第6話 まさか推しが、後ろの席⁉
「おはよー、ゆの」
「まーちゃん。おはよう」
同じクラスの日坂 麻衣美(ひさか まいみ)ちゃん。黒髪のショートがカッコイイ、美人さん。一年生から仲良しになった子だよ。奇跡的に、二年生も同じクラスになれたから幸せなんだぁ。
「ゆの、なんか眠そう?」
「そう。脳が私を寝かしてくれなくてさ……」
「またNeo‐Flashの動画を見すぎたんでしょー?」
「ちょ、まーちゃん!しーッ」
引っ込み思案な私は、クラスの皆に「推しがいる!」って言えないでいる。言ったら言ったで、仲間が増えそうな気もするんだけど……なかなか一歩が踏み出せないでいる。だから昨日も、誰もいない教室を狙って動画を見ていたの。推しについて堂々と語れたら、すごく楽しいだろうなぁ。
「はぁ……」
「何か悩み?小鈴さん」
この声は……! ギギギと後ろを向くと、黒髪サラサラな綾瀬くんが、心配そうに私を見つめていた。
「わぁ! いや、あの! ごめん、何でもないの」
「そう? 大きいため息が聞こえたから」
「き、聞こえちゃった……?」
「聞かなかったこと、にする事もできるよ?」
クスクス笑う綾瀬くん。クールと言われている人が、そんなお茶目なこと言うなんて!
ギャップが面白くて「じゃあ聞かなかったことにしてください」と、素直に自分の気持ちを伝える。そう言えば――綾瀬くんには「Neo‐Flashのノアが推し」って言う事が出来たんだよね。すごく自然に言えたから、自分でもビックリした。それに、さっきも自分の気持ちに素直になれた。綾瀬くんって、不思議な人だな。
「そうだ!綾瀬くん、足はどう?」
「うん。帰って湿布を貼ったら、だいぶ良くなったよ。来週までに治ってほしいな」
「来週? 何かあるの?」
すると綾瀬くんは「え、だって」と言ったけど、何も離さず口を閉じる。そして、しばらく考えた後。首を横に振った。
「ううん、何でもない。来週はちょっとね、旅行に行くんだ」
「へぇ、いいね!ゴールデンウイークだもんね」
楽しんできてね!と言うと、なぜか綾瀬くんは顔を隠した。ん? 肩が震えてる?
「綾瀬くん、笑ってる?」
「ごめん、小鈴さんがツボで……っ」
「私!? 何かしたかな?」
「いや、いいんだ。うん、ふふ」
本当に楽しいんだろうな。いつもキリッとした綾瀬くんの目が、ふんにゃり柔らかい雰囲気になってる。屈託なく笑う綾瀬くんを見ると、なんとなく嬉しくなって。私もつられて笑った。
「昨日も思ったんだけどさ、綾瀬くんて話しやすいよね」
「え、俺? そうかな」
「そうだよ。私ね、自分の推しの話とか、今まで人に出来なかったの。私一人が盛り上がって、その場の空気を下げちゃったらどうしようとか……しなくていい心配をしちゃって」
「ふぅん?」
綾瀬くんは、コテンと首を傾ける。そして「一つ聞くんだけど」と、顎に手をやった。
「Neo‐Flashのノアは、〝人に話して共感されない〟ような男なの?」
「え!そんな事ないよ、絶対にそんな事ない!ノアはカッコいいもん。話したら、きっと聞いた人が皆〝推せる!〟って言えるくらい、魅力的な人!」
「…………そ、そっか」
綾瀬くんは少し照れて、うつむいた。夕日が出ているわけでもないのに、ほんのり赤く耳が染まっている。
「綾瀬くん?」
「ううん、なんでもない」
顔を上げた綾瀬くんの、優しい笑み。思わず見入ってしまうほど、かっこいい。
「俺はさ、小鈴さんが大事にしてるものを、堂々と話せばいいと思うよ。ノアの新たなファンが増えるかもしれないしね」
「あ……そう言えば、チャンネル登録者10万人を目指すって言ってたような」
「小鈴さんのおかげで登録者が増えたら、すごい貢献だよね」
私が、Neo‐Flashに貢献? ノアの役に立てる? それ、すっごくステキだ!
「今度から色んな人に、ノアの話をしてみる!推し仲間を増やしてみる!」
「うん。よろしくね」
ん? よろしく? 気になったけど、授業開始のチャイムが鳴る。慌てて教室に入った先生が「席につけー」と教壇へ向かった。座りながら、綾瀬くんにお礼を言う。
「相談に乗ってくれてありがとうね、綾瀬くん」
「元気が出たなら良かった」
綾瀬くんがほほ笑んでくれると、笑ってくれてる~と思って嬉しいんだけど……ちょっと恥ずかしい。だって綾瀬くん、本当にイケメンなんだもん。ずっと聞きたいくらい、聞く声も心地いいし!
