第12話 アンバーエイヴ

 独特な歩行音が、猛スピードでハオランたちのいる場所まで接近してくる。ハオランがはっきりとその音を聞いた頃には、すでに音の主が姿を表していた。


 追跡者がトンネルから姿を現した。その両足はネコ科動物のような形をしており、両腕は全体を覆う丸みのあるガントレットで覆われ、類人猿のように長く、だらりと垂れていた。そしてそれら四肢が繋がる胴体はボディアーマーでしっかりと防御されている。


『気ぃつけなはれ。あれはアンバーエイヴや』

 ミニソンが警告する。


「アンバーエイヴ……、閉所特化型のパワードスーツか」

 名前と特徴は知っていたが、実物を目にするのは初めてだった。エイヴの名の通り、敵サイボーグのシルエットは大型類人猿のようにも見える。


「動くな!」

 パワードスーツを装備したサイボーグが怒鳴る。

「妙な痕跡があると思って来てみれば、なんだぁお前」

 サイボーグはハオランをまじまじと観察してから、どこかへ連絡するような素振りをみせた。

「警備室、E-32区画にて不審者を発見した。指示をくれ」


 ハオランは己の迂闊さに憤りを覚えた。侵入時の連絡の遅れといい、敵の察知が遅れたことといい、あまりにも杜撰な行動ばかりだった。しかしそれは高すぎる目標というものだ。


 アーバンエイヴの駆動音はあくまで静かで軽快。その歩行音は、前世紀に登場した電気自動車のような静穏性をしていた。


 アクパーラ2の騒音に馴れきったハオランの耳が接近してくる歩行音を聞き逃したのは、無理もないことだ。それでも彼は自分を許すつもりにはなれなかった。


〈気合いを入れ直すんだ。ハオラン、おまえの肩には会社の命運がかかっているんだぞ〉

 ハオランは心の中で己に発破をかける。この状況をなんとかして切り抜けねばならない。

 彼はゆっくりと右手を腰に装備したもう一つの武器へと伸ばした。


「動くなぁ! 変な動きをすればこいつでバラバラにしちまうぞ。指一本動かすんじゃねえ!」

 不審な行動を察知したサイボーグが鋭く言い放つ。男は自身のサイバネアームを見せつけた。その指の間から、三本の鋭利なアイアンクローが飛び出した。


 ハオランは動きを止めた。その手は既に腰の武器に添えられている。いつでも攻撃可能だ。


「了解、連行する」

 サイボーグは両脚部に力を込めて床を蹴った。格子状の金属床が衝撃で歪む。猛獣のごとき鉄の爪が、侵入者を引き裂かんと飛び掛かる。


 向かってくる具現化された強烈な死のイメージに、ハオランの体は考えるよりも前に動いた。視界に映るすべてがスローモーションのようにゆっくりと流れていく。腰の武器が逆手で引き抜かれる。携帯型の黒色刀だ。


 短刀程度の長さだった刀は、鞘から引き抜かれると同時にそのサイズを変化させた。耐久性と可変性を両立した暗器が、アイアンクローを迎え撃つ。


 ハオランとアンバーエイヴ。両者の武器が交わる。刀身同士の激突に火花が散った。遅れて、悲鳴にも似た金属同士のぶつかる音が空間に響き渡る。


「すげえ、俺の攻撃を受け止めやがったな。タイミングは完璧だったはずだぜ」

 サイボーグが驚嘆の声を漏らす。油断させてから飛びかかり、相手の胴体をバッサリと切り裂くのがお決まりのやり方だった。


「そんなに驚くことか。もしかして奇襲のつもりだったか? バレバレなんだよ!」

 ハオランがヘルメット越しにサイボーグを睨み付ける。

 意外なことに、パワーは互角。だが体躯はアーバンエイヴを装着するサイボーグが勝る。


『あかん! そいつの爪は鋼板だってスライスするほどの切れ味や! 体に受けたらバラバラにされるで!』

 ミニソンが警告する。


 ハオランは全身の人工筋肉に力を込めて、サイボーグを押し返した。


 サイボーグがよろめき後退する。


 好機と見たハオランは、刀を自身の顔の横で水平に構えて床を蹴った。格子状の金属床が歪んでへこむ。 


 迷いのない突きで、防御が薄いボディアーマーの隙間を狙う。


「ヒャハッ! ぬるいぜ!」

 サイボーグがその場でジャンプをして刀の突きを回避した。その長い両手はしっかりと天井を伝うパイプを掴んでいる。


 攻撃を避けられたハオランは、サイボーグの真下を通過すると、すぐに突きの構えを解いて振り向いた。そこにサイボーグのキックが飛んでくる。

 防御姿勢で構えた刀がキックを受け止めた。衝撃がハオランの全身に伝わってくる。


「悪いな、ここは俺の庭だ。ホーホッ、アーハッハ!」

 サイボーグは片手で天井からぶら下がり、挑発的な笑い声を上げた。その姿はまさに猿の如し!


 ハオランがホルスターから拳銃を引き抜き発砲した。三発の弾丸がぶら下がるサイボーグを狙う。


 サイボーグは弾丸をひらりと躱し、そして両足で拍手をしてみせた。


『ハオラン、落ち着くんや! 目的を思い出せ! ここは入り組んでいて狭い。ここは閉所でも自由に動ける奴の独壇場や! パワーだってさっきは互角だったけど、それは奴が出力をセーブしていたからやで。フルパワーでこられたらひとたまりもなくお陀仏になってまう! 逃げるんや!』


 必死な口調で逃走を促すミニソンの声を、ハオランは無視した。何もせずに敵に背中を向けて逃げるなど考えられない。


 退路などない。スミカのために、これは絶対に成功させなければならない仕事だ。実際、P.E.Gの経営は苦しい。スミカは冗談まじりに言っていたが、その実情はまったく笑えない状態なのだ。


 それに、機動力はアンバーエイヴを装着した敵サイボーグが上だ。現実的に考えても、逃げたところで背中から貫かれるのが関の山だろう。状況は向かい風。それでもハオランの剣筋が迷うことはなかった。


「プレゼントふぉうyou!」

 サイボーグが手近なパイプを引きちぎり、ハオラン目掛けて投げつけた。生身で受ければ縫合不可能な傷となること必至の歪んだ断面が鋭く飛ぶ。

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