第11話 ロマンティックの練習

「ノア~、詳しく聞いてもいいー?」

「……」


 玲くんを見る、リムチ―の冷めた視線。もしかしてリムチ―、「玲くんが全てを知ってる」って気づいて怒ってる?


「ステラがニセモノって知ってるのに、なんでメンバーに言わないの?」……みたいな。


「俺が女子と帰ったら、リムチ―に迷惑がかかる?」

「ふーん、そうやって交わすんだ?」


 ひぃ! 一触即発!


 さっきまでの仲良しさんは、どこへやら。水を打ったように静まり返った部屋。そんな重たい空気に終止符を打ったのは、やっぱりヤタカだった。


「おいおい、さっきの団結力はどこ行ったんだよ。ケンカするために集まったんじゃねーよ。せっかくお泊り合宿に来たんだ。親戚が来るまでに、何を撮っておくか決めようぜ」

「ヤタカの親戚が、この後くるの?」


 ピリッとした空気を払拭した玲くんに、ヤタカが頷く。


「本当は俺たちだけの予定だったんどな。〝子供だけで何かあったらいけないし、女の子もいるから〟って。急遽、叔母が来ることになったんだ」

「まぁ、それが一番安心だよね」


 玲くんは「良かったね」と、私に笑いかけてくれる。さっきは私のせいでリムチ―と険悪になったのに、こんな時まで気遣ってくれるなんて……玲くん、優し過ぎるよ。


「というわけで、撮るテーマを考えるぞ! 何かいい案ないか?」


 仕切り直したヤタカに、しぶしぶリムチ―が従う。膨れっ面のまま、器用に提案した。


「ここって、広けた小高い丘の上に建ってるじゃん? だから結構なんでもできるよね。アウトドア系とか」

「さっきの料理配信が好評だったなら、キャンプ飯はどう? 内容を、おやつ系に変えて」


「でもNeo‐Flashは食いしん坊って思われそうじゃない?」

「今までにない斬新なイメージが、吉と出るか凶と出るか、だな」


「うーん」と、皆が腕を組む。私も何か提案しようと頭を捻るのだけど……こういう時、出ないものだなぁ。本ステラなら、何を思いつくかな。本ステラは、結構おもしろい企画を考えるんだよね。名誉挽回で、ここは意見を出したいところ……!


 ステラ、ステラ……あ!


 窓の外を見る。家から違う開けた景色が、視界いっぱいに広がった。


「あのさ……〝星空の下でロマンチックな事を言う〟っていうのはどう?」


 皆の視線が、一気に私へ向く。うぅ、緊張する……。だけど、言ってみよう!


「ここって建物で視界が遮られないでしょ? だから星がキレイに見えるんじゃないかなって。星空の撮影をしながら、ロマンチックな事を言い合うの」

「ウチのリスナーは女性が多いし。いいな、それ!」


 ヤタカがパチンと指を鳴らす。さっきリムチ―が使っていた紙を横取りし、メモを書き連ねる。


「悪くないかもね。いつもかたっ苦しい勉強の動画しか上げてないし、新鮮でハズレがないと思う」

「ただ、俺ら未成年だから時間帯が限られるなー」


「保護者の監督の下なら、夜の十時まではいけるらしいよ」

「親戚の人って、いつ来てくれるのー?」


「五時に仕事が終わるから、それからって言ってたぞ」

「じゃあ星空が出る時は、いてくれるって事だね」


 三人のスピーディーな話し合いに、必死に追いつこうと頑張るけど……。皆そろって頭の回転が速いから、覚えきれないよー!


 ふとヤタカの手を見ると、会話に入りながらも、しっかりメモをとっている。すご! 私なんて、ただ聞くだけで精一杯なのに!


「ってわけで。夜までに、ロマンチックなセリフを考えてきてくれ。もちろんステラも参加な」

「「え?」」


 私と玲くんの声が重なる。同時に、ヤタカの眉が跳ね上がった。


「ハッハッハー、男子だけだと思ったか?残念だな。ステラのファンの中には、男性リスナーもいる。女性リスナーだって、聞きたいと思っている子がきっといる。だから頼むぞ」

「わ、わかった……」


 諦めて頷く。うぅ、まさか自分で自分の首をしめる事になるとは!


