第12話 失敗とめげない心
「へ⁉」
「ごめん……マジマジと見られると恥ずかしい」
「は、恥ずかしい?」
「うん。だから、俺じゃなくて……キレイな星空を見て?」
……あ。ロマンチックなセリフ、もう始まってるんだ。
私を抱きしめたのも、お芝居ってことなんだね! ビックリした……!
自意識過剰な反応をしたことが恥ずかしくて俯いていると、急に両頬を掴まれる。そのまま、クイッと上を向かされる。見上げた先には、視界いっぱいに玲くんの顔――
「聞いてもいいかな? ゆのは俺と星空、どっちが好き?」
「ッ!」
んな、んな……甘ぁー!! 玲くんのとろけそうな目、いつもより低い声! 喋り方もゆっくりで、今までの玲くんとまるで違う!
もちろんもちろん! そんなの玲くんに決まってるじゃん! 玲くんの方が、お星さまより輝いてるよ!
「ゆの?」
ハッ! 自分の世界に入り込んでた!
慌てて自我を取り戻す。このまま私もセリフを言おう! 後から改めて言うのは、恥ずかしくて出来そうにないし! この状況を使って、何かロマンチックなセリフ……。
あ、そうだ! 私も下から手を伸ばし、玲くんの両頬を掴む。そしてニコリと笑みを浮かべた。
「確かめてみて。私の瞳の中――玲くんと星空、どっちが写ってる?」
「っ!」
グラリと揺れたのは、玲くんだった。口を片手で覆い、その場に座り込む。
「玲くん! どうしたの⁉」
「今の……〝ダメ〟」
弱々しい声は、私まで届かなくて。顔を見ようとしても、手のひらで返される。うぅ、鉄壁の防御!
あ、変なセリフにドン引きしたのかな⁉
心配で、私も玲くんの隣に座り込む。すると、ほぼ同時に、玲くんから鋭い視線が向けられた。
「俺以外の奴らに、その顔は禁止。そういうゆのを知るのは、俺だけってことで」
「え?」
「あと、さっきのセリフ。ぜったい撮影で使っちゃだめだよ」
「えぇ!? 絶対?」
「ぜ・ったい・ダメ」
「そ、そんなぁ……」
まさかのNG! 勇気を出したのに、そこまでヒドかったなんて!
「変なセリフ言ってゴメンね」
「違うよ、俺に耐性がなかっただけ」
耐性? 耐性ってなんだろう? 変なセリフを聞いても、気分が悪くならない我慢強さってこと?
もしそうなら、余計に動画では使えないね。全国のリスナーが、調子を悪くしちゃう!
ステラの実力を発揮できないのも、Neo‐Flashの動画が低評価になるのも、絶対ダメ! もっと練習しなきゃ!
「玲くん、お願いがあるの!」
「お願い?」
「いっぱいロマンチックなセリフ考えるから、練習に付き合ってください! お願いします」
きょとんとした玲くんは「もう充分なのに」と、小声で呟く。
「じゃあ、一つだけ約束」
「約束?」
「俺以外の奴と練習しないこと。いい?」
「? うん、わかった!」
体調不良者を、これ以上出さないためにも。小鈴ゆの、ロマンチックがんばります!
その後――何度か練習が続き、あっという間に一時間が経った。別行動していた二人が、ぞろぞろとリビングに戻って来る。
「お待たせ―。バッチリ編集してきたぜ! ん? なんかお前ら、顔が赤くね?」
「まさか、風邪でも引いたの?」
「え、あはは……っ」
「……何でもないよ」
ロマンチックなセリフを、これでもかと練習した私たち。練習が終わった現在、サウナに入ったみたいに全身が真っ赤になっていて……。ゆでだこの私たちを心配したヤタカとリムチ―が「無理するなよー」と。アイスノンと体温計を渡してくれた。
そして日が落ち始めた、午後六時ごろ。予定通り、ヤタカの叔母さんが来てくれた。
「武流の叔母です。みんな、よく来てくれたわね。今夜は撮影をするんだって?何か困った事があったら、何でも言ってちょうだいね」
「「「よろしくお願いします」」」
たれ目が優しそうな方だ。しかも私と同じ、ボブヘア! でも毛先が上品に内巻きカールされていて、大人っぽい。大人の女性って、素敵だなぁ。
「あなたがステラちゃんね?」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「ふふ、元気でステキね」
「元気で、素敵?」
「私にはない、あなただけの羨ましい魅力ってことよ」
「!」
私の方が「大人の女性ステキ」って羨んでいたのに……。その人に羨まれる要素が、私にもあるんだ。元気な魅力――私にしかない、大事な個性。今は「ステラ」になりきっているから、なるべく自分を忘れてお姉ちゃんの寄せて振る舞っているけど……。
自分だけの個性。忘れないよう、大事にしていきたいな。もちろん、今は胸の内にコッソリ締まっておくけどね……って。ん?
