第17話 三層攻略

「三層まで来ると一気に人気が無くなるな」

「新入生は二層の探索中でしょうし、上級生は三層程度には用がありませんから。必然的に私たちの貸し切りってことになりますね」

「他の人を気にせず探索できるっていいわね。興味の欠片もない人から用もないのに見られるのって鬱陶しいし」


 二層を踏破した翌日。

 今日も今日とてダンジョン攻略に繰り出した俺たちは、三層のスタート地点に立っていた。


 周りに人影は一切なく、不思議な静けさが満ちている。

 二層にはそれなりに人がいたんだがな。

 來華の言う通り、周りに人がいないのはやりやすいから問題ない。


「三層も洞窟型か」

「十層を越えるまでは洞窟型みたいですよ。出てくる魔物が少しずつ変わるだけです。三層の魔物は……」

「ゴブリンとコボルドが武装して再登場よ。ウォーリアとかマジシャンって呼ばれるタイプね」

「一層の階層守護者が普通に出てくるのか。なら苦戦はしなさそうだ」

「普通はここからきつくなるみたいですけどね。武器持ちや魔術師との戦いを強いられるわけですから」


 確かに素人ならば厳しい階層なのかもしれない。

 素手か、持っていても棍棒程度だったゴブリンコボルドが武装し、階層中を闊歩しているんだ。

 怪我のリスクも格段に増える。

 そして、死をより身近に感じることだろう。


「ちなみに例年、三層からは死人が増えるみたい。特に貴族が連れ回していた愛玩用の女子が見捨てられるパターンが多いわ」

「最悪ですね。自分がそうならなくてよかったと思うのはいささか薄情な気もしますが……私も助けられた側ですし」

「見かけたら保護するくらいはしよう。他の新入生が来る前に三層を突破してしまいそうだが」

「そのくらいでいいと思うわ。今日も階層守護者に一直線? それとも寄り道をしていく? 誰も立ち入ってない階層だから、宝箱もリポップしていると思うけど」

「宝箱か……いいな、近場のやつだけ回ってみるか」


 宝箱の出現場所もマップデータに記載されている。

 それほど道から外れずに回収できる宝箱は見た方がいい。


 宝箱の中身は階層数に応じて出る物が大体決まっている。

 このくらいの階層だと下級ポーションや武器、防具、アクセサリーなどが一般的。

 レアなものだと特殊な効果がついた武具、超常の力を秘めた遺物が出たこともあるらしい。

 マップデータをまとめ買いした時におまけとして貰った宝箱の中身リスト(一~十層編)にはそう書かれていた。


「というか流れで三層まで来てしまったけれど、そろそろ装備を整えない? 色んな付与魔術がかけられた制服には軽装程度の耐久力があるとはいえ、保険は必要だと思うの。旦那様は素手だし、魔術師のシュナが杖を持っていないのもまずいし」

