第7話 仮のメンバー、仮の彼女⁉

 私の推し・ノア=クラスメイトの綾瀬くん。


 そう判明してから、というもの。学校では緊張からギクシャクしてしまって、推しこと綾瀬くんと話せないまま、ゴールデンウイークに突入。ついに合宿の日!


「全然、寝られなかった……」


 大きな荷物と共に電車に乗り込み、空いた席へ座る。目的地は、ここから一時間だっけ? ちょっとの間、寝られるかな。


「はぁ、昨日の撮影も散々だったし……私、本当に大丈夫なのかな」


 あれから何度かNeo‐Flashの撮影があって、回数をこなすごとに、ステラ役が板についてきた。綾瀬くんとは学校で話せないけど……。


 撮影では顔が見えない分、少しリラックスして話すことができた。といっても、まだまだ粗が目立つ「仮ステラ」。昨日もヤタカから「ステラって最近しゃべらないよな」って言われちゃって。ボロが出ないように発言を控えていたのに、それが裏目に出ちゃった!


 すると固まる私に助け船を出してくれたのは、綾瀬くん――ノアだった。


≪ステラは、最近大人しい系キャラに方向転換したんだよね?≫

≪え、マジ?そういう事は早く言えよ。グループのパワーバランスがあるだろうが≫

「き、期間限定のイメチェンだから。すぐ元のキャラに戻るよ?」


≪ったくステラは、ノアにだけ何でも話しやがって。そういうのはリーダーである俺に言えよな≫

「ご、ごめんね」


 謝っている途中、ヤタカの言葉が頭を回る。お姉ちゃん、ノアにだけ何でも話してるんだ。そう言えば、ノアもいつか言ってたっけ。


『もしかして〝あの事〟で悩んでる?』

『ステラの気持ちも、分からなくはないし』


 ノアは、お姉ちゃんの気持ちを知っているような話し方だった。つまりお姉ちゃんは、ノアには相談してるんだ。どうしてノアにだけ? 他の二人じゃダメなの?


「まさか二人は内緒で付き合ってる、とか……?」


 仲の良い二人を想像すると、胸の中がチクチク痛む。なんだろう? あまり寝られなかったから、体が不調だったりする?


「っていうか、二人のこと気にしてどうするのって話だよね。私には関係ないことだし」


 さー、寝よねよ。一分一秒でも寝ておかなくちゃ、もったいない!


 そう思っているのに。寝不足で眠たいはずなのに……。頭の中が、変に冴えてる。脳内にいるのは、あの二人。ステラとノア。お姉ちゃんと綾瀬くん。二人って、どういう関係なんだろう――――


「ず、小鈴――小鈴さん」

「んぅ……?」


 目を開けると、電車がナナメに傾いていた……あ、ちがう。これ、私の体がナナメになってるんだ。いつの間にか寝ちゃったみたい。今、どの辺だろう。


「おはよう小鈴さん。もう到着するから、そろそろ起きとこうか」

「……んぇ…………えぇ!?」


 見上げると、キャップとマスクをつけた、私服姿もカッコイイ綾瀬くんの姿。少し見惚れた後。彼の肩に私の頭が乗っていることに気付いて、急いで体を起こす。


「わぁ⁉ ごごご、ごめんね! 重かったよね!?」

「ううん。よく寝られたみたいで良かった」


 ニコリと笑う綾瀬くんの横には、私と同じく膨らんだカバン。いかにも「これからお泊りです」っていう大きさだ。あぁ、やっぱり〝そう〟なんだ。


「綾瀬くんが……ノアなんだね?」

「うん。そうだよ」


 頷いた綾瀬くんを、ポーとのぼせた瞳で見る。だって推してやまない実物のノアが、隣にいるなんて……!


「私ったら本人を前に、ノアのことを熱く語ってたんだね」

「ビックリしたけど、俺は嬉しかったよ?」


 目を細めて笑ってくれた綾瀬くんに、ドキンと胸が高鳴る。あぁ、今日も推しがカッコいい……!


「私、気持ち悪くなかった?かなり熱が入っていたし」

「全然。むしろ愛を感じたかな」

「愛……」


 確かに、推しに対して愛はある。毎日欠かさず動画を見たり、SNSを追っかけたり。初めて動画を見た日から、ノア一直線だ。


「愛、ふふ。その通りかも」

「!……そうなんだ」


 返事をした綾瀬くんは、まるで顔を隠すように、マスクを上げる。


「今の、〝効いた〟かも」

「きいた?」

「ううん、コッチの話」


 綾瀬くんが目じりを下げて笑うと同時に、目的の駅に到着する。各々荷物を持って立ち上がっていると、「電車とホームの間に段差がありますので、お気をつけください」とアナウンスが流れた。


