48.氷月家に突撃
「奥から……奥からどんどんクマが出てくる……!」
「一体何匹いるんですかーっ⁉︎」
放課後。氷月家。
「ふう。これで全員だよ」
「全部でひい、ふう、みい……」
「十匹すか。すごいすね、流石の二桁……」
「ううん。こっちに小さいマスコットがもう一人」
氷月が手のひらサイズのテディベアを見せて頬を緩める。
前話の宣言通りに氷月家に来た三人だったが、いつの間にやらぬいぐるみ披露大会に巻き込まれていた。ちなみに当然テディベア以外のぬいぐるみも溢れかえっており、氷月律の部屋は現在もふもふ天国である。
「全部で十一匹すか」
「十一月にもう一匹増えるよ」
「なんで部長さんがクマさんの増えるペースを知ってるんです?」
「だってこれ全部僕があげたやつだもん」
後輩二人が改めて部屋を見渡す。
マスコットサイズに、小さめから大きめまでの普通のぬいぐるみサイズ。果ては氷月よりも大きな特大サイズのテディベアが部屋の隅を陣取っている。
どう考えても総額は十万を超えていそうだ。
「図らずも幼馴染の巨大感情をみてしまいました……」
「さすがにここまで来ると怖いな。俺たち帰ります」
「待て待て待て待て」
「帰らないでいいじゃない! 私まだくまちゃんと天熾くんのコラボレーションを楽しんでないんだから」
「でもちょっと……」
「幼馴染に部屋を埋め尽くすレベルのぬいぐるみを送ってるのは怖いす」
「これね。毎年の誕生日プレゼントなんだよ」
氷月が弁明するようにテディベアを抱いてみせる。
「しぃちゃんのことだから毎年大きくなってしまっているだけ」
「……ちょっと納得できたけど起きてる現象変わらないからなぁ」
「もしかしてあの大きなクマさんは部長さんの手作りですか?」
「そうだね。大体五年前くらいからは全部そう」
「すごい。恐怖とほっこりのちょうど中間にあります」
「っていうことは、部長と律先輩って十一年来の友達ってことすか」
「そうなるね」
「もうそんなになるんだねぇ」
ぱたぱたと栗毛色のクマの手足を動かしながら久野を見る氷月。
「十一年前……そうだ。アルバム。子供時代の写真を見ようって趣旨だった。今回」
「ああ。用意してるよ」
「見ましょう!」
机の上に置いてあった分厚いアルバムを久野が広げる。
やや古めの写真が大量に挟んである。所々収納ポケットが破れて二枚一組になっていたり、少しカビくさいのもご愛嬌か。
「ちいさい! かわいい!」
「えへへ」
普段決して『かわいい』と言われない氷月が嬉しそうに座った体を少し揺らす。
「あ。こっちは部長すね。メガネはしてないけど顔立ちあんま変わってない」
「どのお写真でも真顔なのでわかりやすいです」
「部長って笑ったことあるんすか」
「あるに決まってるだろ。こんなに日々愉快に面白おかしく生きてるんだから」
「訂正します。笑顔になったことってあるんすか?」
「一回見たことがあるような……いや、あれって私が見た夢だっけ……?」
「十一年一緒にいてもそのレベルなんですか?」
アルバムの中には幼稚園生だろう久野と氷月の姿。
運動会でカラー帽子をかぶっておにぎりを頬張っている二人。お遊戯会で手を繋いでいる二人。卒園式で衣装に着られつつ園の前で並んでいる二人。
「嘘みたいです。こんな天使みたいな子がこんな悪魔みたいなお人になってしまうなんて……」
「おい天熾いま僕のこと悪魔って言ったか?」
「あれ。こっちの写真って誰すか? 部長……じゃないっすよね?」
三上が指差したのは小学校入学式のグループに混じった一枚の写真。
久野紫苑にそっくりな人物が写っているが、それまでの時系列とは明らかに外れ成長した見た目の。
「ああ。お兄さんだ」
「そっくり!」
「本当です。こちらの写真だと部長さんとご一緒に写られてますね」
「お兄さん、しぃちゃんのこと大好きだからねぇ。私たちより四歳上なんだ」
「やばい……絶対イケメン……部長部長、お兄さんってメガネしてます?」
「してない。人の兄を狙うな」
「なんてお名前なんすか?」
「……
「樹さんかぁ〜」
「人の兄にメロつくな。おい。僕の方がメガネオプションついてるぞ。僕を選べ。そんな兄貴全く良くないぞ」
「絶対メガネ似合うだろうな〜」
「話を聞け」
僕もアルバム持ってきたんです、と天熾がバッグから一冊のアルバムを出した。倣って三上も「そういえば」と取り出す。
部屋は一気に思い出語りスタジアムになってしまった。
「あーそうそう! 中学の頃の佑宇こんなんだった! 黒髪短髪でさぁ!」
「へへへ……こうやってちいさい頃の先輩の横にちいさい僕を並べれば……僕らも幼馴染だったってことに……」
「あ、あ、赤ちゃんの天熾くんが可愛すぎる……! このままブロマイドにして売って欲しい……!」
「三上この写真めっちゃブレてるけど何があったの?」
「初めてテレビでイケメンアイドル見て狂喜乱舞してる姿すね」
「変わらないなあ君」
話に花が咲くうちに外はもう夕暮れ。最初に天熾が「そろそろじいやが心配します」とアルバムを閉じたのを皮切りに帰り支度を始めた三人。
「たくさん騒いでしまってすみませんでした」
「ううん。楽しかったよ」
最初に支度を終えた天熾が改めて部屋を見渡す。多すぎるぬいぐるみ以外は整然と片付けられた部屋。必要最低限のコスメに、スッキリとしたクローゼット。学習机の上には並んだ教科書と———……
「日記、ですかね」
「ああ。うん。習慣でね。……ちょっと見られるのは恥ずかしいかも」
「いえいえ! プライバシーですから! 見ません! でも氷月先輩のことですから、几帳面に毎日描かれてるんでしょうね」
「……うん」
「悪りぃ佑宇、準備できた! 律先輩お邪魔しました!」
「お見送りするよ」
家を出た三人に向かって。夕日に照らされた家をバックに、氷月が手を振った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます