52.ダンス合宿

「ワン、ツー、スリー、フォー。ジャンプ」

「ハァ……ッ、ハァ……ッ、み、三上、待っ」


 金曜日の放課後。天熾家。


「はい。ここまででワンセット」

「……ぜばぁッ、ばァッ」

「しぃちゃん大丈夫?」


 三上がタオルとペットボトルを久野へ差し出す。


「じゃあ部長は一旦休憩で。佑宇と律先輩の癖直していくっすよー」

「三上くん体力すごいね……」

「俺、イケメン見れば半永久的に回復するんで」

「厄介な敵ボス?」


 伸びてしまっている久野を置いて、三人が膝を突き合わせてスマホの小さな画面を眺める。

 天熾家の広い客室。夏合宿で四人が枕投げを繰り広げた部屋だ。

 旅館の大人数部屋ほどの広さがある空きスペース。そこで音源に合わせて四人が踊る姿が動画に収められている。


「佑宇。ジャンプ高いのは良いけど着地が遅れてそこからリズムがたがたになってる。もう少し抑えめで」

「はい!」

「律先輩、動きが雑でちょっと早いっす。気持ちワンテンポ遅れるくらいでちょうど良いかも」

「うん。わかった……難しいな」

「多分足のステップに不安があって早くなってるんすよね。一回基本から見直しますか」


 三上が立ち上がり一動作ずつ足を動かす。


「ここで蹴り出して、後ろに。そこから片足ずつ上げて」

「ワン、ツー……頭ではわかってるんだけれどね」

「ゆっくりでも良いんで繰り返しやってください。律先輩の場合特に、無意識でも踊れるくらい」


 おのおの自主練を始めた二人を眺め、三上は倒れた久野を一瞥し。


「じゃあ部長は放っといてもいいから……」

「なんでだ馬鹿僕の相手もしろどう考えても僕が今一番指導必要だろ」

「あ。休んでてください」

「戦力外宣言か?」


 ボロボロの久野紫苑が、意地で肘をついて上体を起こす。


「僕をここまでコケにしたやつは初めてだ。良いだろうやってやる。プロが天を仰ぎ涙を流し、事務所は名刺を携え殺到し、各テレビ局がカメラを持って突撃するレベルまでな」

「逆効果だったか……」


 Tシャツで汗を拭いながら、三上は久野の横にしゃがんで。


「部長は当日までに絶対完璧に仕上げてくるじゃないすか」

「もちろん」

「一人だけ完璧すぎると浮くんすよ」

「……僕に不完全な舞台をさせようとしてる?」


 不服そうな口調。当然だ。

 しかし三上は被りを振って。


「逆っす。今、全員を『部長の最終形態』と同じレベルにまで底上げしてます」


 凍りついたのは後ろで練習している二人だった。


「…………はい?」

「なんだって?」

「特に律先輩は部長と二人で踊るところあるんで力入れていきますよ」

「え。じゃあ僕が放置されてるのは」

「勝手にレベル上げてくる人に構ってる余裕ないからっす」

「な〜んだ!」

「なんだじゃないですよ! え、いま、僕らって完成度何%くらいなんですか……?」


 言い淀んだ三上が「部長ちょっと回復したでしょ、踊ってくださいっす」と促す。

 むくりと起き上がった久野紫苑が荒く息を吐きながら通しで踊り切った。


「ところどころ動きが追いついてないけど、振り入れは完璧なんすよね。で、体力が尽きてるのは毎回全力でやってるから。その分動きも大きいしキレもある。何でもかんでもやってるせいでセンスもリズム感も良い。これがあと一週間で安定して踊れるくらいまで化けます」

「怖いです」

「それに追いついてもらいます」

「バケモノ……」

「りっくんちょっと僕のことバケモノって言った?」

「完成度で言うと、俺が九割くらい。佑宇と律先輩が六割」

「先輩でも一割足りてないんですかぁ⁉︎」

「仕方ないだろ。部長にパフォーマンス抑えてくださいって言う方が無理だし。表情がないのは大きくマイナスだけどそのマイナスがないと俺たちついていけねぇよ」

「よーし、練習がんばっちゃうぞ〜」

「しぃちゃんお願いだからあんまり頑張らないで」


 張り切ってリズムを取り出した久野と、焦る他メンバー。


「とりあえずさっき言った弱いところ重点的に。あと三十分はやるっすよ」

「……そのあとは? 夜ご飯かな?」

「はい。明日からは本格的にお歌のレッスンを始めます」

「こっちにも鬼教官がいる」

「ビシバシいきますよ〜!」


 文化祭当日まで、あと8日。




—————————

 最新話まで読んでいただきありがとうございます。

 次回更新は10/3の予定です。

 近況ノートやXにてイラストなどを掲載しております。

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