疾駆

目の前に空が広がる、青い空と白い雲、だがそれは疾駆する。

人の身では確実に届かない速さ、例えカメラ越しでも無視できないその圧力が好きだった。


彼、”カイ”は決して上位のランカーでは無い、しかし粘り強い操縦で観衆からの人気はある。

蛇の様な彼のしつこさは空戦仲間からある意味嫌われていたが、同時に恐れと尊敬もあった。


完全な強さではなくだからと言って見どころの無い戦いはしない。

判官贔屓ではないが、カリスマ性の様なものが彼の戦いにはあったのだ。


そして彼は空戦に飛び出し一度高度を上げ太陽を背にする。

相手機の直上、位置、角度全て完璧だ。


―――垂直降下


機銃で相手機の真ん中を打ち抜く!

90°にすれ違った両機は海へ墜ちて行く

だがカイの機体は機首を持ち上げ再び蒼穹へ昇ってきた。


カイは右手を軽く上げ筐体の外から見ているであろう人たちにも勝利を伝えた。

彼の勝利に人々は熱狂した。



その時、警告音が鳴る


まだ倒し切れて無かったか?

そんな思いで墜ちた筈の相手機の方角を見る、通信が続く。


『こちらメビウス未確認の戦闘機が我が領土に迫っています、

 既に警告は無視されている状態です。仮想空戦中の機体は迎撃を』


なにを言ってるんだ。

相手機は倒した、あとは帰還するだけ、これは言わばただの娯楽だ。


『重ねて指示します、仮想空戦機は”迎撃”を』


実戦など経験したことはない

カイは震える手で操縦桿を握り”敵機”を確認する。


確かに近づいてくる未確認機

咄嗟に高度を上げた直後、機銃が掃射された。


重い実弾の機関銃音がヘッドギア越しにも聞こえてくる。確かに当たればこの機体は撃墜されるだろう。


何故だ!なんの為に!敵?何処が!?

疑問は尽きない、だがカイの震える手は迷わなかった。

力強く操縦桿を握り直し再度の集中、既にランカー「カイ」に戻っていた。


2度、3度互いの機体をロックしながらも直撃は出来ない、相手もやる。

しかし敵機直上―――


獲った


機銃の掃射が片翼を破壊し遥か下方の海へと落ちて行く正体不明機


落ちてゆく機体が海面に吸い込まれる刹那、カイの視界に一瞬映ったもの。

それがコクピットの中の「人の影」だったのか、それとも自分の幻だったのか……

答えは風にさらわれた。

カイの心には言い知れぬ恐怖と戸惑いが生まれていた。

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