12. 異世界デート

「戦闘用ギアは、いかなる時も街の中で使用することができない――」


「これは……誤り。ヴァンガード、もしくはその承認があれば使用可能」

「……正解。やるじゃん。だいぶ正解できるようになってきたわね」

「昨日は死ぬかと思ったからな」


 サボりがバレた次の日、徹夜明けの俺に待っていたのは、かつてないほど壮絶なしごきだった。

 だがその甲斐あって、問題集の正答率はかなり上がってきている。


「じゃ、休憩にしましょ」


 マリアは立ち上がり、コーヒーの準備を始めた。

 勉強の合間に一緒にコーヒーを飲むのが、すっかりルーティンになっている。


「どうぞ」

「サンキュー」


 一口すすれば、疲れた脳が少しだけ元気を取り戻す気がする。


 リゼはというと、図書館がすっかり気に入ったようで、あれから毎日通っている。


「なあ、女神の伝説って知ってる?」


 ふと、あの図書館で見かけた本のことを思い出し、聞いてみた。


「あー、あのおとぎ話ね。けっこう有名よ。どうして?」

「気になっただけ。中身ちゃんと見てなかったからさ」


「そうね……」


 マリアは少し考えてから、静かに語り出す。


「昔、この世界は神々に支配されていて――ある時、神様だけの世界を作るため、人間を滅ぼそうとしたの。でも、その中にひとり、人間を守ろうとする神様がいて……それが女神様。」

「悪い神たちは黒い霧で世界を覆って人を苦しめたけど、女神様はまばゆい光で人々を包んで守った……そんな話」


「へえ……」


「ちなみに、“黒い霧”は魔物の比喩、“光”は空間圧縮ギアを指してるって説があるわ」


 なるほど、完全な作り話じゃなくて、過去の出来事がベースになってるのか。

 それなら、歴史を遡れば女神の手がかりが――?


「この世界の歴史って、どうなってるんだ?」

「あるにはあるけど、女神様はあまり出てこないの。今のように街が圧縮されて以降の記録ばかりで、それ以前の情報はほとんど残ってないのよ」

「そうか……残念だな」


 少し期待していただけに、拍子抜けだった。



「ねえ、よかったらちょっと出かけない?」


 マリアが不意に言った。


「どこへ?」

「あんた、ずっとそのダサい服じゃない。さすがに可哀想になってきたわ」


「だから、私が選んであげる。いいでしょ?」



 そうして、俺とマリアは街へ出ることになった。


 きっとお洒落な店に行くんだろう、マリアはいつもより気合の入った格好をしている。

 

 街の商業エリアはさすが中央というべきか、若者を中心とした人々で賑わっていた。

 若者たちの笑い声、流行ソングらしき音楽、香ばしいスナックの匂い。

 それぞれが、ここにいる人々が“今”を楽しんでいることを伝えてくる。


「ここよ。入りましょ」


 マリアが案内したのは、ガラス張りの洒落たファッションビル。


 正直、俺の格好で入っていいのか不安になる。

 まさに“服を買いに行く服がない”ってやつだな。


 恐る恐る店に入る。

 店内には柔らかい音楽が流れ、落ち着いたライトが服をやさしく照らしていた。


「結構センスには自信あるのよ」

「じゃあ、頼むよ」

「任せといて」


 マリアは鼻歌まじりで服を選び始めた。

 なんだか、すごく機嫌がいい。


「これなんかどう?」


 ネイビーのジャケット。

 シンプルで、俺の好みに合ってる。


「いいと思う。好きかも」

「じゃ、1つ決まりね」


 なんとなく、これはデートっぽいぞ……?

 いやいや、さすがに考えすぎか。

 

 結局、上下の服一式を選んでもらい、代金までマリアが出してくれた。

 なんだかヒモになったみたいで少しみじめな気もしていた。


 早く俺も何か稼げるようにしないとな。


 

「このへん、よく来てたの?」

「うん。昔、こっちにいた頃はね」


 他愛もない会話をしながら街を歩くと、行列が見えた。


「あれ何の列?」

「あれは、クレープ屋ね。あそこ昔から人気なのよ」

「へー……美味しいのか?」

「さあ、どうかしら」

「なんだそれ。気になるじゃん」

「じゃあ……食べてみる? まだ時間あるし」


 気になるから並ぶことにした。

 なんだかうまく乗せられた気もする。


 ふと周囲を見ると、カップルっぽいペアが多い。

 紙袋を持った俺とマリア――まさにその構図だ。


 甘い香りが、マリアからふわりと漂う。

 だんだんと緊張が高まり、紙袋を持つ手が汗ばんでくる。


 ……意識すんな、俺。あの悪魔が相手なんだぞ。


 

