38. 千年前の都市
「……何か見えてきた。あれが、目的地か?」
地平線の向こうに、巨大な建造物の群れが陽炎のように浮かび上がっていた。
出発から9日目。
予定より1日早く、ついに目的地へとたどり着いたようだ。
「少し上から見てみよう」
リゼを背負ったまま、ふわりと宙に浮かび上がる。
長距離を歩き続けるのは、彼女の体力には酷だったらしい。
この9日間、こうして背負って移動することが何度もあった。
反重力――リゼに教わったマナの基本操作のひとつ。
空中戦では必須の技術らしい。
「……すごいな」
高度を上げると、街の全貌が目に飛び込んできた。
天を突く高層ビル。
碁盤の目のように整備された街路。
これが千年前の遺跡?
まるで、時間が止まった現代都市そのものだった。
――その時。
常時展開している索敵網が、鋭く反応した。
魔物だ。
この速度、この軌道……“レイザーストライク”か。
進行軌道を先読みし、空気の密度を操って即席の網を張る。
高速で飛来した魔物は、狙い通りそこに激突し、バラバラに砕けて霧散した。
リゼから叩き込まれた多彩なマナの応用。
気体操作もそのひとつだ。
マナを扱えば何でもできる――まさに“無限”。
俺がこのギアに付けた名前の通りだ。
ついに、ノクセイア市街に足を踏み入れる。
まるで昨日まで人が暮らしていたかのように、千年前の都市がそこにあった。
「気をつけて進みましょう」
セシルの表情は硬い。
父と兄が消息を絶った場所だ。
当然だろう。
索敵を切らさず、中心部へと歩を進める。
今のところ、魔物の気配はない。
崩れ落ちたビル、ひび割れたアスファルト。
年月のせいか、あるいは激しい戦闘の痕か。
「……何にもないね」
あたりは不気味なほど静かで、俺たちの足音だけが響いては吸い込まれていく。
せっかくたどり着いたのに、このまま何も見つからないんじゃないか――そんな不安すら覚えた。
「怪しい……何もなさ過ぎて、逆に怪しい」
珍しくルミナが真剣な顔をしている。
「同感です」
セシルがうなずく。
「これだけ歩いて魔物が1体もいないなんて、ありえません」
「確か、極端に魔物が少ない場所って、とんでもなく強い個体がいる可能性があるんだよな?」
「はい。強力な魔物は縄張り内の他の魔物を淘汰しますから」
「ノクセイアがとんでもない魔物に滅ぼされたって話……。もしそいつが、まだここにいるとしたら……」
セシルは無言で肯定した。
――都市ひとつを滅ぼす化け物。
本当に、そんなものが存在するのか。
「ここです。3年前、調査隊の消息が途絶えた座標」
目の前には、現代的なビル群の中にひときわ異彩を放つ建物がそびえていた。
荘厳な雰囲気からして、宗教施設だろうか。
だが、その屋根から上階部分にかけては、ごっそりと削ぎ落とされたように失われている。
まるで空間そのものを切り取ったかのような、なめらかな断面。
常識では説明できない。
「敵の気配は?」
「……無いな。少なくとも、近くにはいない」
「そう。なら、入りましょう」
こういう時のマリアの胆力には、いつも感心させられる。
俺も覚悟を決め、彼女に続いて中へ足を踏み入れた。
建物の内部は広大なホール。
壊れた椅子が無造作に散乱している。
「やっぱり……ここ、聖堂ね」
マリアのつぶやきに、なるほどと納得する。
壁にはあちこちにレリーフが刻まれていた。
「あれは?」
ホール奥に、異様な存在感を放つ巨大な装置があった。
装飾とも調度品とも違う。
むき出しの機械仕掛け――ただならぬ特別さが漂っている。
「“記憶装置”ね。街全体の履歴を保存するもの」
「フォルテリアで聞いたやつか」
「そう。でも今はマナの供給が絶たれて、完全に止まってる」
「……マナを込めたら、動く可能性は?」
「理屈の上では。けど、都市規模のインフラを動かすマナ量なんて、普通は――って、まさか」
マリアが、はっとした顔でこちらを見る。
「そのまさか、だよ」
俺は装置に歩み寄り、そっと手をかざした。
全身の力が吸い取られていく感覚。
それと同時に、装置が淡い光を放ち始める。
「危ないっ!」
「ぬおっ!」
セシルに突き飛ばされた――直後。
頭上から、圧倒的な質量を伴った衝撃が降ってきた。
砂塵を切り裂くように、マリアの雷撃が奔る。
轟音とともに直撃。確実に焼き尽くしたはず――そう思った。
だが。
煙を突き破って現れたのは、漆黒の装甲に覆われた蜘蛛のような魔物。
その巨体は煤ひとつ付かず、悠然とこちらを見下ろしていた。
「嘘でしょ……!」
すぐさま、ルミナの
星のような光粒が敵を包囲し、逃げ道を塞ぐ。
閃光。爆裂。光の雨が降り注ぐ。
――それでも、傷ひとつ付いていない。
黒い脚が閃き、ルミナを串刺しにせんと突き出される。
咄嗟にルミナの前へ飛び出し、防御壁を展開。
衝撃。全身がきしむ。
直撃は防いだが、勢いを殺しきれず、ルミナと共に床を転がる。
「いたた……。たー坊、ありがと……!」
爆破は――この狭さじゃ仲間を巻き込む。
なら、動きを止める!
