13. 試験前日

 翌日になっても、胸の奥に渦巻いていたもやもやは、まだ完全には晴れていなかった。


 一人になりたくて、あの図書館に足を運んだ。


 マリアとリゼはスイーツ巡りに出かけるらしい。

 女同士、きっと今ごろ楽しんでいるだろう。


 俺は“女神の伝説”を読んでみることにした。

 もしあれが実際の出来事をもとにした話なら、何かヒントが隠されているかもしれない。


 再び本棚からそれを取り出し、ページをめくる。


「やっぱり、また会えたね」

「ぬわっ!」


 背後から聞き覚えのある声がして、思わず変な声が出た。


 振り返ると、やはりカイムの姿があった。

 ……二度目なのに、同じリアクションしてしまった。


「その本、やっぱり気になるんだね」

「実際にあったことが元になってるって聞いたからさ。気になって」

「うん。黒い霧は魔物、女神の光は空間圧縮ギア。そう解釈されてるよね」

「ああ、それ、友達も言ってた」

「じゃあさ、神々や女神って、何だと思う?」


 カイムは少し声を潜めて言った。


「僕はね――神様も、女神も、“人間”じゃないかと思うんだ」

「神様が人間……?」


 思わず聞き返す。


「うん。普通の人と比べて桁違いの力や知識を持った存在。それを“神”って呼んでただけじゃないかなって」

「なるほど……すごい権力者とか、指導者みたいな?」

「そんな感じ。そして、これを見て」


 カイムが指さしたのは、ページに描かれた一枚の挿絵だった。


 空へと突き抜けるような塔。

 その頂に、ひとりの人影が立っている。


「……塔?」

「そう。女神は、その塔にいる。どんな建物より高く、空に一番近い場所に」

「それだけ目立つなら、案外見つけやすいかもな」


 思いがけない手がかりに、少し希望が見えてきた。


「そうだ、前に言った話……考えてくれた?」


 カイムが、静かに切り出した。


「君がいてくれたら、女神にたどり着ける気がするんだ」


 ――来た。


 説得力もあるし、女神探しの道としては合理的だと思う。

 一緒に行動するほうが早いかもしれない。


 ……けど、何かが引っかかる。

 言葉にできない違和感。


「カイムさま、こんなところに」


 背後から、穏やかな声が響いた。


 振り返ると、桃色のウェーブ髪を持つ少女が立っていた。

 どこか神秘的な雰囲気――でも、俺はすぐに気づいた。


 ……あのときの女の子だ。


 クレープ屋で、マリアを遠巻きに見ていたあの子。


 一瞬、目が合った。

 けれど、すぐにそらされた。

 向こうも、こちらに気づいたようだ。


 カイムの仲間が彼女なら、俺の答えは決まっている。


 マリアと関わらせるわけにはいかない。

 一緒に女神探しなんて、あり得ない。


 明確な判断材料が出来て、内心ほっとしていた。

 結局、断る理由が欲しかったんだ。


「カイム……悪いけど、一緒には行けない」

「……そっか。残念だけど、仕方ないね」


 カイムは少し寂しそうに微笑んだ。


「カイムさま、行きましょう。皆さんが待っていますわ」


 彼女の言葉にうなずいて、カイムはその場を後にした。



 部屋に戻ると、二人は揃って仰向けになっていた。


「もうお腹いっぱい……」

「ケーキ、美味しかったね」


 スイーツ巡りは大成功だったようだ。


 ……というか、マリアの言動が、最近ちょっとリゼに似てきた気がする。


 リゼに影響されたのか。

 それとも、こっちが本来のマリアなのか。


「お土産のケーキ、あるわよ」

「マジで? サンキュー!」


 思わぬお土産に、気分が一気に明るくなった。


「明日の試験が終わったら、みんなで合格祝いね。セシルも呼んで、パーッとやるの!」

「気が早いな……まだ合格するか分からないぞ」

「え、落ちるの?」

「う……受かるよ」


 受験生には禁句だぞ、それ。

 

「颯太なら、できる。……頑張れ」


 リゼも、静かに背中を押してくれる。


 心地よく、落ち着いた気分だ。

 この時間が、ずっと続けばいいのに。

 

 気づけば、心はすっかり軽くなっていた。


 さあ、明日は試験だ。

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