「俺は後回しでいい。強化で下手な金属より硬くなるし、肉体も同じだ。ただ、シュナリアの杖は欲しいところだな」

「絶対必要とまでは言いませんけど、あった方がいいのは確かですね」

「なら三層攻略が終わったら探しに行こう。手持ちで足りるか怪しいが」


 探索で得た魔石や素材を売って、三人分の所持金を持ち寄ればそれなりの額になる。

 それだけあればシュナリアの杖と來華も含めた防具くらいは何とかなるはずだ。


 幸いなことに俺の部屋で過ごす間はエンもほとんど消費しない。

 食事も風呂も制服の替えすら頼めば持ってきてくれる。


「あたしたちの攻略ペースだとすぐに型落ちになりそうだけれど……そうなったらまた稼げばいいだけだもの。身の安全には代えられないわ」

「宝箱からいいものが出るように願いましょう」

「遺物が出たら一攫千金らしいぞ」


 なんて話しつつ、三層の攻略を進めていく。

 道中の魔物に苦戦することはなかった。

 武器や魔術を使おうが、根本的に力量が足りていない。

 武器持ちは俺と來華で完封し、魔術師型はシュナリアが魔術で制圧する。

 この時点で三層も余裕と判断したが、油断はしない。


 そして、道すがら近くの宝箱も根こそぎ回収する。

 中身はリスト通りポーション、錆びた長剣、精錬前の鉱石、銅色のコインなどなど。

 レア物は一つも出なかったけど宝箱はこんなものだ。

そもそも俺の運が昔から悪いのもあるが。


 そんなこんなで特筆すべき点もないまま攻略が進み、階層守護者が待つ広間の前まで辿り着く。

 学園ダンジョンでは三度目になる黒鉄の扉。

 いつも通り何の気なしに開け、俺たちを出迎えたのはコボルドの一団。


 前衛には灰色の狼に跨った槍持ちコボルドが三匹。

 その後ろに甲冑を着て剣を携えたコボルドが二匹と、錫杖を構えた司祭風のコボルドが一匹。


「三層の階層守護者はコボルドスクワッドね。ライダーは機動力に優れ、ナイトは万能。シャーマンは魔術を使ってくるわ」

「前衛は俺と來華で迎え撃つ。シュナリアは後ろのやつを頼む」

「わかりました……っ!」


 俺たちが構えを取ると、シャーマンが錫杖の石突を打ち鳴らす。

 響いた音を皮切りにライダーが狼の腹を蹴り、駆けだしてくる。


 威勢のいい突撃だ。

 槍を掲げ、威嚇するかのような雄叫びを上げるコボルドたち。


「早さなら負けないわっ!」


 たんっ、と軽やかな足音を残し、二刀を抜いた來華が迎え撃つ。

 狼の脚を撫で斬り、体勢を崩させたところで騎手コボルドの首を一撃で飛ばす。


 戦闘とも呼べない蹂躙を傍目に奥へ抜け、ナイトと二対一の状況。

 甲冑の隙間から覗くコボルドの目は恐れることなく俺を見据えている。


「さあ、やろうか」


 相手は甲冑だが、俺の拳は鉄程度で防げるほどやわではない。

 熾した魔力を呼吸と共に全身へ巡らせ、身体強化。

 五感にまで作用する強化は、ナイトの鼓動すら手に取るように把握できる。


「ワウッ、ワウウゥウウッ!!」


 犬のような雄たけびを上げ、噛み合った連携で俺へ斬りかかる。

 しかし、予備動作が見えていれば軌道を予測して避けることも簡単。

 強化を施した俺の前では蚊が止まる程度の速度でしかない。


 余裕をもって刃を避けつつ、甲冑の腹に手のひらをぴたりと当て、


「『魔勁』」


 手のひらに集めた魔力をゼロ距離から体内へ撃ち放つ。


 ドンッ!!


 重く鈍い音が響き、ナイトが身体をくの字に折り曲げながら吹き飛ぶ。

 広間の壁に叩きつけられたナイトの腹部を守っていた甲冑は見るも無残にひしゃげ、防具としての意味を成していない。


「ワウッ!?」

「お前もだ」


 仲間が一瞬で無力化されたことに動揺したのか、残りのナイトが困惑を感じさせる声を上げた。

 そんなナイトの顔面を素早く掴み、指に力を込めて兜を破壊。

 頭蓋骨も砕くと絶命したのか、身体が力無く頽れる。


 これで俺の分は片付いた。

 來華も今しがた最後の一匹に止めを刺したところ。

 残すはシャーマンただ一人。


「私もいきます……ッ!」


 息巻くシュナリアは自らの手首をひっかき、一筋の傷をつけた。

 そこから溢れた血が、意思を持ったかのように宙を漂う。


「『血槍』ッ!」


 血が赤い槍の形に姿を変え、シャーマン目がけて飛翔する。

 シャーマンも対抗魔術を唱えようとしていたが、先に血の槍が顔面を貫いた。


 階層守護者が全滅し、彼らの死体が魔力の粒子へ変わっていく。

 残されたのは魔石と鉄の破片のようなもの、それから緑色の液体で満たされた小瓶……下級ポーション。


「これで三層も突破か。階層守護者でこれなら、まだ余裕がありそうだな」

「ですね。ほぼ個人技だけで押し切ってしまいましたし」

「もっと歯ごたえのある敵と戦いたいわね。旦那様との決闘には遠く及ばないわ」

「いずれ満足できる敵が出てくるはずだ」


 ダンジョンとはそういうもの。

 進めば進むだけ敵が強くなる。


「俺たちも置いて行かれないように強くならないと」

「そのためにもやはり装備は整えた方がよさそうです」

「転移門を有効化したら見に行ってみましょ。お店が締まってなきゃ、だけれど」

「今は午後五時過ぎだ。多分まだ開いているだろう」

「……淵神さん、今端末を見ずに答えましたよね?」

「体内時計は正確にと鍛えられた。ダンジョンでは時間間隔がおかしいこともあるらしいからな」


 素直に答えるとシュナリアは若干引いたような目をしていた。

 おかしいな……また何か変なことを言ったのだろうか。


「わかると便利だから二人の鍛えてみるといい」

「それが出来たら苦労しないのですが」

「便利なのは同意するわ。あたしも意識してみようかしら。自分の中に崩れないリズムがあるのってすごくいいと思うの」

「理屈ではわかりますけど……すごく難しいことを言っていません?」

「だから毎日意識し続けて、無意識に刷り込ませるんだ。慣れればどうということはない。日々の積み重ねが大切だな」

「なるほど」


 全ては日々の弛まぬ努力に通ずるのだ。

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