかねえんだが………よし、帰るか」


(溜息をついて、男がバケツの中身を池の中に戻す)


(釣れた順番に、池に投げ込まれる痩せた手足)


「ん? なんか足りないって? 良いだろ別に、動画的にも。キモいもんが釣れるってだけで、なんでルールがあるのか理解できただろ?」


(画面に、男の顔が映る。歯を見せて笑っている)


「今日の動画はこれでおしまいだ。森よりは危なくないから、俺も来るなとは言わねえよ。最後まで釣らなきゃいいだけだからな。四回も引き返すチャンスがあるなんてなかなかねえぜ。良かったな」


「つーわけで……そんなに睨んだって釣ってやらねえぞ」


(カメラが池の方に向けられる)


(真っ赤に染まった水面から、何かが顔を出している)


(皿のように見開かれた黒い目が、こちらをじっと見ている)


(画面が暗転し、動画が終了する)

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