36. 遠征、初日から泡と電撃と誤解まみれ

 リゼと並んで荒野を進む。

 夕日に染まった大地に、俺とリゼ、2人の影が長く伸びて揺れていた。

 日没が近い――初日の最後の移動だ。


 リゼの教えどおり、索敵の網を広げ、感知した魔物を遠距離から爆破していく。

 街から離れるほど魔物は減っていくようで、攻撃の頻度も少なくなってきた。


「結構、板についてきたと思うんだけど……どう?」

「範囲も精度も上がってる。颯太は飲み込みが早い……感心する」

「やっぱり?」

「うん。明日からは――爆破以外の攻撃を練習しよう」

「爆破以外? どんなやつ?」


「爆破……正しくは“燃焼”。いちばん簡単な現象。魔法は、対象の“速度”と“質量”に働きかけて現象を起こす。燃焼は、分子の速度を上げた結果」

「反対に、速度を下げれば“冷却”。対象を凍らせることができる」


 カイムの氷の攻撃が脳裏に浮かぶ。


「極めれば、一瞬で相手を凍結させたり、一帯を氷の大地に変えたりもできる」

「一瞬で凍らせるって……即死じゃないか」

「そう。能力者同士の戦いは、即死攻撃の応酬。でも安心して……対抗策もちゃんと教える」


 いや、安心できるかよ!

 ていうか、俺いつの間にそんな人外バトルに片足突っ込んでんだ!?


「……まあ、強くしてくれるのはありがたいけど、元の世界はともかく、こっちでそこまでやる必要――」

「ある」


 俺の言葉を遮って、リゼはきっぱりと言い切った。

 その瞳には、揺るぎない意志が宿っていた。


「仕組みは一緒。だからギアでも同じことができる。カイムも……次はもっと強くなってるはず」

「そうか……そこだけは、いい意味で外れてほしいな」

「わたしとルミナで、皆のギアも強化する。でも、一番頼れるのは颯太」

「なんか過大評価な気がするけど……ありがたく受け取っておくよ」



 太陽が地平線に沈み始めたのを合図に、キャビンへ戻る。

 魔物には視覚がなく、マナで獲物を感知するらしい。

 だから夜は――こっちの方が圧倒的に不利。


 ……でもキャビンは別だ。

 特殊なコーティングでマナを隠せるらしく、普通に生活する分には魔物に気づかれないらしい。

 異世界便利グッズ、ほんとすごい。


「ただいま」


 中へ入ると、食欲をそそる夕食の匂いと、どこか甘いせっけんの香りが混じって漂ってきた。


「おかえりなさい」

「マリア、その格好……」


 迎えてくれたマリアは、もう寝間着姿だった。


「先に三人でお風呂、済ませちゃったわ。あんたがいるといろいろ危険だから。――リゼ、次はあなたの番よ。こいつは私が見張っとくから」

「え? 俺、そんなに信用ない?」

「前にも言ったけど、ミジンコほども無いわ。そのガッカリ顔が何よりの証拠ね」


 え? 顔に出てた? ……そんなはず、ないよな。


 もちろん、自分から何かしようなんて考えてない。

 でも、偶然のラッキーイベントへの期待がゼロかと聞かれたら……さすがにウソになる。



「颯太……お先」

「おう」


 リゼが上がったのを確認して、風呂へ向かう。

 “外”はそこまで暑くなかったけど、結構な距離を歩いたせいで足はずっしり疲れていた。

 この辺りの気候はまだマシらしく、場所によっては灼熱地帯もあるらしい。


 体を洗い、湯船へ浸かる。

 一日の疲れがじわじわと溶けていく心地よさに、思わずため息が漏れる。


 ――はあ、極楽極楽。


 ふと、浴槽にジェットバス機能が付いてるって話を思い出した。


 ……せっかくだし、試してみるか。


 スイッチを押すと、水流が背中を強めに刺激する。

 おお、これはいい。


 他にもボタンがある。試しに泡風呂を押してみる。

 ぶくぶくと泡が湧き上がり、あっという間に浴槽が白く覆われた。


 ちょっと、やりすぎたか。


 止めようとスイッチを探すが、泡に覆われてよく見えない。

 ……これだろ。


 ポチッ。


 次の瞬間、全身にピリピリとした鋭い痛みが走った。


「いっだだだだだっ!」


 慌てて浴槽から飛び出す。

 電気風呂だと!? なんでそんなマニアックな機能が!


「だ、大丈夫ですか!? 何かありました!?」


 外からセシルの声が飛んできた。


「だいじょ――うおっと!」


 床にあふれた泡に足を取られ、派手にすっ転ぶ。


「まさか、敵!?」


 バンッ、と勢いよく扉が開いた。


 ――セシルと、ばっちり目が合った。


 


「痛てて……」


 セシルの投げたボトルが顔面に直撃し、そのまま本人に治療してもらっていた。

 ――さすがはエース。コントロールまで正確だ。


「ご、ごめんなさい……私が早とちりしたせいで」

「いや、俺の方こそ。紛らわしい声を出したのが悪い」


 心配そうに覗き込むセシルに、少しホッとする。

 昼間、なんとなく避けられていた気がしていたからだ。


「まったく……何回セシルにセクハラすれば気が済むのよ」

「全部不可抗力だから!」

「どうだか」


 マリアの冷たい視線が突き刺さる。

 ――もしかして、“外”よりこっちの方が危険なんじゃ……?


「おーい、ご飯にしよーよー!」


 待ちきれないルミナの声が響いた。


「ほら、呼んでる。行こうぜ。……痛みはもう平気だから」


 セシルの治療の手を、少し強引にほどいて立ち上がる。

 ここに長居すると、顔よりも心の方が先にやられそうだ。


 

 食卓には色とりどりの料理が並んでいた。

 どれも食欲をそそる香りを放ち、見るだけで腹が鳴りそうだ。


 これらはすべて自動調理。

 食材を入れるだけで、調理ギアが完璧に仕上げてくれるらしい。


「いただきます!」


 早速、唐揚げっぽい料理を口に放り込む。

 ――うまい!

 空腹にしみわたり、思わず頬がゆるむ。


 一家に一台あれば外食いらず……と思ったが、どうやら「値段が高い」「メニューに飽きる」のが難点らしい。


「そういえばさ……お風呂に電気風呂、あれいる? 結構痛かったんだけど」

「あー、あれねー……」


 ルミナが視線を泳がせ、苦笑いしながら答える。


「じいちゃんの趣味なんだよ。不評だからやめようって皆で言ってるのに、全然聞かなくて」

「私は結構好きよ。慣れると、あの痛みが気持ちいいの」


 ……趣味かよ!

 しかも身近に愛好家がいたし。


 5人で賑やかに食卓を囲んだあと、快適なベッドで眠りにつく。

 遠征は過酷だと聞いていたけれど、これなら余裕かもしれない。

 むしろ快適すぎるくらいだ――そう思った。


 この時はまだ、俺も――俺たちも、数日後に本当の地獄を目の当たりにするなんて、夢にも思っていなかった。

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