第23話 化物ならどれほどよかったことか

「ああ、最高だ! こんなに気分がいい日があっていいのかっ!? あいつは今頃ダンジョンの魔物に殺されている頃だろうなっ!!」


『第零』敷地内、月影寮の一室。

 ダンジョン四層にて淵神たちを『転送の宝珠』で強制転移させた赤羽の気分は、完全に有頂天へ達していた。

 寮へ戻った後、全身に溜まった疲労感すら忘れながら朝まで隷属させた女子生徒で荒ぶる熱を発散するくらいには。


「露天商フェイスレス……胡散臭い奴だが、『転送の宝珠』は役に立った。あいつの手を借りるまでもなかったな。それなりに下へ送られたことだろう。見張りに立たせている奴からも帰ってきたと報告はされていない。……くははっ! 本当に死んだらしいなっ! 最高だっ!!」

「ん、っ!」


 女子生徒に差し出させていた瑞々しい尻を叩き、またしても笑う。


 とはいえ、流石に羽目を外しすぎた。

 今になってどっと疲労感を覚え、女子生徒を放置して眠ってしまおうか……などと考えた矢先のこと。


「赤羽様っ! 大変ですっ!」


 慌てた様子で部屋を訪ねてきた部下の男子に呼ばれ、機嫌悪そうに眉を寄せた。


「何が大変なんだよ。あいつらが戻って来たってか? そんなことあるわけ――」

「そのまさかです……っ! 見張りに立たせていたやつが淵神蒼月並びに女二人の帰還を確認したと……!」

「…………」


 部下からの報告に思わず黙りこくってしまう赤羽。

 まず怪しんだのは揃いも揃って自分を謀っているのではないか、という線。

 しかし、嘘にしては真に迫っているし、彼らとて赤羽を裏切った際の報復はその目に刻み込まれている。


 つまり……部下の報告は真実なのだろう。


「……嘘だった場合、お前を殺す」

「嘘じゃありません! 本当に見たんです!」

「…………チッ、もういい。下がれ」

「ですが――」

「俺に二度も言わせる気か? 随分偉くなったものだな」

「し、失礼しますッ!」


 赤羽が脅せば、男子は怯えながら急ぎ足で部屋を去る。

 再び女子と二人だけになった赤羽は無意識のうちに握りしめていた拳をベッドへ叩きつけた。


「淵神蒼月……ッ! どこまで俺の邪魔をすれば気が済むんだよッ!!」


 さっきまでの満足感はどこへやら。

 気分は乱降下、最悪だ。


 頭に浮かぶ飄々としたあの顔。

 やっとあいつを殺せたと思ったのに。


「……いや、運が良かっただけだろう。『転送の宝珠』の転移先はランダム。たまたま上の階層に転移しただけだ」


 自分へ言い聞かせるように呟き、息を吐く。

 部下は淵神たちが転移門から出てきたのを見ただけ。

 中で何があったのかを見た者はいない。


「今日が削がれたな。お前ももういい、帰れ」

「はい……っ」


 完全に女子から興味を無くし、部屋から追い出す。

 そこで再び考える。

 淵神を殺すにはどうしたらいいのか。


「結局フェイスレス頼みか。『転送の宝珠』は所詮運頼み。それで言うならフェイスレスを頼るのも自分の力ではないが」

「――オイラのことを呼んだか?」

「ッ!?」


 他に誰もいなくなったはずの部屋へ響いた、男女どちらともつかない声。

 一切の気配を感じさせず壁へ背を預けていたフェイスレスが気さくに片手を上げる。


「……なぜお前がここに」

「オイラは神出鬼没。寮の部屋に侵入するくらいわけない」

「そこまで許可した覚えはない」

「いいじゃないか。ところで『転送の宝珠』を使ったらしいな?」

「ああ。運よく帰ってきたらしいが」

「運よく、か。ケケケッ……見てなきゃそうなるよなぁ」


 顔を見せずに笑うフェイスレス。

 赤羽は表情に出さなかったが、僅かに苛立ちを覚えた。


「まるで見てきた口ぶりだな」

「ああ、見てきたんだよ。淵神だったか? そいつらが送られたのは二十八層さ。荒れ果てた荒野にキマイラが跋扈する、卒業生以上の力がなきゃ突破できない階層。それを意に介することなく薙ぎ払い、階層守護者すら倒してのけた。いやぁ、いい見せ物だったね」

「……二十八層? そんな階層に送られて、なんで生きて帰って来るんだよッ!? お前まで俺を騙そうとしてるんだろッ!! なあ! そうだって言えよッ!!」

「オイラがこんなつまらない嘘を憑くはずないだろう? アフターサービスは商人の一環だ。『転送の宝珠』は正常に機能した。結果、二十八層に送られ、彼らは階層を突破した。それだけのことさ」


 フェイスレスは肩を竦め……たような雰囲気で赤羽へ話す。

 まるで友達のような親しさで。


「いやぁ、彼らは強いねえ」

「……お前でも殺せない、などと言いだす気か?」

「うーん……殺せないことはない。アレは本来の力を封じられている。そもそもオイラもアレも純粋な人間じゃないし」

「お前はともかく、あいつまで化物なのかよ」

「化物ならどれほどよかったことか」


 はあ、とため息を一つ。

 フェイスレスは天井を仰ぎ見て、赤羽に背を向けた。


「オイラもやるだけやってみるさ。殺せるかは五分ってところだが……ちょいと赤羽クンにも協力してもらおう」

「……協力?」

「顔を借りるよ。君の顔なら油断も誘えそうだし……オイラには人様に見せられる顔がないからね。なんたってフェイスレス――無貌の商人なんだから」

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