第10話 グループの……絆?


「うまそーなカレーが出来たなぁ。最初の流血事件が嘘みたいだな」


(キラキラ光っているようにさえ見える)美味しそうなカレーを見て、ヤタカも目を輝かせた。っていうか……流血事件って、私のことだよね⁉


 絆創膏を巻いた指を隠し「お騒がせしました」と頭を下げる。すると自ずと、目の前のカレーと距離が近くなる。美味しそうなお昼ご飯に、思わず喉が鳴った。


 結局、あの後――私が絆創膏を探しているうちに、皆が具材を切って、カレーを作り終えていた。


 うぅ、ぜんぜん役に立てなかった。してもらってばかりじゃダメだし……、あ! ゴム手袋をつけたら、お皿荒いはできるよね? よし、そこで挽回しよう! このままじゃ、ステラの名前に傷がついちゃう!


 むん、と気合を入れた時、向かいに座る玲くんと目が合う。私をじぃっと見つめたかと思えば、ハッとして、次にニッコリした。


 玲くん、どうかしたのかな。もしかして、私の顔に何かついてる?


 ポケットから急いで手鏡を取り出し、覗きこむ。特に何もついてなくて、ホッと胸をなでおろしていると……隣から、小さな声が届いた。


「何をどう頑張ったってアンタはステラに成り得ないんだから、無駄な努力はしない方がいいよ」


 その通りだけど、もっとオブラートに包んでほしいよ、リムチー!


 私の隣にいるのを良い事に、皆には聞こえない小さな声で、的確に攻撃される。あいかわらず言葉が鋭い! 命中率100%だよ! まさか本物リムチーが、ここまでドライだとは思わなかった。お姉ちゃんが〝あぁ言った〟理由が、今なら分かる。


『私は、メンバーのプライベートを見ても、ゆのがドン引きしないか心配なのよ』


 あれは「リムチー=ドライ」の事を言っていたんだ。私はNeo‐Flashのファンだから、本物リムチーを知っても嫌いにはならない。もちろん、ビックリはしたけどね!


 でもリムチーって、私が偽物って分かっても、他のメンバーに言おうとしなかった。きっと本ステラの意思を尊重してるんだと思う。そこまでステラの事を思ってくれるリムチーって……ドライだけど、やっぱり優しいよ。


「よーし、料理の写真撮影おわり。さっきコテージの写真をアップしたら、リスナーからの反応が良かったんだよな。だからカレーを食べてる時、少しの間ライブ配信しようと思う。被写体は、もちろんカレーだ」


 持って来た機材を、長方形のテーブル上にセットするヤタカ。小さなお皿に盛ったカレーを見て「よしOK」と、口に弧を描く。


「その機材、すごく高そうだね」

「めーっちゃ高かった。お年玉ぜんぶ使ったわ」


「ぜ、全部!?」

「それでも足りなかったから、先五年分のお年玉も前借りしたぞ」


 す、すごい……! ヤタカ、そうまでして機材が欲しかったんだ。するとヤタカが「俺さ」と、機材を愛おしそうに見つめる。


「満足のいく動画配信をしたいんだ。満足行くモノ撮って、満足いく編集して、満足いく動画にして、たくさんの人に見て欲しいんだよな。だから……ここまで有名になれたの、嘘みたいに嬉しいんだ。だって俺たち、もう少しで登録者10万人いくんだぜ?」


「信じられねーよな」と、ヤタカが笑う。


「俺一人じゃ絶対できなかった。だから、お前たちには感謝してんだよ」

「ヤタカ……」


 感動して、心臓がキュッと締まる。仮ステラなのに、泣きそうだ。


「あ、改まって言わないでくれる?寒いなぁ、もう」


 憎まれ口を叩くリムチーだけど、頬は赤く染っていて……その色が「ヤタカと同じ気持ちだ」って素直に教えてくれる。もちろん、ノアも――


「いこうね、10万人。俺たち4人で、絶対に」

「おう!」

「はいはい」


 わ、私も返事していいのかな? でも今は、仮ステラだし……。そんなことを思っちゃうのは、ちょっと寂しいなぁ。


 疎外感を覚えるのは当たり前。本来なら、ここにいるべきはお姉ちゃんで、私じゃないもん。ちょっと寂しい気持ちになって、下を向く。すると「ステラ」と、三人の声が重なった。


「なに静かになってんだよ」

「空気読まなさすぎー」


「でも」とうろたえる私に、ノアが柔らかい笑みを向ける。


「俺たち4人。ステラも一緒に、でしょ?」

「っ!……うん!」


 テーブルの真ん中に、皆で手を合わせる。私も、絆創膏を巻いてない方の手を、勢いよく差し出した。上に乗ったのは、ノアの手。温かくて、「ここにいていいよ」って言ってくれてるみたいで嬉しい。


「じゃあ、これからもよろしくな!」

「Neo‐Flash、登録者10万人」


「絶対に達成する」

「えいえいおー!」


 ヤタカの声にみんなが反応した。天井に突き上げた手が、光をつかまんと、先までピンと伸びている。すごい一体感に、体がビリビリ痺れる。今までにない団結力!


 やっぱり私、Neo‐Flashが大好き!


 するとヤタカが「よし、一旦止めるか」と機材を操作する。ん? 止める? どういうこと?


