第18話 装備更新
三層を後にした俺たちは、その足で敷地内の武具店を訪れた。
敷地内、商業店舗が並ぶ一角。
そこに店を構える武具店は來華が言うには有名どころの一つらしい。
「探索者学園に店を構えられるなんて願ってもない商機だからね。敷地内の全員が顧客なんだもの。国の法が及ばない場所ともなれば色々察するわ」
「後ろ暗いことがあると想像するのは容易ですね。実際、自分の意思で入学しているのはほとんど貴族だけですし」
「それ以外はどんな経緯で『第零』に来ているんだ?」
「旦那様のように推薦で入学している平民はごく少数。大半は孤児や犯罪者……少年院に入っていた人が強制的に送られて『第零』は成り立っているわ。そういう人なら無責任な学園の方針でどれだけ減っても、誰も文句は言わないでしょう?」
「無情だが、それが『第零』の普通ってわけか」
眉間にしわを寄せながら呟くと、二人が無言で頷いた。
いわば、平民は貴族に捧げる贄の役目なのだろう。
シュナリアに学園のことを説明してもらった時から感じていたが、『第零』は貴族が欲望のままに過ごすための場所。
法もなければ咎める者もいない。
「だから私は淵神さんに感謝しているんですよ? 不祥事で爵位をはく奪された元令嬢なんて格好の的です。元々自分と同じか上の立場だった人間を道具扱いできるんですからね。男性ならまだしも、女性ならそういう用途にされるのが目に見えています」
「だが、シュナリアの腕ならあいつらを返り討ちにも出来たんじゃないか?」
「所詮はその場凌ぎですよ。敵は彼らだけではなく、全ての貴族ですから。それに私が下手に逆らえば、他の平民の入学生にも被害が及びます」
「ごめんなさいね、シュナ。貴族の端くれとしては恥ずかしい限りよ」
「全員がそういう人ではないとわかっていますから大丈夫ですよ」
シュナリアの言うように、全ての貴族が悪ではない。
來華のような善人もいるわけだ。
ただし、『第零』だとその割合が著しく下がるだけ。
「……となると、俺はまずいことをしてしまったのか?」
「最終的に淵神さんを頼ったのは私の意思ですからお気になさらず」
「旦那様が気に病む必要はないわ。もちろんシュナも。『第零』では自分の身は自分で守らなきゃ生きていけない。シュナが旦那様を選んだことで他の誰かが傷つけられるとしても、悪いのは傷つけている誰かよ」
「そう、だな」
來華のお陰で冷静さを取り戻したところで武具店の中へ。
棚に並ぶ数々の武具。
どれも学内通貨のエンで買える上、結構な種類がある。
剣や槍、盾、斧、メイスのような定番はもちろん、鞭やヌンチャク、三節混のような色物まで取り揃えられていた。
武芸百般という言葉はあるが、果たしてこれを使える人がいるのだろうか。
「私たちでも買えそうなものは……あの辺みたいですね」
シュナリアが視線を向けた先にはエントリーモデルと銘打たれた装備が並んでいた。
武器と防具が一纏めにされたもののようで、値段は一律十万エン。
品質は……俺にとってはないよりマシ程度にしか思えないが、鍛えていない一般人なら有用なのだろう。
「安物買いの銭失いにならないといいが」
「旦那様、これはそんなに悪いものじゃないわ。エントリーモデル……初心者向けと考えたらじゅうぶん以上の性能よ」
「製作元も五菱コーポレーションですし、品質は疑うまでもないでしょう」
「武具には詳しくないが、二人が言うならそうなんだろう」
適正価格なら何の問題もない。
とはいえ……これを買うくらいなら俺は素手で問題ない、という気持ちもある。
「やはり二人の装備を優先で良さそうだ。装備より俺の拳と身体の方が硬い」
「それはそうなのよね。だったらあたしとシュナの装備を整えるわよ。出来る限り良いもので」
「そうさせてもらいましょう」
良いものを、と息巻いた來華を筆頭に別の売り場へ向かう。
セットではなく個別のものが並ぶ棚。
「予算はどの程度あったかしら」
「全員の所持金を合わせて40万いかないくらいだな」
「それなりの物は買えそうね。必要なのはあたしの軽鎧、シュナの杖と防具……どんなのがお好み?」
「杖は短いものを。動きを阻害されなければ何でも、ですかね」
「だったら……この辺にしておきましょう」
要望を聞いた來華が素早く見繕い、商品と引き換えのチケットを持ってくる。
來華が選んだのは鉄製の軽鎧、アッシュウルフの革鎧、ヤングトレントの短杖。
アッシュウルフはコボルドが乗っていた狼、ヤングトレントは『第零』のダンジョンでは見ていないが木に擬態する魔物だったはず。
ダンジョンごとに出てくる魔物は違うが、強さで言えば似たようなものなのだろう。
二人分の装備で合計30万エンちょっと。
余裕を残したのは装備以外にもエンの使い道があるからだな。
傷を癒すためのポーションや、武具の整備にも金がかかる。
攻略以前に死なないための準備が必要だ。
「杖は頼めば実物を握らせてもらえるから、それで感触を確かめてみて。規格化された商品だから違和感は少ないと思うけれど、念のためね」
「もちろんです」
「問題なさそうならお会計をしてくるけれど、いいかしら?」
「二人が納得してるなら構わない」
來華に俺が持っている所持金を送りつけ、シュナリアは店員に頼んで杖の試し振りをさせてもらう。
感触は問題なさそうで、そのまま会計を済ませた。
「これでもっとダンジョン探索を進められるわね」
「新しい装備というだけで、なんだかわくわくします。淵神さんの装備も早く整えたいところですが……」
「下手なものだと役に立たない可能性すらある。焦らずそのうちでいいさ」
俺の拳や身体より弱ければ意味がない。
武器は一通り扱えるが、それで弱体化してはな。
まあ、そのうちいいものが見つかるだろう。
こういうのは一期一会だ。
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