あれ? そういえば……
昨日、ノアの声を聞いた時も、心地いいって思った。ずっと聞いていたいって。それにノアの声を聞いた時、ふと綾瀬くんを思い出した。あれは、なんでだろう?
ん~と、頭にハテナを浮かべて悩んでいると。チョイチョイと、後ろから肩を叩かれる。見ると、なんとなんと。イスから腰を浮かせた綾瀬くんが、私の耳へ近づいていた。
「今日の放課後も、一緒に帰らない?」
「え?」
「小鈴さんに、聞いてほしいことがあるんだ」
「わ、分かった……!」
私に聞いてほしいこと? なんだろ。テーピングのやり方、とか? でもアレ、動画を見ただけのにわか知識だよ? グルグル考えても分からない。瞼も重くなってきて……。あ、そうか。寝不足だからだ。寝不足+苦手な数学の授業=脳の限界。
ぐぅぅ、がんばれ私~!
放心状態になりながら。黒板に並ぶ、めまぐるしい数字を追いかけた。
そして放課後。バスケ部に行くまーちゃんを見送った後、昨日と同じ帰路につく。校舎の裏側に行くと、既に綾瀬くんが立っていて。私を見つけると、スマホを持つ手を上げた。
「ごめんね、今日も帰ろうなんて言って」
「ううん。それより、聞きたいことって?」
単刀直入に話に入った私に対し、綾瀬くんはニコリと笑うだけ。どうしたんだろう?疑問を覚えていると、綾瀬くんは意味ありげに目を細める。
「帰りながら話そうか、仮ステラちゃん」
「うん!……んむぅ!?」
ピシッと石像のように固まった私を見て、綾瀬くんは「図星だね」と。仮定を、確信に変えた。なんで、どうして。どこで、どうやってバレた!?
頭の中がグルグル回って、何をどう返事したらいいか分からない! 「私は仮ステラじゃないよ」って誤魔化す? でも綾瀬くんに、ウソをつくことになるよね。じゃあ「そうだよ」って肯定する? でも、早速バレてもいいのかな? お姉ちゃんに怒られそう……!
う~、何て返事すればいいのー!?
バクンバクン、と激しく脈打つ心臓。血管の中を、すごい勢いで、血が回っているのが分かる。
「もし小鈴さんが仮ステラなら……俺は嬉しいかも」
「え?」
「ってわけで、はい。家に着いたよ」
「えぇ!?」
見上げると、目の前に私の家があった。え、まさか私……。帰り道の間、ずっと悩んでいたの!?
「ごめん綾瀬くん。私ったら、一言も話さないままで」
「いいよ。百面相してる小鈴さん、見てて飽きなかったし」
私、そんな変な顔になってた!? しかも綾瀬くんに見られていたなんて恥ずかしい!
「わ、忘れてください! それで、あの……さっきの話は……」
「もちろん。誰にも、メンバーにも言わない。ステラの気持ちも、分からなくはないし」
そう言って、私を見つめる綾瀬くん。初めて向けられる、憂いのある瞳。今の綾瀬くんは、私じゃなくて……お姉ちゃんを見てる気がする。
「ステラのワガママに、少しだけ付き合ってあげる。だから小鈴さん、ヤタカとリムチ―にバレないよう、頑張ってね」
「あ、ありがとう」
「じゃあ、また」
サッと手を振る綾瀬くんに、胸をなで下ろす。綾瀬くん、黙っててくれるんだ。良かった……!
「ん?」
待って。今まで普通に喋ってたけど、さっきの言い方だと……!
「綾瀬くんが、ノア!?」
ここに来て、ノアと綾瀬くんの接点に気付く。
「黒髪に、切れ長の瞳が印象的な爽やか系の顔。ずっと聞いていたい、心地いい声……。じゃあ私、ずっとノアと一緒だったの!?」
後ろを向くと、綾瀬くんも、同じように私の方を振り返っていた。意地悪な笑みを浮かべながら、フリフリ手を振る。
「もし数学が苦手なら、動画じゃなくて直接教えてあげるからね? これからよろしく、仮ステラ」
ウィンクをした後、真っすぐ帰る綾瀬くん。その長身から、いつまでも目が離せなくて……。だって、まさか。まさかだよ⁉ 後ろの席に、推しがいたなんて!
「ということは……。お泊り合宿に、綾瀬くんも来るってこと⁉」
最近仲良くなったクラスメイト。兼、私の最推し。今度のお泊り会。このダブルフェイスに、耐えられる気がしません……!
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