路地裏の自動販売機を使ってはいけません

(画面に、夜の街が映る)


(電飾塗れの看板。牛丼のチェーン店や居酒屋、コンビニが左右に軒を連ねる大通りを、人々が行き交っている)


(画面が揺れ、男の顔が映る。片手に缶コーヒーを持っている)


「……おっす、俺だ。お前ら、元気にしてたか? ちゃんと生きてるか? 五体満足だといいが」


(男がコーヒーを飲む)


「ああ、そうそう。実は新しいカメラ買ってもらったんだよ。ボディカメラってのか? 胸んとこにつけられるんだよ。便利だよな」


「まあ……それでやることはコレなんだけどな。みんなのためのヤバイとこ巡り」


(男が苦笑する。その顔が画面から消え、再び夜の街を映す)


「さて。今回はここ、山神通りに来ている。駅から近い繁華街で、酔っ払いや夜更かししたい連中の聖地。俺は馴染みのゲーセンが潰れてちょっとへこんでる」


(画面が動き出す。ゴミ箱に放り込まれる缶)


(街の中を進んでゆく。ふらふらと歩く顔の赤いサラリーマンや、コンビニ前でたむろする学生たちの姿が映る)


「この大通りは良い子のお前らもお馴染みだろうが、路地裏はどうかな。クラブとかバーに入り浸ってる悪い子のお前らもいるんだろうが……」


(狭い路地の中に入る。壁には配水管がへばりつき、室外機がごおごおと鳴いている)


「こう思ったことはないか? 喉乾いたからなんか飲みたいのに、全然自販機が見当たらねえってさ」


(男が立ち止まる)


(薄汚れたコンクリートの壁に、一枚の張り紙がくっついている)


「だが、ここにはこんなルールがある」


(張り紙には、「路地裏の自動販売機を使ってはいけません」と書いてある)


「昔貼ったまま忘れてるとか、そういうアレじゃない。こいつは、今もちゃんと存在してるルールなんだ」


「じゃあ、何のためにそれがあるのかって話だが……実は、ここには一台だけ自販機がある。これから、そいつを探しに行くぞ」


(男が歩き出す)


「勘のいい奴は気付いてるだろうけど、俺は『探しに行く』って言ったよな。でも、ちょっと変だろ? この路地裏に一台だけの自販機なんて目立つし、その場所を知ってりゃわざわざ探すなんて言わないと思わないか?」


(狭い道に、バーやスナックの看板が並んでいる)


「何でかって言うとな……動くんだよ、その自販機」


(画面に、殺風景な壁が映る)


(電柱の横の空間には、何も置かれていない)


「おとといはたしか、ここにあったんだ。誰か酔っぱらいがうっかり使ったのかもしれん。一週間くらい放置してても移動するけどな。めんどくせえ」


(男がため息をつく音。画面が動き、再び薄暗い道を映す)


(カラコロと音を立てて、近くのスナックのドアが開く)


(顔にモザイクがかけられた、会社員風の男性が出てくる)


「おーっ、○○くん。ひさしぶりだねえ」


(会社員が、男に向けて手を振る。名前の部分は規制音で隠されている)


「△△さん、ご無沙汰っす」


「ああ、動画観たよお。大変だね君も。今夜もかい?」


「そうなんですよ。ほら、例の自販機の……」


「あ、やっぱり。じゃあちょうどよかったね、僕さっき見かけたよ」


「マジすか。どの辺でした?」


(会社員が、自分の後ろを指差す)


「あっちの、突き当りを右に曲がった道のとこ。いやあ、前にうちの若い子がやっちゃってねえ。真面目な子だったんだけど、こういうの信じるタイプじゃなかったから」


「あー……そりゃ気の毒ですね」


「ほら、ご両親に返してあげられないじゃない? 栫井町の人じゃないから説明も大変でさあ。かわいそうだけど、どうしようもないからね、ああなったらもう」


「っすね」


「だから、○○くんの動画でみんな気を付けるようになってほしいなあ。じゃ、がんばってね!」


「うす、ありがとうございます」


(男が歩き出す)


「よし、行くぞ。すぐに移動しないとは思うが、まあ、善は急げだ」


(突き当りを右に曲がり、別の道に入る)


(雑居ビルの裏側。そこにへばりつくように、一台の自販機が立っている)


「おっ、あった。よーしよし……」


(男が小走りで自販機の前に立つ)


(何の変哲もない、青と白にカラーリングされた自販機。薄闇の中で、ぼんやりと輝いている)


「さて、お前らルール覚えてるか? 『路地裏の自動販売機を使ってはいけません』だ。だがな、実はこいつを使うこと自体は危険じゃねえんだ。実演してみよう」


(男が自販機に硬化を入れ、ボタンを押す。がこん、と音がして、取り出し口に缶が出てくる)


(男が缶を取り出す。赤い、炭酸飲料の缶ジュース)


「どこにでもある缶コーラに見えるだろ? だが、中身はどうかな」


(男が缶のプルタブを引く。ぱき、と小気味いい音とともに、飲み口が現れる)


「そもそも買わない方がいいんだが……一応言っておく。絶対に、口は近付けるんじゃねえぞ」


(逆さにされる缶。だが、飲み口からは水の一滴も出てこない)


「この通り、中には飲み物なんか入っちゃいない。だが、空でもない」


(男が缶をアスファルトに置く。どこからか取り出されるライター)


「こっからが本番だ。お前ら、よーく見てろよ?」


(ライターに火が灯る。缶の底を、小さな火が炙る)


(次第に、銀色だった缶の底が黒く変色していく)


(缶が、ぶるぶると震える)



 ―――キィッ、キィイイイイイイッ!!



(甲高い悲鳴。缶の飲み口から、何本もの細い触手が飛び出す)


(混乱したように暴れる触手。紫色で、べとべとしている)


(触手を足として走り出す缶。その動きは素早い。あっという間に、近くにあった排水溝に飛び込み、姿を消す)


(アスファルトには、粘液の跡が残っている)


「……と、まあ。こんな感じだな。今ので、ルールがある理由は十二分にわかったと思うが。喉が渇いてても何も飲めないから、マジで使う意味がない」


「あれを口の中に入れたらどうなるかって? んん、そうだな……オー、ノー!!って感じか? とにかく、良いことは無いと思え」


「なんでこんなもんを放置してるのか、とか。見つけ次第撤去しろ、とか。お前らはそう思ってるかもな」


(男が笑う)


「栫井町は、誰でも何でも受け入れる。そういう場所なんだよ」


(男が振り返る)


(自販機が置かれていたはず場所には、もう何もなかった)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る