51.進捗どう? やばいです

「坊っちゃま、ココアでございます」

「ありがとうございます。じいや」


 夜十時。天熾家音楽室。


「進捗のほどはいかがですか?」

「音楽はもうほとんど完成です。歌詞も部長さんが監修して……書き直してくださいましたし。ただ、やっぱり最後の盛り上がりがいまいちで」

「あまり根を詰めすぎませんように」

「はい。そうします」


 両手で温かいココアを持った天熾が、肩まである髪を揺らし微笑む。

 小さく一礼をしたじいやがおぼんを持って下がって行った。


「さて……」


 天熾はPCへ向かい、何度目かわからない再生ボタンを押す。

 作曲自体はデジタルで出来る、が、実際の楽器に囲まれた音楽室で作るのが天熾の性に合っていた。


「ふんふふ〜ん……ふふ〜ん……」


 メロディラインをなぞった鼻歌。指先が軽く動く。

 文化祭までそう時間はない。

 大筋に沿ってのダンス振り付けはほとんど決まっているし、これからメロディの展開を変えることはできない。歌詞も歌割りも九割がた決定している。


 だけれど。


「やっぱり最後のここは半音あげましょう。僕のパートですし、変えても大丈夫……こっちの方が、意外性があっていいです」


 細かなデティールの調整が絶え間なく重ねられる。

 おそらく、振りを考えている三上も、歌詞を考えている久野もそうだろう。


 示し合わせたように、グループチャットの通知音。


『ねぇやっぱり。Bメロ僕が歌うところ【幸せにしたいから】に変えていい?』

『何回目すか部長その部分の変更』

『いいですよ。変えておきますね』

『ごめん。今度こそ決定だから』

『だから何回決定って言うんすか。振りは変えないっすからね』

『助かる』


 天熾は歌詞用のメモを立ち上げて、該当箇所を修正した。


「ふんふ〜ん……わん、つー、すりー、ふぉー」


 メロディラインを鳴らしながら、小さく踊る手足。


「お歌の練習がもっと必要ですね。ダンスは……先輩が教えてくださってますが。部長さんの運動能力が心配ですし、氷月先輩も中々練習時間が取れてませんし……時間もだいぶギリギリです」


 ふむ。と小さな声が数秒考え込んで。


「最終手段です。こうしましょう」


 『親友』の連絡先が開かれた。



・・・



「はい。えー。お集まりいただきありがとうございます」

「僕たち一年生からのご提案です」


 翌日放課後。文芸部。


「なに。珍しいな、二人が揃いも揃って」

「ごめんね、今日もすぐ演劇部の方に行かなきゃいけなくて」

「速攻で済ませるっす」

「まずはこちらの資料をご覧ください」

「なんだ。本気だな」


 ホチキス留めされたA4数ページの資料を三上が配る。


「えー。今回、文化祭でステージをやる件ですが。開催まで約1週間となりました。本番は来週の土曜日です」

「そうだね。……ちょっとまずいな」

「予定では既存のアイドル曲のコピーを2曲、オリジナル曲を1曲。まあ無謀っすね」

「無謀って言うな。無理じゃないだろ」

「そうすね。既存のコピーはある程度完成しつつあります。主に俺が前に出る形で」

「問題はオリジナル曲の方です」

「そこを突かれると痛い」

「なので合宿を提案します」

「なんだって?」


 めくられたページの2枚目。

 そこには『れんしゅうがっしゅく!』という表題と。


「ガチの合宿じゃないか」

「夏の合宿よりちゃんとしてる……!」


 朝早くから夜までぎっちりと詰まった日程。

 ダンスの個人練習から歌の全体練習まで。


「最悪ですが。歌いながら踊るのが間に合わなかった場合ここの日程でレコーディングします」

「佑宇ん家に録音できる環境あるらしいっす」

「なので明日、金曜日の放課後から月曜日の朝までですね。我が家で合宿です」

「おいおいおい」

「待って待って」

「なんですか?」

「すごい。目がマジだ」


 普段はマイペース極まりない上級生二人が気圧されている。黒板を背に立つ後輩たちの顔が心なしか鬼教官のようだ。


「せっかく『イケメン』を発揮できる場です。俺が妥協するとでも?」

「今度こそ投げ出しません。今の僕にできる最大限で、音楽を送り出します」

「「というわけで」」


 にこりと微笑む後輩二人。目が笑っていない。

 有無を言わさぬ圧力。


「もう一度言います。。オリジナル曲はようやく原型が完成した程度です」

「ここで完璧にするっすよ」


 文化祭当日まで、あと10日。

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