「凍りつけっ!」
脚先から氷が這い上がり、敵の動きを封じにかかる。
だが、数秒と経たず氷は砕け散り、進行が途切れた。
「効かない!?」
次の瞬間、黒い脚が振り下ろされる。
防御壁を再展開――したはずが、刃のような一撃が壁をすり抜け、目の前へ迫る。
刹那――金属音が弾けた。
セシルの刃が、蜘蛛の脚を断ち切る。
切断された脚が宙を舞う。
俺はすかさず距離を取った。
「助かった! 物理なら効くのか」
「いえ、そうとも限りません」
切断された脚が、見る間に再生していく。
何だこいつ……!
今までの魔物とは明らかに違う。
圧倒的で、禍々しい。
まさか、この都市を滅ぼしたのって――。
「颯太」
「リゼ!? 危険だ、隠れて――」
「“相殺”……してる。思い出して」
相殺。リゼに教わった戦術。
攻撃を逆作用の力で中和する、能力者同士の戦いの基本……。
それを、この魔物が?
「なーるほど! そういうことね!」
ルミナが弓を構え、色とりどりの属性を宿した無数の光矢を生み出す。
「いっけーっ!」
矢が一斉に放たれ、敵を襲う。
いくつかはかき消されず、漆黒の体を貫いた。
効いた。
動きが鈍った。
「もう1発!」
再び弓を引く――その瞬間。
蜘蛛の口から白い何かが閃光のように放たれた。
速い!
「えっ――」
粘着質の糸がルミナを捉える。
瞬く間に巻き上げられ、姿は繭の中に消えた。
「ルミナ!」
繭はそのまま手繰り寄せられ、魔物の腹にぴたりと張り付く。
まずい、このままじゃ――!
「前、来るわよ!」
鋭い突き。
反射で跳躍。
上空へ逃れ、魔物を見下ろす。
下ではセシルが立ち回り、敵の注意を引きつけている。
マリアはリゼを庇いながら後方へ。
持久戦は無理だ。
セシルの体力が切れるのは時間の問題だ。
何か、俺にできることは……。
ルミナの多重射撃……は真似できない。
その時、魔物の背中に、きらりと光るものが見えた。
細い亀裂。
そこから、黒い霧が僅かに漏れ出している。
「セシル! 背中に傷がある、そこだ!」
「弱点……? けど、この速さじゃ――!」
そうだ、動きさえ止められれば。
俺なら……やれるかもしれない。
「マリア! 俺に向けて、全力で撃て!」
「はあ!? 正気!? 死ぬわよ!」
「いいから早く! 俺を信じてくれ!」
「――っ、知らないからね!」
雷撃が奔る。
迫る光を掴み、空気で形作った剣へと纏わせる。
バチバチと火花が散った。
即席の魔法剣――!
この剣でなら、雷を相殺される間に斬り込める。
勢いをつけて急降下。
剣を振るう感覚は、体が覚えている。
1本、2本――。
脚を断つ。セシルと2人がかりで、再生より速く切り刻む。
支えを失い、巨体が大きく傾いた。
「今だ、セシル!」
次の瞬間、伸びた脚がセシルを貫く――が、それは幻。
本物は――上だ。
「――はああああっ!!」
空から急降下。
閃光のように短剣が背中の亀裂へ深々と突き立つ。
黒い霧が噴き上がり、魔物の体を食い破った。
耳を裂くような断末魔。
外殻が砕け、巨体が霧散していく。
……勝った。
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