第6話 忠義の士
スミカからのじっとりとした視線。シャノンからの暗い欲望を内包した熱い視線の二つがハオランに注がれる。彼は涼しい顔で口を開いた。
「ありがたい申し出ですが、遠慮しておきます。私にはまだやることがあるので」
ハオランはあくまで丁寧な態度で誘いを断った。
シャノンの表情がわずかに険しくなる。満足のいく答えを得られなかったのが不満なのだ。
「幸運の女神が二度同じ幸運を運ぶことはなくってよ。よくよく考えることね」
負け惜しみだ。この女はきっと、自分に少しでも都合の悪いことがあると、嫌で嫌でたまらないタイプなのだろう。それと同時に取り繕うこともできる。そんな人間だ。でなければ、スミカとほとんど変わらない年齢で企業の役職付きになれるはずがないのだから。ハオランは先程からのスミカたちの会話から、シャノンの性格を予想した。
「幸運の女神ならばすでに見つけていますのでご心配なく」
それでも、ハオランはスミカにならいあくまで穏便に事を運ぶ方向で対応した。ここは声を荒らげる場合ではない。だから多少のスパイスを加えて丁重に固辞をした。
「……そう。それならいいのよ。お楽しみ中にごめんなさい。今日のところは失礼するわ。スミカさん、会えて良かったわまた今度一緒に食事でもしましょう」
シャノンは会釈をして別れの挨拶をした。風向きの変化を感じ取ったのだ。ただの護衛の発した言葉。そこに含まれた僅かな敵対的ニュアンスを彼女は読み取り、会話を続行すれば、思わぬしっぺ返しを食らうかもしれない。そう判断したのだ。
「え、ええそうね。また今度の機会に。元気でね」
スミカは強ばった笑みのまま小さく手を振り、背を向けて去っていくシャノンの姿が観光客の姿に紛れていくのを見送った。その姿が完全に見えなくなってから、スミカは大きく息を吐いた。緊張状態にあった全身の筋肉から、力が抜けていく。
「つかれた。すごく疲れた」
「よく耐えたじゃないか。嫌そうな表情は隠せてなかったけどな」
ハオランはスミカの陰鬱な気分を追い出すように、サイバネに置き換えた腕で背中を軽く叩いた。
「これでも頑張ったほうよ。なんならもっと褒めてくれたっていいんだから」
「ハハッ、なら次はもっと上手くやるんだな。堂々としていれば大丈夫さ、社長」
ハオランがカラカラと笑い、それにスミカはなんだか子ども扱いされているようで頬を赤らめた。
「もういいわよ。それより、さっさと食べ物買って帰りましょ」
自分でもかなり無理があると思いながら、スミカは話題を変えた。内容は最初の議題。夕食をどうするかに戻った。
「なんだ、外食じゃなくてよかったのか?」
ハオランが訊ねた。スミカは外で食べたがっている。そうだとばかり思っていた。本当にテイクアウトでいいのか、念のための確認だった。
「いいのいいの。苦手なのと会ってケチがついちゃったから、もう気分じゃなくなったの」
そう話すスミカの表情は、非常に残念がっていた。こうなってはハオランがいくら誘っても外食になることはない。
「そうか。それなら、また会う前に手早く決めてしまおう」
ハオランはスミカの意思を尊重した。無理に外食をしても、気分が損ねている状態ではろくに楽しめない。それはいけない。食事は楽しくあるべきだ。それがハオランの考えだった。
彼は目についた屋台で何種類かの食料をスミカと相談しながら購入すると、ホテルへの帰路に着いた。エスカレーターが上がっていく。見上げた天井は当然だが降りてくるときよりも高く。降りる時には気づかなかったエスカレーターの裏部分の海の装飾が、行きとはまた異なる景色を披露しており、観光客を楽しませていた。
「これ、意外とイケる。観光地の食べ物なんて大したことないと思っていたけど、これは上手い」