その時、みんな揃って窓を覗き始めた。
「そう言えば、ここに来る途中、すごく雲が黒かったのよ」
「げ、マジだ。さっきまで晴れてたのに、曇ってきてるな」
外を見ると、そこかしこに暗雲が漂っている。まさか雨が降る? 星空、ちゃんと見られるかなぁ? スマホで天気を確認すると、降水確率は半分半分。つまり、降ってもおかしくない状況。
「しまったなー。天気のこと、確認してなかったわ」
「わ、私が悪いよ!初めに天気を確認して発言すれば良かったのに、ごめんね」
「コレ、俺ら全員の落ち度だから。勝手に自分を責めないでくれる?」
「でも……うぅ。うん、ごめんね」
リムチ―の言葉に、胸のわだかまりが小さくなる。申し訳ないって気持ちは、消えないけど。
「星空が撮れなかった時のために、代案を考えとくか。何かあるか?」
「って、急に言われてもね……」
「少し考える時間をくれる?」
「つっても、そんなに時間ねぇぞ」
空気がギスギスしてきた。いつも冷静なヤタカも、撮影目前に企画が流れそうで、珍しく焦っている。どうしよう。全部、私のせいだ――!
「ステラちゃん、はいコレ」
コトン
優しい声と共に、テーブルに置かれたのは、ココア。温かい湯気が、緊張で強張った顔をフワリと包み込む。
「星空の案、聞いたわよ。ステラちゃんの案なんだって? ステキだわ~。叔母さん、絶対に動画を見るからね!」
「ありがとうございます、でも……」
窓の向こうをチラリと見る。さっきよりも、空が黒さを増した気がする。
「私、皆に迷惑かけちゃって……ごめんなさい。せっかく素敵なコテージをお借りしたのに……」
「そんな事ないわよ」
叔母さんは椅子を引っ張り、私の隣に座る。ココアもテーブルの上に二人分ならんだ。
「こういう時に、どっしり構えるのが男ってものでしょ? 三人もいるんだから、きっと素敵な案を思いつくわよ。だからステラちゃんは自分を責めないで、肩の力を抜けばいいの。私とココアを飲みながら、ゆっくり待ちましょ?」
「でも……」
「いい? ステラちゃん。目に見えない未来を楽しく想像する――これが信じるって事よ」
「信じる……?」
優しい笑みを浮かべた叔母さんが、ゆっくり頷く。
「晴れる未来を信じる。万が一雨が降っても、他の子たちが代案を思いつく未来を信じる――心配することも大事だけど、それ以上に、信じることが大事なの」
「信じることが大事……」
叔母さんが頷く。今の話を聞いていた、他のメンバーも一緒に。
「みんなを信じる……。うん、そうだね」
復唱すると、さっき生まれたわだかまりは、もうなくなっていた。それは私だけじゃなく、皆も同じ。
「不安にさせてごめんな、ステラ。俺たちで案を出すから、ステラは気楽に待ってろよ。お前は、撮影の時にきちんと笑えるよう、リラックスしておけ」
「うん――ありがとう、ヤタカ」
ヤタカの顔に、もう焦りは浮かんでいない。冷静で真面目で、頼りになるリーダーの顔だ。
「さっきステラに良い案出されて悔しかったから、今度は俺が出してやるもんね」
「負けず嫌いだなぁ。でもさぁ、ステラ。これは期待できそうだよね?」
パチンと、玲くんがウィンクを飛ばす。同時に「もし案が出なくても怒らないでよ」と、リムチ―が唇をとがらせた。
「ま、案が出なかったら出なかったで〝フリートーク〟でいいんじゃね?勉強動画を撮ってる裏話とかさ。リスナーに話したいことって山ほどあるしな」
「この前、珍しくヤタカが遅刻してルームに入った事とかね?」
「それは俺のイメージが崩れるからNGだ!」
「じゃあ、それ代案①ね~」
「なんでだよ!」
アハハ!と、一人の笑い声に、みんながつられる。わだかまりだけじゃなく、ギスギスした空気もすっかり消え失せた。いつも動画で見る、温かい雰囲気そのものだ。
そっか。これが、信じるってことなんだ。
「叔母さん、みんな……ありがとう」
ソファに並びながら、スマホやパソコンで検索し合う三人。その背中に小さくお礼を言った後、叔母さんに「とある事」を提案する。
「叔母さん、新聞紙と紐ありますか?てるてる坊主を作りたくて」
「あら、いいわね! 叔母さんも久しぶりに作っちゃお♪」
さっき叔母さんが褒めてくれた、私の魅力。それは、元気! 皆の意見がまとまるのを待つのもいいんだけど……。どうせなら、元気な私だからこそ出来る、そんな何かをしたい。
みんなと一緒にいられるのは、この合宿が最後。だから後悔がないよう、精一杯のことをやっておきたい!
「ステラちゃん、テープもたくさんあるから、どんどん作りましょっ」
「はい! ありがとうございます!」
その後。叔母さんと談笑しながら、Neo‐Flashの人数分+叔母さん、計五人のてるてる坊主が完成する。その甲斐あってか――一番星が現れる頃には、雲一つない夜空が広がった。
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