第11話 鳴動する島
呆気に取られて固まるハオランに構わず、ボールは話し続けた。
『なんやなんや黙りこくって。挨拶もなしかい。良くないわそういうの。そんな目で見んといてや。俺ちゃんが珍しいのはわかる。でもな、まず初対面の相手には挨拶するもんやろ? それが人間のマナーやん? 俺ちゃんはあんたの事知っとるけど、そんな態度されると傷つくわー』
どんな仕組みをしているのかは不明だが、ボディの中心に埋め込まれたカメラアイは忙しなく動き様々な感情表現をしてみせた。
ハオランは頭の中に響くボールのものらしき機械音声の騒がしさに、段々と苛立ちを募らせる。こちらに喋る余地を与えず、おまけにうるさすぎる。妙な話し方も、苛立ちに拍車をかけていた。
「ちょっと待て、うるさい。少し落ち着いて話せ」
ハオランがたまらず言うと、ボールのマシンガントークが止まった。
『あー、そかそか! 会話速度が速すぎたんか、ゴメンやで、ちょっと待っとってな……、よし、それならこれでどうや!』
『俺ちゃんは、アクパーラの副支配人ビンソンの分身の一体や。名前は、そうやな…、ミニソンとでも呼んでくれや。シェン・ハオランさん。あんたのサポート役を仰せつかっております。よろしく!』
ボール改めミニソンが自己紹介をした。変わらず口数は多かったが、話すスピードは人間に合わせてスロースピードになったので、先ほどよりも大分聞き取りやすくなった。
「ああよろしく、ミニソン。早速だが、スミカのことは知っているな。アクパーラで待ってるオレの雇用主だ。彼女と連絡をとりたい。君に任せればいいのか?」
バカなことをしているうちに、連絡をする時間がどんどんと過ぎていく。一刻も早くアクパーラで待機しているスミカに連絡をして、状況を伝えたかった。
『もちろん! そのためにいるんや、大船に乗ったつもりで待っとき!』
そう言ってから、ミニソンがうんうんと唸り始める。
ハオランの視界の端に、新規の通信リンクが表示された。
『アクパーラとの通信を確立。暗号防壁、正常に稼働中。通話いけるでえ!』
ミニソンが通信が繋がったことを告げて口を閉ざした。
『ハオラン! 聞こえているなら、状況の報告をして!』
入れ替わりに、心配そうなスミカの声が無線越しに聞こえてきた。
「聞こえている。すまん、連絡するのに時間がかかった。こちらは侵入に成功した」
安堵のため息が聞こえてくる。
『よかった。予定の時刻に連絡がなかったから心配していたの。なにかあったわけ?』
「ああ……、いや、何でもない。ただの機材トラブルだ。すでに解決した。遅れを取り戻す」
燐光の事を伝えようか迷い、結局黙っておくことにした。燐光はすでに消えており、跡形もない。ないものをあったと言うなど、傍目から見て異常者にしか見えない。
あれはただのケミカルライトの光だ。
ハオランはそう思うことにした。水面からはっきりと見えるほどの不定形な光量を放つことのできるケミカルライトがあるかは別として、それが一番それらしい理由だった。
不安を煽るような事を言って、スミカを心配させたくはない。
『それならいいわ。わかっていると思うけど、目的地はまずその施設の中央管制室。今はメンテナンスシャフトにいるのよね? それなら、その場所にハシゴがあるはずだから、そこから昇るのが最短よ』
「了解。また進展があれば連絡する。通信終了」
ハオランは、縦穴に設置されたハシゴを掴んで一歩一歩確実に昇り始めた。昇り進めるごとに、上から下に流れる風の温度が上昇していくのを感じた。冷えきった体に、温かさが戻ってくる。
『いやあ、それにしてもえらいゴツい所やなあ。迷わんか心配やわ。ハオランさんもそう思うやろ? この先は何が待っとるんやろうか、ワクワクするで』
ミニソンがハシゴを昇るハオランの周囲で飛び回りながら話す。
「頼むから少し静かにしてくれ。そのおかしな喋り方で話し続けられると、頭がおかしくなりそうだ」
たまらずハオランはミニソンに黙るよう指示をした。
口頭でのコミュニケーションが可能なインターフェースは便利だが、これほどにおしゃべりだと、気が散ってしょうがない。
『初見なことばっかりで騒ぎすぎたわ、すまんやで! そんじゃあ、必要そうな時だけ話す感じでええか?』
「ああそうしてくれ。俺が質問した時とトラブルがあった時、この二つの時だけ話してくれ。わかったら返事して黙っていてくれ」
『了解! 俺ちゃんはやればできる子や、お茶の子さいさい! ワン、ツー、スリー、はい黙る!』
