37. 眠れない理由
「すまないな。誕生日なのに、急に仕事が入って」
見上げると、スーツ姿の男性が俺に語りかけていた。
――ああ、いつもの夢だ。そう思った。
「帰りに、お前の好きなチョコケーキを買ってくるからな、颯太」
男はそう言って、俺の頭に大きな手を乗せて笑った。
「颯太の誕生日くらい、誰かに代わってもらえないの?」
「ごめん。用事が済んだら今日は早く上がるからさ」
「パパ、おしごとー?」
「そうよ。ひなた、ママと一緒に“いってらっしゃい”しましょ」
――行くな。
――行っちゃダメだ、父さん!
声が出ない。
いつもそうだ。
この夢の中では、決して思うように動けない。
もし、あの時伝えられていたら。
そんな淡い期待を抱いては、毎回、玄関の向こうへ消えていく背中を見送るだけだった。
場面が変わる。
葬儀場。
目の前の棺に、俺は白い花を入れる。
だが、中に父の姿はない。
1枚の写真が、寂しそうに置かれているだけだった。
棺にすがり泣き崩れる母。
同じく泣きじゃくる妹を、俺は抱きしめる。
きっと俺も泣いていた――そんな気がする。
「……この度はご愁傷さまでした」
眼鏡をかけた堅そうな女性が、淡々と告げた。
「今回の“事故”について、関係者の処分は協会にてお預かりいたします」
――事故? 違う。事故じゃない。
殺人だ。
そう、叫びたかった。
けれど夢の中の俺は、俯いたまま何も言えなかった。
目が覚め、あたりを見回す。
薄暗いキャビンの寝室。
皆の静かな寝息聞こえる。
……久しぶりに、あの夢を見たな。
喉が渇き、水でも飲もうとキッチンへ向かう。
冷蔵庫からボトルを取り出し、ダイニングの椅子に腰を下ろした。
ここは上半分がガラス張りになっていて、外の景色がよく見える。
街の明かりがないせいか、空には無数の星々が瞬いていた。
同じように星が輝いているってことは、やっぱりここも宇宙に浮かぶ惑星のひとつなんだろう。
異世界といっても、太陽も月もある。
創作ものではよくあるお約束だけど、そういうものなのかな。
「……隣、いい?」
暗がりから声をかけてきたのは、マリアだった。
返事の代わりに隣の椅子を引くと、彼女はそっと腰を下ろす。
「ごめん、起こしたか?」
「結構、うなされてたわよ」
「あー……ごめん」
「謝ってばかりね」
「目が覚めちゃったから。申し訳ないと思うなら、聞かせて」
「えっ?」
「何にうなされてたのか。……嫌なら、無理には聞かないけど」
そういえば、父のことを誰かに話したことって、ほとんどなかったな。
学校の友達に、わざわざ重く切り出すような話でもないし――。
「俺、10歳の時に父親を亡くしてさ。今でも、その時のことを夢に見る」
「前にも話したけど、元の世界には“能力者”っていう、マナを直接使える人間がいるんだ。……父さんは、そいつらのせいで――」
「喧嘩の巻き添えで、職場ごと吹き飛んだ。遺体は……もう、人の形をしていなかったって」
マリアは黙って、ただ耳を傾けてくれていた。
「……怖いんだと思う。俺が今使ってるギアの力って、能力者が使う魔法そのものなんだ。大嫌いな奴らと、同じになってる」
「情けないよな。あれだけ調子に乗ってたのに、本当はビビっててさ」
「ふーん」
マリアは頬杖をつき、柔らかく笑った。
「私は、大丈夫だと思うけど?」
「えっ?」
「リゼとの訓練、見てたわ。あの子、すごく丁寧に加減を教えてたでしょ」
「ああ、そうだな」
「あれって、無関係な人や、大事な人を傷つけないためでしょ。あの子は、あんたがそれをできると信じて教えてる」
「リゼが、俺を……」
「そう。私はリゼを信じてる。だから、リゼが信じるあんたのことも――ついでに信じてあげる」
「頼りにしてるわよ」
そう言ってマリアは、こちらを見てほほ笑んだ。
その笑みは、心のもやをすっと吹き払ってくれるようだった。
そうだ。俺はあいつらとは違う。
大事なものを守るために、この力を使うんだ。
「……ありがとう、マリア。よし、この力でサクッと女神に会って、元の世界に帰ってやる」
「そうそう。あんたはそれでいいのよ」
「ところでさ、元の世界にいい思い出もなさそうなのに、どうしてそんなに帰りたいの?」
「ああ、それは――」
俺は、病気の妹と母のことを打ち明けた。
マリアは少し驚いたみたいだったけど、「意外。でも、ちょっと感心したわ」と言った。
「あんたのことだから、“恋人のため”とか言うのかと思った」
「恋人か……いたら、もっと必死になってたかもな」
「あ、やっぱりいないのね。そりゃそうよね」
「……むっ」
からかわれた気がして、思わず口をついて出る。
「いたことはあるし。……こっちに来る少し前に、フラれたけど」
「へえ。まあ、せいぜい頑張りなさい」
マリアは、どこか楽しそうに笑っていた。
――
以前付き合っていた彼女の顔を、久しぶりに思い出す。
まさか俺がこんなことになってるなんて、知る由もないだろう。
……元気にしてるだろうか。新しい彼氏とかできてたら、嫌だな。
「ねえねえ、マリアっち! 昨日の夜、たー坊と2人で何してたのー?」
翌朝、待っていたのはルミナの茶化しだった。
どうやら昨晩のことを気づいていたらしく、ここぞとばかりにマリアをつついている。
「べ、別に何でもないわよ!」
「ほんとにぃ? あやしい……もしかして、たー坊のこと……」
「あーもう、うっさいわね! 何でもないって言ってるでしょ、ねえ!?」
話を振られた俺は、肩をすくめて答える。
「ああ。眠れなくて、ちょっと話を聞いてもらっただけ」
「ふーん……」
ルミナはニヤニヤと納得していない顔だ。
「もうたべられましぇん……」
セシルの幸せそうな寝言が聞こえてくる。
焼き立てのパンの香りとコーヒーの匂い。
リゼが朝食を用意してくれている。
こうして――ノクセイアを目指す旅の、2日目が始まるのだった。
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