「あれ、マリアじゃない?」

「本当だ、マリアだ」


 後ろから、どこか嫌味な声が聞こえてきた。

 見ると、見知らぬ少女たちがこちらを見ている。

 マリアは俯き、視線を合わせないようにしている。


 もしかして、マリアをいじめてたっていう……

 

「無視かよ。昔は媚び売ってたくせにさ~」

「隣のダサい男、彼氏? 趣味悪~」


 好き放題言いやがって。

 でも、俺が知ってるマリアは、そんな悪く言われるような奴じゃない。


「おい、お前ら――」


 咄嗟に声を上げ、マリアの手を引いた。


「俺の楽しいデートの邪魔すんじゃねえよ!」


 怒りと衝動に身を任せる。

 一喝し、マリアの手を引きその場を離れようとする。


「ちょ、ちょっと! まだ買えてないわよ」


 マリアは困るように言うが、強く抵抗しなかった。


 

「あ~あ、クレープ、買えなかったじゃん……」


 マリアが残念そうに言う。


「無理して食っても、美味しくなかっただろ。また今度ゆっくり行こうぜ」


「……ありがと」


 いつもよりしおらしいマリアが、新鮮だった。


「あと一つだけ、付き合ってほしい場所があるの」



 マリアに連れられて入ったのは、ギアショップ。

 ショーケースには、スマホっぽい機械が並んでいた。


「これは“リンリンくん”っていう通信用ギア。今後は別行動も増えるだろうし、リゼとあんたの分を買っておこうと思って」

「そんなの、いいのか?」

「そこまで高い機種にしないから大丈夫」

「なんか、服も買ってもらったし悪いな……」

「出世払い、なんでしょ?  待っててあげる」


「いらっしゃいませ。お決まりですか?」

「この機種を2つください」


 店員の問いかけに、マリアがショーケースの中を指さしながら答える。


「かしこまりました。カップル割、適用しますね」


「え、ちが――」

「声でかい」


「本当のカップルじゃなくても平気よ。同性でも割引効くから」

「ま、マリアって同性ともいけるの……?」

「そっちの誤解は黙ってて」

 

「ノベルティ2つ、お付けしますね」


 店員さんが、丸っこい謎キャラのキーホルダーをくれた。

 どこか抜けた顔をした、ヘンテコだけど、なぜか癖になる顔だった。


「1個もらうね。欲しかったの」


 マリアが俺の手からひょいと取って、機械に付けた。

 俺も真似をして付けてみる。

 どういう意味があるのか、さっぱりわからない。


 ふと視線を戻すと、マリアと目が合った。


「お揃いね」


 笑ったその顔は、いつになく柔らかかった。

 その時ばかりは、マリアが天使に見えた。


 

 夕暮れの帰り道。

 沈む夕日が街を黄金色に染め、二人の影が並んで揺れていた。


「マリアとセシルって、どうやって知り合ったんだ?」


 ずっと気になっていたことを聞いてみる。


「昔、魔物に襲われたとき、ヴァンガードに助けられて……その人が、セシルのお父さんだったの」

「そうだったのか……」


「保護してもらった私たち姉妹は、しばらくセシルの家で面倒を見てもらったの。私とエミリア、それにセシルと」

「彼女のお兄さん。4人でよく遊んだわ。……懐かしい」


「セシルのお兄さん?」

「うん。ヴァイル兄さん。優しくて、剣が上手くて、背も高くて……イケメンなの」


 嫌な予感がした。


「まさか、マリアは……そのお兄さんのこと……」

「うん。初恋、だったと思う」


 マリアは下を向き、指を合わせながら照れくさそうに答えた。


 ――ドクン。


 胸が一度、痛いくらいに鳴った。


 俺には関係ない感情だと思ってた。

 なのに、確かに今、そこに嫉妬があった。


「あれ、どうしたの? 大丈夫?」


 マリアが気づいて声をかけてくれた。


「……大丈夫」


 それだけ言うので精一杯だった。



 夜になっても、心のもやもやは晴れない。


「もしかして疲れてる? ごめんね、振り回しちゃって。じゃあ、今日だけ特別。私がソファで寝るから、ベッド使っていいわよ」


「え、いや……」

「いいから。あ、でも部屋の物には触らないでね。触ったら殺すから」


 部屋に押し込まれ、ベッドに入る。

 いい香りがする。

 本来なら、幸福感に包まれるはずなのに――


 今夜の俺は、ただひとり、感情の渦に沈んでいた。


「あーあ……なんだよ」


 そう呟いた声は、枕に吸い込まれていった。


 試験まで、あと2日。

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