第19話 四層攻略
「今日も遅刻してしまったな。真面目な学生としてはいただけない態度だ」
「……原因を作った人が何か言っていますね?」
「据え膳食わぬはなんとやらだ」
「愛を確かめる行為は必要不可欠よ。毎晩毎朝、いいじゃない。シュナだって気持ちよさそうにしていたんだし」
「それは……っ!」
顔を赤くしたシュナリアが俺を睨んでくるも、あえて無視を決め込む。
こればかりは來華の言葉が正しい。
シュナリアも若干自覚があるのか抗議の言葉は続かなかった。
寮がパーティーメンバーも部屋に住まわせるのを許可しているとはいえ、連日爛れた時間を過ごすのはいかがなものかと俺も思う。
……思うが、それが『第零』では普通なのだから仕方ない。
何より目の前に極上の料理を差し出されては、食べない方が失礼だ。
「シュナリア、嫌なら嫌とはっきり言ってくれ。俺も嫌だと主張する人間に手を出さない程度の分別はあるつもりだ」
「その分はあたしが満足させるから安心して?」
「~~っ!! ……別に、私は嫌だなんて言っていないじゃないですか。馬鹿、あほ、鈍感、淵神さんっ」
「罵倒の言葉に俺の名前を並べないでくれ」
それで俺が新たな扉を開いたらどうしてくれるんだ。
なんて呑気に話す俺たちがいるのは『第零』ダンジョン第四層。
今日も今日とて攻略を進めていた。
「四層も変わらず洞窟型だな。マップもあるし、魔物に苦戦もしない。三層と同じく近場の宝箱を回収して階層守護者を討伐する、でいいか?」
二、三戦ほど魔物と拳を交えた後、行動方針を二人に伝えると揃って頷いた。
やはり俺たちは過剰戦力らしく、この程度の魔物相手では苦戦のしようがない。
だったら早急に階層を進めようという当初の方針通りに探索を進める。
魔物は蹴散らし、宝箱の中身はどれも普通で残念に思いながらも回収。
一つくらい当たりが出てくれてもいいだろう、と思わないでもない。
「余計なところで運を使わなくてよかったと思いましょう」
「運に頼らなくてもやっていける強さがあるんだから」
「それはそうなんだが、どうせなら当たりが欲しいと思ってしまうんだよ」
男の浪漫か、俺の性か。
金銀財宝を願うのは普通のことだろう。
「でも、こんなに順調だと身構えてしまうわね。どこかに大きな落とし穴があるんじゃないか、とか」
「縁起でもないことを言わないでください。気持ちはわかりますけどね。そろそろトラップも出てくる階層ですし」
「斥候が欲しいところだな。真似事なら出来なくもないが、専門には遠く及ばない」
「回復役と支援役も必要ね」
残念ながら心当たりは全くない。
そのうち見つかるといいが――なんて考えていたところ、
「誰か来る」
こちらへ近づいてくる気配を感じ取った。
恐らく人間。
微かに聞こえる足音がゴブリンやコボルドのそれと比べて硬い。
何者かは真っすぐ俺たちの元へ歩いてきている。
たまたま道が被ったのか、あるいは尾行されているのか。
入学試験の時と同様に闇討ち目的かとも思ったが、その人物は隠れることなく姿を現した。
「なんだ、赤羽くんか」
赤羽くんは右手に黒塗りのナイフを携え、闇に紛れる黒衣に身を包んでいた。
疲労を感じさせるだらりとした立ち姿。
けれど、彼の目だけは爛々と輝きを宿している。
妙な点と言えば、ここにいるのが赤羽くん一人だけであること。
あんなにたくさんの仲間がいたのだから、ダンジョン探索も一緒にしているものと思っていた。
シュナリアと來華は警戒を露わにするも、まだ敵対すると決まったわけじゃない。
俺はあくまでフラットに、共に学園生活を謳歌する仲間として接するだけ。
「四層まで踏破しているとは驚いた。授業にはいないと思っていたが、まさかずっとダンジョン攻略をしていたのか?」
「……ああ、そうさ。お前に追いつきたくてな」
「ふむ、つまり俺と赤羽くんはライバルってことか。ライバル……いい響きだ」
学園生活には欠かせない、好敵手の存在。
赤羽くんがなってくれると言うのなら、これほど喜ばしいこともないだろう。
「俺とお前がライバルだァ? ふざけたことを抜かすのは大概にしろ。俺は貴族でお前は平民……つまり、俺が上でお前が下なのは決まってんだよ」
「だったら俺と赤羽くんは友達、級友ってことになるか」
「……おい、こいつの頭はお花畑か何かなのか? どうやったらこんなに腑抜けた甘ちゃんが出来上がるんだよ」
なぜか赤羽くんが呆れた様子で呟く。
俺は腑抜けていないつもりなんだが。
甘いのは……一部認めるところではある。
「俺がなんで四層まで夜通し攻略して、お前の前に現れたか考えろよ」
「……まさか仲間になりたいのか? 赤羽くんの格好から推察するに斥候のようだ。ちょうど俺たちのパーティーに足りない人材で――」
「んなわけねえだろ馬鹿がッ!! 俺はお前に恥をかかされたんだぞっ!? そんな奴がのこのこ仲間にしてくださいって頭下げに来ると本気で思ってんのかっ!? 頭おかしいんじゃねえの!?」
「これについては私も同意見ですね。淵神さん、無自覚に煽らないでください」
「そうよ旦那様。これじゃあ赤羽何某くんが可哀想だわ」
「……いい加減にしろよクソ共が」
二人の言葉で赤羽くんが怒ったのか、顔に青筋を立てていた。
一人でも果敢に襲い掛かってくるのかと思いきや、赤羽くんは口元に深い笑みを刻んで左手を懐へ。
「本当に俺は幸運だ。この恨みをきっちり耳揃えて返せるんだからなぁ……お前ら全員地獄行きにしてやるよッ!!」
赤羽くんが懐に仕舞っていた手を放つ。
俺の優れた動体視力は赤羽くんが何か小さな玉を投げたのを捉える。
とても警戒するべきものには見えず、それを手のひらで受け止め――
バリィインッ!! とガラスが割れるような音が響いて。
同時に俺の足元で円形の幾何学模様が広がった。
それはシュナリアと來華、そして赤羽くんも呑み込み、廻り始める。
「転移魔術……っ!?」
「離れないでっ!」
驚きに満ちた二人の声。
俺の両腕に二人がしがみつく。
ふわり。
身体が浮くような独特の感覚。
転移門を利用するときに似たそれは、転移の特徴。
視界が白んだ中でも、赤羽くんの高笑いが聞こえていた。
「淵神蒼月ッ!! 俺を敵に回したことを後悔して死ねッ!!」
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