文化祭編

49.文(は全く書かずに)芸(ごとを始める気でいる)部

「部長、俺アイドルになりたいんすよ」

「一話のリバイバルか?」


 放課後。文芸部。


「一話? なんですか?」

「なんでもない。にしても今回はちゃんと職業だな」

「三上くん、アイドルになるの?」

「実際三上は踊れるわけだから案外突飛な話でもないけど」

「ここにいる四人でアイドルになりたいんすよ」

「突飛な話になってきたぞ」


 確かにビジュアルは約束されているがそれだけでアイドルになれるほど芸能界は甘くない。しかし三上はいつになく真剣な顔で。


「今度文化祭があるじゃないすか」

「安心しました。常識の範囲内での話です」

「あれ、申請すればステージ借りれるんすよ。俺、アイドルになりたいっす」

「いいね。面白そうだ」

「踊りには自信ありませんが……曲なら作りますよ」

「オリジナル曲で行くのか? 難易度高いぞ。それだけ燃えるけど。よし。僕が盛り上がりやすいようプロデュースしてやろう」

「え。やった。意外と全員乗り気。そうと決まれば俺も振り付けを———……」


「ごめん」


「……え?」


 硬い声が浮き足だった雰囲気に水を差した。


「あ……いや。素敵だと思うよ。思うけど……私、裏方でもいい?」


 氷月だ。

 立ち上がり集まっていた三人と対照的に、座ったままの氷月が居心地悪そうに両手を組んでいる。


「ぇ、あ。そうですね。氷月先輩、演劇部でお忙しいでしょうし」

「いいや。こいつ演劇部も出ないぞ」

「え?」


 普段通りのポーカーフェイス。の、視線が、普段より厳しく見えるのは気のせいか。


「去年もそうだったし、今年も演劇部員の子から僕に相談があった。『りっくんがどうしても役者をやらないっていうから説得してくれ』って」

「律先輩。……舞台苦手なんすか?」

「そんなわけないだろ。このキザったらしい目立ちたがり屋が」

「言い過ぎです」

「でもじゃあどうして」


 曖昧な表情で黙り込んだ氷月。そんな幼馴染を見つめたままの久野。


「…………わかった。いいよ。出ないで。りっくんは音響と照明と衣装とマネージャーとプロデューサーやって」

「あはは、責任重大だなあ」


 明らかに。

 笑って流せる話ではなさそう。だというのに、無理矢理とも言える速度で問題解決した二人の顔を見比べる一年生たち。


「……あの、部長」

「なに。言っとくけど僕はシリアスが嫌いだからね。深刻な話はごめんだよ」

「……えっと、氷月先輩」

「天熾くんはどんな衣装がいい? 今度かわいいのを見繕っておくね」


 言いにくそうに疑問を挟もうとするも、完封されてしまった後輩たちが口を閉じた。



・・・



「しーおん」

「……帰ってくれない? 悪いけど機嫌が悪いんだ。お前を無視できないくらいには」

「逆に好都合だぜ」


 翌日の放課後。文芸部。


「大変です。修羅場です」

「リヅ先輩だ。つか本当に部長昨日からちょっと機嫌悪いからな。爆発とか起きそうになったら逃げるぞ佑宇」

「ラジャーです」


 それとなく一年生たちが入り口近くを陣取る。

 後輩二人には構わず、向かい合った裏氷月と久野は険悪な雰囲気のまま。

 裏氷月がおもむろにスマホを取り出し久野に画面を見せつける。


「で。これ。提出してきた」

「……はぁ?」

「そのド近眼凝らしてよく見ろ。文化祭の舞台使用許可証だよ」

「……出演……久野、雀居、天熾……氷月⁉︎」

「舞台に立つ奴の名前は全員書かなきゃいけねぇんだろ?」

「ふざけるな! おい! 今回は度を越してるだろ!」

「俺様ならばいくらでも悪役にしてもらって結構。あいつは嫌でも舞台に立ってもらう」

「は⁉︎ りっくんに、何を……!」

「口を挟むなよ。おい。自分自身おれたちの問題だ」


 久野が己の拳を硬く握り込む。が、反論を紡ぐことはついぞできなかった。


「後輩たち〜♡」


 久野紫苑という強敵を黙り込ませた裏氷月がくるりと振り返る。

 ビクリと震える一年生二人。


「怯えてくれるなよ。寂しいぜ。なあ。おい。明日になったら多分あいつはびっくりすると思うんだけどさ、ちゃあんと『氷月律が、自分自身の手で、自分が舞台に立つって書いた紙を提出した』って教えてやってくれよな。日記にもそう書いとくから」


 長い前髪で片目の隠れた彼は、にっこりと圧のある笑顔を浮かべつつ。


「間違っても。そこの過保護なシリアス嫌いが勝手に提出したなんて嘘を信じ込ませちゃ駄目だぜ」


 普段は騒がしい文芸部部室が、重苦しい空気に支配されている。


「じゃあな。紫苑がうるさいから今日は帰ってやる」

「おい、待て……馬鹿律!」

「殴ったらカワイイ『りっくん』に傷がついちまうぜ。いっつもお前が言ってんだろうが。帰れって」


 久野が行き場のない拳を掲げたまま固まる。

 そして。


 そして。


「……あのさ、しぃちゃん。改めて聞きたいんだけど。……本当に、この申請書。私が提出した、んだよね?」


 一夜明け、信じられないものを見る顔で申請書の写真を確かめたのは元に戻った氷月律。

 一筋縄ではいかない文化祭、当日まで、あと30日。

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