ホテルの自室に戻ったハオランは、屋台で購入したブリトーを味見して言った。溶けたチーズが培養肉のハムと絡んで濃厚な味わいを産み出している。
「ほんとだ。美味しい。ねえ、こっちの煮込み料理は食べた?」
「これから。なんだこれ。白身魚?」
二人は購入した屋台飯を次々に味見していった。どれもこれも、観光地にあるまじき高品質な味だった。
「変にレストランで食べるより、ひょっとすると良かったかもしれないなこれなら」
「ほんとね。特にブリトーが美味しいわ」
スミカもブリトーを頬張りながら同意する。
<良かった。笑顔が出てきたな>
よく食べるスミカを見て、ハオランは内心ホッとした。腹が満たされれば、ある程度の不満は解消される。少なくともハオランはそうだった。
「テレビつけてよ。ニュースが見たい」
「了解。どこがいい?」
「ニュースならどこもいいや。あ、でもワイドショーは止めて」
「はいはい、じゃあこれでいいかね」
ハオランはチャンネルのザッピングを繰り返した。芸能ニュース。国際ニュース。地元ニュース。様々な番組を切り替えるが、時間の問題かどこのニュースもすぐに終わってしまった。
「残念」スミカは肩をすくめた。すでにその手からブリトーは消え失せ、煮込み料理は器ごと彼女の手中に収まっていた。
ハオランのザッピングの手が止まった。最後に切り替えたチャンネルのニュース終了後、CMが流れる。勇ましいメロディ、機械と筋肉、そして銃を全面に押し出したアピール映像。三つのSが知恵の輪のように掛け合わされたイラストがトレードマークの大手民間軍事会社のCMだ。
「スリーエス(SSS)さっきのお友達の会社じゃないか」
「ほんとだ。この会社、あまり良い印象がないのよね」
「同業他社で大手だからってやっかみか?」
「違くて、業界内で流れてくる噂よ。小国のクーデターを扇動してるとか、敵対する二つの勢力同時に受注して内戦を長引かせたりとか、よくない評判が多いの」
「そうだな。事実かどうかは置いといても、確かにあの胡散臭さは嫌な感じだ。ただ、それより気になるのは……」
「気になるのは?」
「あのシャノンとかいうお友達のことだ」
「しつこいなあ、もうあいつの事は話題に出さないでよ。ご飯が不味くなっちゃうじゃない」
「まあ聞いてくれ。俺が言いたいのは、彼女もただ観光にきただけじゃないだろうってこと。両脇に立ってたサイボーグ二人。あいつらを見たかよ」
「ええ、どっちも軍用のサイバネアームを積んでた」
「それだけじゃない。おそらく反応系もかなりいじってるね、あの動きは」
「そうなんだ。よくわからなかったけど」
「サイボーグにしかわからない独特なものなんだよ。そういう風に思っとけ。まあ要するにだ。連中もきっと何かの仕事でこの島に来ているから、仕事の内容次第では奴らとぶつかる可能性もあるんじゃないかと、それが心配だと、俺はそう言いたいわけ」
「なるほどね。警戒は必要そうね。おぼえておくわ」
スミカは大きく伸びをして立ち上がった。
「いい時間ね。そろそろ寝るわ。それじゃ」
大きくあくびをしながら、スミカはそそくさとベッドに潜り込む。シーツがもぞもぞと波立つがそれもすぐに止んだ。静かな寝息が聞こえてきた。
<相変わらずとんでもない入眠速度だな>
ハオランは空容器を片付け、自分も眠ることにした。ソファーの弾力はやや固め。好みの寝心地だ。靴を脱ぎ、部屋のクローゼットに収納されていたブランケットにくるまり目を閉じた。飛行機の窓から見た海の景色を思い出した。どこからかさざなみの音色が聞こえてくる気がする。またたくまに深い眠りに誘われていく。深く暗くどこまでも続く海の底へと引き寄せられていく。
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