41.合宿最終日
「そろそろ帰ろうか」
「いやです。帰らないでください」
夕暮れ。天熾家玄関。
「これ以上なにをするって言うんだ。水遊びも花火も演奏も枕投げも虫取りもやっただろ」
「え? 虫取りってやったっすか?」
「二日目きみらが寝てる間に」
「うわ。カゴいっぱいのセミ。グロ」
「だから三日目のしぃちゃんお昼寝してたんだね」
「おかげでまあ静かでしたけど……」
「大画面でライブDVD鑑賞できたしな」
「えっなにそれ僕知らない」
「部長さん寝てたから」
「二人の推しさん格好良かったねぇ」
「えへへ」
「へへへ」
合宿というよりただ友人宅に三日泊まっただけだったが、普段の文芸部活動とあまり変わらないのでまあ正しいのだろう。これが。
「楽しかったよ。とはいえ当初から予定は三日間だったしね。悪いけど天熾くん、帰らないとみんな用事あるだろうし」
「まる一年ずっといていいじゃないですかぁあ〜……」
「学校始まったらまた会えるだろ」
「せめて先輩だけは置いていってください」
「わかった。行こうりっくん」
「うん。じゃあね三上くん、天熾くん。お幸せに」
「なんで俺生贄になってるんすか⁉︎」
天熾にひしと腕を掴まれながらももがく三上。
「……あ。部長さん」
「なに?」
「ちょっといいですか? 最後に」
わりかし真面目に三上を置いていきそうだった二年生が二人の元に帰ってくる。
「まだ荒削りなんですけど」
天熾が取り出したのは何の変哲もない彼のスマホ。
開かれたホーム画面で、一つのアプリがタップされた。
「……ふぅん?」
「あ、わかっちゃいました?」
画面下部に配置された再生ボタン。
指で押されれば、流れ出したのはポップなメロディ。
「へえ。いいね。さっきライブを見たグループのオケかな?」
「違うっす……けどいい曲っすね。どこのグループだろ」
「いえ。僕が作った曲です」
口を閉じ目を見開いた氷月と三上。
一分程度の短い曲が余韻なく切れる。どうやら続きは作成中らしい。
「どう、でしょうか。昔作っていた物を、少し弄っただけですが」
「さあね。僕は音楽のプロじゃないし知識もない。だけど」
久野が指差したのは再生時間とは別の時間を表した数字。
「昔作ってた時間も含めて———……僕よりも知識のある天熾が、三十時間かけて作った曲が、悪いわけないだろ」
「ぇ、あ、ばれちゃいました。これはほとんど……前に作ってた時間ですけどね」
「それをまた削って今っぽくアレンジして調整を重ねたんだろう? 曲も一応挑戦したことあるからわかる。それに天熾は楽譜とかの基礎知識なんてみっちり入ってるだろうし。いい曲だよ。当然。こっち二人なんてプロの曲と間違えてたし」
「うん、本当に、ノリが良くて素敵な曲だった」
「まあ三上もりっくんも初心者だから違いわかんないだろうけどね」
「何で上げてから落としたんすか?」
理不尽な仕打ちを受けた氷月と三上が本気で困惑した表情を浮かべる。
「でも少なくともこの場全員が認めた曲だ。天熾が積み重ねてきたものは確かにきみの血肉になってる。思いつきでしか行動しない僕が、追いつけないほど強く」
「ありがとう、ございます……まだ、その。これって道を一つ決められたわけじゃ、ないですけど」
「いいじゃん。やってみたいって思ったんでしょ。完成してどこかに投稿したら案外急速に名が知れるかもよ」
「そんな甘くないですよ」
「でも現代何が起こるかわからないだろ?」
メガネの奥に普段と変わらず無表情なピンクの瞳。
だが言葉と視線は何より真摯に作品を見つめている。
「……ちょっと。色々模索してみます」
「いいことだね」
「佑宇、それ歌詞とか入れんの?」
「歌声を入れるならボカロですかねー」
「そこまで行ったら俺踊るわ」
「合作⁉︎ 親友で初めての共同作業です⁉︎」
「捉え方重いのやめろ」
「頑張りますね僕」
「うんうんお互い頑張ろうねー、じゃあ俺も俺ん家で頑張るから」
「何で帰ろうとしてるんですか?」
「ヤンデレ彼女かお前は⁉︎」
しがみついてくる天熾から必死に逃げようとする三上。
「物理的にも重い」
「そんな……こんな羽みたいに軽いのに……天熾くん、意地悪しちゃダメだよ」
「いやそいつ普通に筋肉あって重いすからね? 何で律先輩はさも当然かのようにお姫様抱っこしてるんすか?」
「私にもわからない。多分普通に持ち上げようとしたら無理だけどこの体勢ならいける」
「王子様力、ですかね?」
「お前もすっぽり収まるな。うわ……なんかそういうBL本の表紙みたい……一枚だけ写真撮っていい?」
「ご自由にどうぞ」
「ねぇそれいつまでかかるの?」
「しぃちゃんが拗ねてる」
久野紫苑(十六歳児)が棒立ちで見守る中写真会はしっかり執り行われた。
最初の時間から電車はおそらく六本ほど行ってしまっただろう。
「じゃあね。今度こそ帰るよ」
「んじゃまた! 次学校でな、佑宇」
「チャットも通話もいつでもしてくれていいからね」
オレンジに染まった入道雲、三人の影が手を振る。
夏が終わろうとしていた。
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