ミニソンの音声が途絶えた。だが、彼の球体ボディは正常に稼働してハオランの周囲で浮遊している。
ようやく静かになると、ハオランはため息を吐いた。このガジェットは本当に役に立つのだろうか。その性能のほどはいまだ疑わしい。今のところ、ミニソンは喋って浮いて通信ができるだけのおもちゃでしかない。
ミニソンへの理解は後でゆっくりと行おう。そう考えながら、ハオランは確実にハシゴを昇り進めた。騒がしかった状況から一変、静寂に包まれた長い長いハシゴの旅は、次第に彼の心を瞑想のような気分に陥らせる。早くこの場所から抜け出したかった。後々の影響など考えず、上昇するペースはどんどんと速くなっていく。
そして数分後、ハオランはようやくハシゴの終点にたどり着いた。出口は四角い金属製の蓋が被せられていた。ハオランは慎重に蓋に手を添えて軽く力を入れてみた。蓋はキィと鳴いて、蓋自体の重量以外の抵抗もなく、簡単に開いた。
「ミニソン、外を見てこい」
ハオランはひそひそと小さい声でミニソンに指示を出した。耳を澄ましても聞き取れないほどの小さい発声だったが、コンバットスーツの首もとに備え付けられた咽頭マイクのおかげで、どんな小声でも問題なく仲間との意志疎通が可能だった。
『了解やで』
ミニソンも声のトーンを落としてささやくように言った。
「なぜ小声で話すんだ。そっちの声は俺の頭ん中で響いているというのに」
ハオランはミニソンのささやくような喋り方に眉をひそめた。
ミニソンは、その陽気な喋り方を、自身の球体ボディに搭載されたスピーカーから垂れ流しているわけではなかった。
今回、ハオランは骨伝導で受信者のみに聴こえるタイプの通信機を装備していた。ミニソンはそれに合わせて、ハオランの耳小骨を直接振動させる方法で音声を伝えていた。しかも音は大きくなりすぎないよう自動調節もされる。だから、ミニソンのささやくという行為は、本当なら不必要な行為なのだ。
『人間っぽいやろ。一度ついたクセは中々とれんのや。少し我慢してくれると嬉しいわ。ほな行ってくるで!』
ミニソンが隙間から勢いよく飛び出していった。
<あそこまで人間くさいと逆にわざとらしい>
ミニソンにそんな印象を抱きながら、ハオランは息を殺しながら報告を待った。
一人になると、縦穴の底では聞こえなかった様々な音が聴こえてくる。配管内を流れる流体の音、機械の駆動音、金属同士がぶつかる音。様々な音がハオランの耳を混乱させようとしてくる。
ゴウンゴウンと微細な振動が、ハシゴを掴むハオランの手に伝わってくる。規則的なその振動は、まるで生き物の鼓動のように思えた。
今、自分は想像もできないスケールの巨大な生物の体内にいるのではないかと、そんな錯覚すらしてくるようだった。
『周囲に人影はなし。問題なしやで』
ミニソンから、周囲の安全が確認されたと通信がきた。リンクさせていたミニソンのカメラ映像をモニタリングしていたが、確かに周囲は安全そうだった。
〈機能は確かなようだな。少しは信頼できるか。それにしても、どこまでこのジャングルは続くんだ?〉
映像越しに見える外部の様子から、この先もまだ配管が続いているようだった。
ハオランは縦穴の蓋を開け、影のような静かさで穴から這い出した。開けた蓋をしっかりと閉めてから、警戒を緩めずに立ち上がり、施設見取り図を網膜ディスプレイに表示させた。
マップ上には、赤く丸いアイコンが強調表示されている。これが現在地だ。ハオランはマップと現実世界を照らし合わせて最短ルートを探す。
現在地の左右には通路が伸びていた。マップを確認する限りでは、中央管制室に近いと思われるのは右側の道だった。
「よし、移動する。ついてこい」
その言葉にミニソンが反応。ハオランの動きに合わせて移動を開始する。
幸いなことに、今度の通路は短かった。数分もしないうちに配管だらけのトンネルは終わりを迎え、景色が開ける。さっきまでのざらついて灰色だった床も、網目の細かい格子状の金属床に変化している。区画が切り替わったことは明白だった。
『ハオランさん』
ミニソンがハオランに声をかけた。その声色は神妙そのものだ。
ふざけている様子はない。ハオランにもそれくらいはわかった。
何か良からぬことが起こるのだろうか? オブシディアンめいたフルフェイスヘルメットで頭部を覆ったハオランは、暗視装置を起動した。全身の感覚器官を総動員して周囲を警戒する。
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