 だけど荷物を運ぶのに必死な私は、全く聞いていなくて。何の警戒心もなく、ホームに足を降ろす。


「うわぁ!」

「ゆの!」


 ガシッと、綾瀬くんが私のお腹に手を回す。それにより電車からズリ落ちることなく、何とかホームに足が着いた。


「あ、ありがとう綾瀬くん……っ」

「それより、怪我はない?」


「綾瀬くんのおかげで、大丈夫!」

「よかった。コレの恩返しが出来たかな?」


 コレ、と言った時。いつか綾瀬くんが捻挫した足を指さす。もうスッカリ治ったのか、綾瀬くんはしっかりした足取りでホームに降り立った。


「集合場所は改札出てすぐ、らしいけど。どこだろう?」


 改札を探す綾瀬くんの隣で、はたと。さっきの光景を思い出す。


『ゆの!』


 そう言えば、名前で呼んでくれたよね? 私の苗字でも、ステラでも、お姉ちゃんの名前でもなくて……。綾瀬くんは、確かに私の名前を呼んでくれた。


「……っ」

「ん? どうかした?」

「ううん! 何でもない……ん?」


 周りからザワザワした声が聞こえる?


 不思議に思って見回すと、女子の大群がすぐ近くにいた! もちろん目当ては、綾瀬くん。キャップとマスクをしているからNeo‐Flashのノアだとはバレてない。でもキャップとマスクをしているのに、隠しきれないイケメンオーラが、こんなにも女子を引き寄せるなんて!


「あの、もし良かったら連絡先おしえてくれませんか?」

「この後、お茶でもどうですか?」

「私もー!」


 数多の女子に囲まれた綾瀬くん。私は一人、輪の外で「大丈夫かな?」とソワソワ中をうかがう。だけど、いきなり腕を掴まれ、そのまま輪の中に引きこまれた。


「ごめんね。今日は、この子と用があるんだ」

「……え?」


 瞬間、女子たちの鋭い視線が私に突き刺さる。「この子」って……私!?


「〝この子〟って、まさか、あなた?」

「彼女ー?」

「え、と……っ」


 女子の顔が、みんな怖いよ!――えぇい、こうなったら!


「い、いこう。れーくん!」


 無我夢中で、綾瀬くんの腕を引っ張り、輪を抜ける。一瞬、綾瀬くんは驚いた顔をしたけど……「れーくん」って私が呼んだ途端、瞳が見えなくなるくらいキュッと笑った。


「ってわけだから、ごめんね。ばいばい」


 恐怖に震える私とは反対の、余裕たっぷりの綾瀬くん。唖然とする女子たちに向かって、どこぞのアイドルのように手と笑顔を振りまいた。


 ❀


「はぁ、はぁ……っ」

「小鈴さんのおかげで、早く改札口に着いたね」


 猛ダッシュで改札口を通り、やっと一息つく。膝に手を置き肩で息をする私とは違い、綾瀬くんの涼しい顔といったら。


「綾瀬くん、なんか慣れてる……?」

「慣れてないけど、こういう経験は初めてじゃないから……巻き込んでごめんね」


 言いながら「はい」と、キンキンに冷えた水を渡してくれる。お金を出そうと財布を持つと、長い指に押し戻された。


「お詫びだから、飲んでくれると嬉しいな」

「わ、わかった。ありがとう」


 マスクで見えないのに、優しく微笑んでくれたのが分かって……もう一度お礼を言って、ありがたく水を頂いた。ぷはーッ。生き返る。緊張と全力疾走で、喉がカラカラだったんだぁ。完全に力が抜けた私――を狙ってか。綾瀬くんが、とんでも発言を繰り出す。


「それより〝れーくん〟って?」

「ぶッ、げほ、ごほ!」


 そう言えば! あの時、慌てて下の名前で呼んじゃったんだ!


「ご、ごめん。綾瀬くんって言うと、個人情報丸出しかなって思って……」

「玲も個人情報だけどね」


 クスクス笑う玲くん。黒い髪が、笑顔と一緒に揺れている。カッコイイ姿に、瞳が吸い込まれそう。


「同じ学校の子がいたら、いくら変装してても〝綾瀬〟って呼んだら即バレだもんね。気を遣ってくれてありがとう」

「え、ううん! 私の方こそ、ありがとう」

「ありがとう? 俺なにかしたっけ?」


「電車から落ちそうになった時〝さゆ〟って私の名前を呼んでくれて、嬉しかった」

「え、嬉しかった?」


「うん」


 ポカンとした綾瀬くんが、少しずつ顔を赤らめる。


「推しに私の名前を呼んでもらえるなんて、一生忘れないよ! 最高に良い思い出!」

「あー……そっちね」


 綾瀬くんの顔色が、少しずつ戻る。一度だけ深呼吸した綾瀬くんは、「あつー」と服をパタパタさせながら手を伸ばす。そして「ちょうだい」と、私からペットボトルをさらった。


 綾瀬くんが、躊躇なくペットボトルに口をつける。ペットボトルに、口を……⁉

 

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