「えーっと、実はな」


 皆から不審な目を向けられたヤタカは、気まずそうに説明を始める。


「何かいい動画が撮れるかもって、さっきからカメラ回してたんだよ。でも思っり良い動画になりそうでさ……お前ら、本当にありがとう」

「うっわ。俺たちを利用したんだー?」

「じゃあ、さっきのは芝居?」


 リムチーとノアに詰め寄られ、ヤタカは苦笑を浮かべる。両手をブンブン振って、「違うって!」と必死だ。


「さっきのは本心!マジだっての!」

「どーだかなー」

「ヤタカは、いつも動画の事しか頭にないんだから」


 言い合うNeo‐Flash、新鮮だなぁ。動画では、いつも仲良しだから……。


――ハッ! いま私、すっごく貴重な光景を見ているのでは!?


「心にLecしなきゃ!」

「いや、アンタもかよ」


 リムチ―に、パシッと背中を叩かれる。う、冷ややかな目だ!


「動画バカは、ヤタカだけでいいのー」

「わ、私も動画撮りたいよ!」

「ステラは壊滅的に撮影が下手だからなぁ」

「そうそう。ってわけで諦めて」


 えぇー……。お姉ちゃん、そんなに撮影が下手なんだ……。記念にと思ったけど、残念。動画では使えないネタ(俺ら)だからって、撮影却下されちゃった。


……でも、嬉しいな。


 撮影できないのは残念だけど、さっきのやりとりで、リムチ―との心の距離が縮まった気がする。キッチンにいた時は険悪な雰囲気だったけど、今は普通に話せてる。少しだけ仲良くなれたと、思っていいよね?


「ねぇ、リムチ―」

「なに」


「よければ今度、撮影の仕方を教えてくれる?」

「!」


 最初こそポカンとしたリムチ―だけど、引き下がらない私を見て、諦めたらしい。


「悪いけど、センスない弟子にはスグ見切りつけるからね」


 鼻で笑われたことも気にせず「頑張る!」と返すと、ヤタカとノアが笑い始める。この場が一気に、和やかな雰囲気に包まれた。


「あーバカらし。お腹空いた、さっさと食べよーよ」

「そうだね、温かいうちに。皆で一緒にね」


 揃って「いただきます」をした後。和気あいあいと話しながらライブ配信を開始した。


 ❀


 カレーを食べ終え、ライブ配信が終わった後。ヤタカが「そう言えば」と、皆を見まわす。


「俺らって同じ学校なのは知ってたけど、こうやって会うのは初めてだろ? なんとなく互いを知ってると思うけど、せっかく集まったから自己紹介しようぜ」


 え、自己紹介⁉ 大丈夫かな……。


 するとヤタカと目が合う。いま一瞬だけヤタカの目が細くなったような……気のせい?


「じゃあ俺からな。ステラと同じ、三年C組。森(もり)武流(たける)。

動画の通り、得意科目は社会。今年受験生だが、国語以外の科目もイケるから、勉強面に関して不安はない。だから今までと変わらず動画を撮っていくつもりだ。よろしくな」


〝ステラと同じC組〟! ヤタカから思わぬ情報をもらい、心の中でガッツポーズ! せっかく貰った情報を忘れない内に、早めに自己紹介しよう!


「次、私! 三年C組。小鈴(こすず)つむぎ。得意科目は国語。よろしくね」


 するとリムチ―から「ねぇ」と、質問が飛んでくる。


「ヤタカが頭いいのは何となく分かるんだけど、ステラはいいの? 受験はどうするの?」

「……ん?」


 私が〝本ステラの情報〟を知ってると踏んだリムチ―が、紙とペンを用意して、メモする気満々で私の回答を待っている。でも……リムチーごめん。お姉ちゃんが受験生だって、さっき気づいたよ!


「えぇっと~……」

「……」


 すると私と同じく、なぜかノアも気まずそうに視線を下げる。そんな中、助け船を出したのは、ヤタカだ。


「ステラ、成績は悪い方じゃないだろ?この前も〝受験本番ギリギリになるまでは撮影できる〟って言ってたもんな」

「そ、そうだよー!普段から撮影のために勉強してるから、受験なんて楽勝だよ」


 と言いつつも、お姉ちゃんに気を揉み始める。お姉ちゃん、どこの高校を目指してるんだろう。家で受験の話もしないし。もしかして、何も考えてない!?


 不安気そうにする私を気にしてか。玲くんが「次は俺ね」と、私に微笑む。


「二年B組、綾瀬玲。得意科目は数学。でも理科も好き」

「ちょっとノア。俺の担当科目を横取りしないでよ」


 動画では理科担当のリムチ―が、眉をひそめる。


「こんな食えない人たちが先輩だなんて……後輩の俺が可哀そうだよ、本当。一年A組、乙瀬(おとせ)莉斗(りと)。俺は皆みたいに全教科オールマイティじゃないから、理科だけはこれからも頑張って勉強していくつもり」


 流れ的に、リムチ―も全教科得意なのかと思ったら……そうじゃないんだ。ちゃんと苦手なことを口にするリムチ―、カッコイイな。仮ステラだってウソをついてる私とは、大違いだ。再び落ち込んでいると、リムチ―が爆弾発言を投下する。


「そう言えば、この前ノアが同学年の女子と帰ってる所を見たよ。今のステラくらいの身長っていうか、全く同じ雰囲気だった」

「う⁉」

「……」


 今のステラくらいの身長とか、同じ雰囲気とか――身バレ、スレスレ発言すぎるよ! リムチ―を見ると、ニヤリとほくそ笑んでいる。まさか、この流れでヤタカにバラすつもり? 仲良くなれたと思ったのは、気のせいだったのー⁉

 

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