50.放課後。廊下にて。
「鍵開いてない」
「部長さんまだいらっしゃってないんですね」
放課後。文芸部室前廊下。
「鍵取りに行きます?」
「うーん……そうだな。一応開けとくか」
「……先輩」
部室を開けるか、ということにためらいを見せた三上を見上げる天熾。
おそらくそれは、久野や氷月が部室に来ないかもしれないという懸念を含んだ迷いであって。
「それじゃあ一緒に取りに行きましょう」
午後の日差しが窓から降り注ぐ中。
天熾佑宇は雀居三上の手を取った。
「え、あ……うん」
鞄を扉の前に置いて、二人は職員室へ歩き出す。
一番人通りの多い時間帯の部室棟。これから走り込みなのだろう運動部に、大きな楽器を携えた吹奏楽部。文化祭の企画を話し合っている文化部。
(なんか……こんなに、人多かったっけ、うちの学校)
半歩先を歩く天熾の横で、三上はなんとなく周囲を見渡す。
ざわめいている学生たちがそれぞれ部室へ向かう中、三上たちだけが職員室に向かい逆走している。
「心配ですか?」
「……んえ、何」
「部長さんと、氷月先輩のこと」
「ああ……まあ……」
三上に話しかけながらも、まっすぐと前を向いたままの大きな瞳。
天熾も天熾で心配なことや気になることがあるのだろう。
「……なんもわかんねー。先輩たちのことは好きだけど。俺。でも結局まだ会ってから一年経ってないし。部長があんなに真面目な話嫌いなのも、律先輩に何かあった時どんな顔すればいいのかもわかんねー」
「そうですね。僕も同じです」
少し日焼けした手が職員室の扉を叩く。
「「失礼します」」
声をかけて。二人は文芸部の鍵を取る。
まだ久野も鍵を取りに来ていなかったという事実を受け入れながら、二人は「失礼しました」と職員室を後にした。
「まあ。でも。そうだな。とりあえずやれることをやるか」
三上は鍵をくるくると回しながら、来た道をそのまま戻りつつ。
「だってここで足踏みしといて、本番前日に『やっぱりやる』なんて言われたら無理だろ?」
「そうですね。人さわがせな部長さんですから」
「曲って。使えるのあんの?」
「合宿最終日に聞いていただいたものが完成しそうなんです」
「マジで。すげぇじゃん」
「歌詞がしっくり来ないんですが……インストはお渡しできます」
「オッケ。全体のノリだけでも決めとく」
たどり着いた文芸部室の前に人影。
「あ! ぶちょー!」
二人を捉えるピンクの瞳。大きく手を振る三上。
「遅かったですね。部長さん」
「ん。……うん」
久野は鍵を開ける後輩の横で少し黙ってから。
「演劇部に。殴り込みに行ってたんだ」
「物騒です!」
「お願いっすから他部まで迷惑かけないでください!」
「端役でもモブでもいいからりっくんを舞台に出せって」
「……へ?」
ドアは開いたが、部室に踏み込む足はない。
「演劇部さんって……元々氷月先輩を舞台に立たせたかったんですよね?」
「うん。そう。だから話し合ってきた。りっくんが舞台に立ってもいいって言うギリギリの役を。それを追加できる台本の遊び部分を。りっくん交えて」
丸眼鏡の奥にあるピンク色は一体どこを見ているのだろうか。
「『氷月律』を、演劇部無視してこっちの舞台にだけ立たせるわけにはいかないから」
「……部長、アイドルやるんすか?」
「は? 当たり前だろ。僕が一旦やるって言ったことをやめたことがあったか?」
「氷月先輩も一緒に?」
「めちゃくちゃムカつくけど律の言った通りだよ。たかが幼馴染の僕じゃ、あいつら自身を止められない。すごく止めたいけど。ああ言われちゃ敵わない。悔しいけど」
久野が一歩部室へ踏み出す。
「この話終わり。それじゃ企画会議を始めよう。曲、振り付け、舞台の演出に小道具。ライブは一個の作品だよ。完成するまで手は抜かないからね」
「そうだ。この人何かをやることに関して徹底的にやり尽くすんだ」
「地獄の底まで付き合わされる未来が見えます」
「おい。途中下車とか許さないからな」
「するわけねーじゃないっすか。部長たちのアイドル姿が見れるんすよ。命掛けられます」
「見にきた人全員の度肝を抜いてやりましょう」
いつも通りのポーカーフェイス、の目が、一ミリ見開いたように見えた。
「はは。気合い十分じゃん。じゃあ……企画と練習の日程、決めよう」
文化祭当日まで、あと28日。
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