「じゃあ休憩~。俺はショート動画の編集をするから、一時間後にココに集合でいいか?」

「いいよ、俺も自分の動画を撮って来る」


 ヤタカとリムチ―が席を外す。誰もいなくなったリビングに、私と玲くんだけが残った。


「ゆの、大丈夫?」

「え、あ……はは。うん、何とか」


 頬をポリっとかく私を見て、なぜか玲くんは、バツの悪そうな顔を浮かべる。


「俺たちのために案を出してくれたのに、まさか巻き添えにしちゃうなんて。ごめんね、ゆのはステラじゃないのに……。撮影、嫌じゃない?」


 ツキン


 胸がきしんだ。撮影が嫌だから、って理由じゃなく。


『ゆのはステラじゃないのに』


 この言葉に、「今は夢を見ているだけで、現実じゃない」って思い知らされたから。


 この場にいるけど、しょせん私は一般人で……。合宿が終わったら、ステラじゃなくなる。動画を作る側から、見る側に戻るんだ。また画面越しにノアの姿を拝む毎日。その日常が、戻って来る。


「……」

「ゆの? 大丈夫?」


「え、うん。大丈夫」

「……本当に?」


 向かいの席から移動した玲くんが、隣の席へ移る。さっきより近くなった玲くんに照れちゃって……思わず顔を下げる。すると頭上から、優しい声が降って来た。


「俺ね、嫌なんだ」

「え、嫌?」


 顔を上げると、眉を下げてちょっと悲しそうに笑う玲くん。何に、悲しんでいるの?首をかしげた私の顔を支えるよう、玲くんの温かい手が頬に寄る。


「ゆのが、男性リスナーにロマンチックなセリフを言うのが、なんか嫌なんだよね」

「ど、どうして?」

「んー……。さぁ、どうしてだろう」


 玲くんは、へにゃりと顔をほころばせる。


 そんな顔を見せられて、ときめかないワケがなく。赤い顔を下げる私を見て、玲くんも照れたようにそっぽを向く。なんだか、くすぐったい空気。全身が、柔らかい雰囲気に包まれていく。


 でも、改めて考えると……玲くんも、女子リスナーにロマンチックな事を言うんだ。たくさんの女性リスナーに、玲くんの甘い言葉が届く――想像すると、さっきまでキュンとしていた胸が、あっ気けなくしぼんだ。


「私も、嫌だな……」

「え? 嫌?」

「……あ」


 しまった、声に出しちゃってた! 両手で口をおおう。だけど、玲くんが許してくれなかった。


「さっきの言葉、ほんと?」


 いつの間にか玲くんに両手を握られていて……逃げられない。うろたえる私を見て、彼の瞳がキラリと光る。


「もし本当なら、俺、自惚れちゃうよ?」

「う、己惚れる?」


「だって〝お互い同じこと思ってる〟って事でしょ?」

「!」


 玲くんの言葉が、頭の中をグルグル回る。そして、更に赤面した。だって、さっき私……玲くんのロマンチックな言葉を、色んな人に聞かせたくないって思ったんだよ? 玲くんを独り占めしたい、って思っちゃった。


 そんな独占欲丸出しの私と、玲くんが同じ? 玲くんも、私に対して、そう思ってるの? 私を独り占めしたい、って――


 っていうか、私って玲くんのことが好きなの?

 私が好きなのは、ノアだよね?)」


 推しを推してるはずが、実物の推しを好きになってるなんて。そんな事、あっちゃダメだ。いちファンの領域を超えている。それに例え「玲くんを好き」になっても、しょせん叶わない恋だ。


 だって玲くんってイケメンなんだよ? 駅で女子に囲まれるほどモテモテなんだよ? そんな人に私が恋するなんて……無謀だ。


 ということは、やっぱり私が好きなのはノアって事だよね……?


 気持ちの折り合いがついたはずなのに、心がスッキリしない。まさか、カレーを食べ過ぎて胸やけしてるのかな? 胃の当たりをさすっていると、玲くんが顔を覗き込んで「大丈夫?」と心配してくれた。


「しんどいなら、部屋で休む?」

「う、ううん! 大丈夫」

「そう? 無理しないでね」


 黒い前髪の向こうで、真っすぐ私を見る瞳。ゆるやかに弧が描かれた薄い唇――そこはかとない色気に、つい目を奪われる。


「ゆのが元気ならさ、いま練習してみない?」

「練習?」


「ゆののロマンチックなセリフを一番に聞けたら、俺のモヤモヤも落ちつきそうだし」

「も、モヤモヤ……?」


 小首をかしげていると、「じゃあ俺からね」と。モヤモヤの意味を聞けないまま、玲くんが立ち上がる。


「ゆのは、そのまま座ってて」

「う、うん」


 今の間に、もうセリフを思いついたの⁉ やっぱり玲くん、すごいなぁ。玲くんのロマンチックは、きっと参考になるだろうし。しっかり聞いて、私も自分のセリフを考えないと!


 ヤル気をメラメラ燃やしながら、玲くんを見る。すると玲くんは、気まずそうに視線を左右させた後――座ったままの私を、優しく抱きしめる。

 

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